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あれ、何?
しおりを挟む「いや、似て欲しいじゃないわ」
朝起きて一番に、昨夜の自分にツッコミを入れた。
子を孕むまで……など、あんな事を言われたから、幼いアールの肖像画を並べてしまったから、子を産む前提で考えてしまった。
「男だし、俺、男だし」
大事な事なので二度言う。神子なら祈りで子を成せると言われても、自分ができるとは限らない。知りたい気持ちもあるが、それをシステムに問う勇気はなかった。
「……おはよ」
昨夜はあのままソファで寝落ちてしまい、すぐ目の前には天使が。思わずへらりと笑って挨拶をしてしまう。
「んんっ、いやいや~、何やってんの~?」
「神子君、起きてる?」
「へっ!? ユアンさん!?」
絶妙なタイミングでノックされ、飛び上がるほどに驚いた。はずみでソファの上の肖像画が傾き、慌てて掴まえる。
それをそっと立て掛けなおしてから、扉へと向かった。
「ユアンさん、おはようございます。どうしたんですか?」
ユアンから室内が見えないよう、少しだけ扉を開く。だが、ユアンの位置からは綺麗にソファの上のそれが見えてしまった。
「……あれ、何?」
「……そういう反応になりますよね」
ユアンの視線の先を追い、隠せなかったかと脱力する。
訝しげなユアンの顔。壁ですらなく、ソファの上にドンと正装のアールがいるのだ。それはこんな顔にもなる。
入るよ、と言ってユアンは室内に入り、テーブルの上の肖像画を見た。
「……これ、何?」
「そういう反応になりますよね……」
同じ返しをしてしまう。
部屋にアールの肖像画が大量に。嫉妬をするより、疑問が溢れた顔をしている。
「王宮を案内して貰った時に、この小さなアールがあまりに天使で貸してほしいとお願いしたところ、大きなアールもおまけで付いてきました」
言い方が失礼だが、このくらいの方がユアンを刺激しないと思った。だが。
「神子君が欲しいって言ったの?」
「あっ、はい……。だってこのアール、可愛くないですか? これ見てください。天使と聖母ですよ? 一瞬見ただけじゃ満足できないと思うんですけど」
失言に気付くやいなや、アールの可愛さのプレゼンへと切り替える。
金の髪に青い瞳。ぷにぷにで柔らかい頬。そこから絵師の技術は素晴らしいという流れに持って行く。どれも本心で、ユアンは特に疑問は抱かなかった。
全て聞き終えてから、ユアンはそっと風真の頬に触れた。
「子供なら、俺があげるのに」
「……あくまで小さな頃のアールが可愛いって話で」
「もっと可愛いと思うよ? 俺と、神子君の子供」
「~~っ!」
(みんな俺を孕っ、……ようとするっ)
それだけ本気なのだと感じても、まだそれは自分には早い。えっちどころか、キスもした事がないのだ。
「そもそも産めるか分かんないですし!」
「神子君なら、神子じゃなくても産めそうだよね。神子君の子に産まれたい、って子供の方からお腹に入ってきそうだよ」
「俺は聖母じゃないんですよ……!」
どこかで聞いた話! とワッと言って頭を抱えた。
「……軽率なことをしたとは思ってます。でも、一般のお宅にも天使の絵ってありますよね?」
「神子君は、そういう感覚でこれが欲しいって言ったんだ?」
「最初からそう言ってますし。小さいアールは天使って」
「そっか」
意外なところで嫉妬は落ち着いたのか、ユアンは安堵したように笑う。
「困らせてごめんね。アールとの子が欲しいのかなって思ったら、必死になってしまって」
「勘違いさせて、俺の方こそすみません。……それと俺は、これを離れのみなさんに見られたら、幼児趣味の神子だと思われるんじゃないかと心配でした」
「ふはっ、……慈悲深い神子様だと思われるんじゃないかな?」
「笑うなら笑ってください。いっそ、王太子の熱烈なファンだと思われる方がいいですよね」
そう言ってソファの上の肖像画を見つめた。
「これ、飾るの?」
「あ、はい。返すのもアールが悲しむ気がして」
「それ、アールの思惑通りじゃないかな」
「そうかもですね……」
「どこに飾るの?」
「ええっと、あの壁にしようかと」
指をさすと、ユアンは顎に手を当て何事かを考え込む。反対側の壁にかかる壁飾りを見やり、視線は別の壁へ。
「じゃあ、あっちが空いてるね。そこには俺の肖像画を飾ってよ」
「ソファからめちゃくちゃ目が合うので駄目です」
「だからだよ?」
「駄目です、ユアンさんも目力強いイケメンなので落ち着きません」
きっぱりと言い切ると、ユアンは一瞬驚いた顔をしてから、嬉しそうに頬を緩めた。
「それなら、小さい絵にするよ。ベッドの横に棚を置こうか。目が覚めてすぐに俺の顔を見られるようにね」
小さい絵で可動式なら、横を向けておけば平気だろう。幼少期のアールも一緒に飾れる。
「そうですね……」
うっかりそう言った事で、風真の部屋にユアンの肖像画も増える事が決定してしまった。
「今日中に持ってくるよ。子供の頃の肖像画も何枚か、……家に帰るの嫌だな」
ぽつりと本音が漏れて、ユアンはハッとして口元を押さえる。
(実家に帰るの渋るユアンさん、なんか可愛いな)
事情は違うが、大学で「母ちゃんいつも勉強してるかちゃんと食べてるかってうるさいんだよな」と渋っていた友人を思い出してしまった。
「誰かに取って来させると多分時間がかかるんだよね。倉庫の中だし」
幼い頃のユアンが一人で描かれているものは、興味がなくて倉庫にゴミ同然で放り込んだままだ。記憶力の良いユアンは大体の場所を覚えているが、使用人があの中から探すとなると、相当時間がかかるだろう。
そもそも風真に渡せる状態にあるかも不明だ。発掘したら、それを元に新しく描かせよう。
「大人の絵の方は俺の屋敷にあるから、持って来るね」
「すみません、ありがとうございます」
ユアンは離れの部屋とは別に、自分だけの屋敷がある。風真のために肉まんを試行錯誤したのもその屋敷と料理人だ。
「子供の俺は、時間が掛かりそうだけど」
「大丈夫です。今のかっこいいユアンさんからは子供時代って想像できないですし、楽しみに待ってます」
へらりと笑うと、ユアンは目を瞬かせる。
「神子君は本当にいい子だね」
よしよしと頭を撫でた。
「神子君の子供の頃は想像が出来るよ。太陽と神の恩恵を受けた、愛らしく天使のような子だったんだろうね」
「……すみません、至って平凡でした」
「君は自分を過小評価するから。この目で見られないのが残念でならないな」
(アールと同じようなこと言った……)
二人とも美化フィルターが強めに掛かっている。どうすれば平凡だと分かって貰えるだろう。
(……もう可愛かったってことでいいか)
子供の頃だしな、とついに諦める事を覚えてしまった。
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