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 その後は王族専用の部屋で昼食をとり、王宮散策を再開した。
 王宮を隅々まで案内して貰った風真ふうまは、部屋に戻ったら王宮の地図を見て思い出しながら覚えようと決める。正直、どこがどう繋がっているのかさっぱり分からなくなっていた。

 難しい顔をしている風真に気付き、アールは立ち止まって、あちらは衣装部屋の方角、あちらは食堂、と丁寧に教える。
 そして中庭に出ると、天使の彫像の方角には何があり、その反対側には何がある、先程いた場所は、とまた丁寧に言葉にした。

「今度は殿下と……」

 遠巻きに、令嬢の声が聞こえる。
 良いご身分ですわね、と続くかと思えば。

「殿下があのようにご教示されるなど……」
「穏やかなお顔、初めて拝見しますわ……」
「さすがは神子様ですわ……」

 ほう、と感嘆の溜め息まで聞こえてきそうな雰囲気。アールの機嫌を損ねずに安堵したものの、注目され、風真はピンと背筋を伸ばした。


 その後も各所で止まり、教えてはまた歩く。

(あれ……? なんか、わざと人通り多いとこで止まってる?)

 廊下は広く、止まっても何ら問題はない。だが、止まる度に視線を受け、深く頭を下げられる。

「あのさ……もしかして、神子のお披露目されてる……?」

 これが神子だと、無言で紹介されているのだろうか。アールを見ると、そんなつもりはないと返ってきた。

「私のものだと牽制して回っている」
「そんっ、……そんなことしなくても、誰も何もしてこないって」
「万が一も起こさせないつもりだ」
「それはありがたいけど、……いや、まあ、アールも神子と仲良しって思われたら、アールのことも守れるか」

 その為にも、不本意だが自分は押し倒される側です、という雰囲気を出しておかなければならない。今まで以上に元気さを抑えた。

「私を守ってくれるのか。……嬉しいものだな」

 風真にだけは、そう言われると心がふわりと暖かくなる。


「そうだな。皆、私に逆らうと神子を通して神罰が下ると思うだろうな」
「待って待って、横暴王子戻ってきちゃってる」
「そういう事だろう?」
「神罰じゃなくてー……でもそういう事かな」

 悪い考えの人間が牽制されるならいいか、とまたあっさりと引いた。

 そういう事ならと、アールは風真の手を取る。
 王太子がここまで心を許した相手なら、逆に狙われる可能性も出てくる。だが風真は神子だ。魔物を浄化する力を持つ神の御子に、安易に手を出す輩はいないだろう。

 それに常に護衛がいる。風真はただの護衛だと思っているが、彼らは特別な訓練を受けた精鋭中の精鋭、神子のために用意された護衛騎士だった。

 王族と同等、神の子として、それ以上の護りがある。その点は安心して、その後も周囲を牽制しながら王宮を回った。





 休憩を挟みながら全て回り終え、アールは最後に王宮の外に出た。城壁の内側、ギリギリの場所だ。

「ここが、王族以外立ち入れない場所だ」
「……塔」
「どうした?」
「いや、うん、王宮とか城にある塔って……あっ、なんでもないっ」

 せっかく案内してくれた場所にけちを付けるようで良くない。ぶんぶんと首を振り、高いな~と言って白亜の塔を見上げた。
 だが、アールはすぐに察する。

「安心しろ。王族の幽閉や処刑は行われていない」
「えっ、あっ、そっか。うん、なんかごめんっ」
「いや、むしろ良く勉強している。書物で学んだのだろう? だが、この塔はそういった目的では造られていない」

(この塔は、って……)

 しかも書物。つまり、この世界でも小説のように、王族の幽閉や処刑の為に塔が使用される事があるのだ。
 実際にその世界にいると思うと、ぶるっと震える。だが、見上げた塔は陽の光を浴びて淡く輝いている。とても綺麗な塔だった。

 鍵を開けて中に入ると、外壁と同じ白いレンガの壁があった。そこに埋め込まれた水晶に灯りが灯り、淡い白に発光する。
 階段以外何もない空間。それがまた塔らしくて、怖いと思っていた事も忘れて、初めて見る塔の内部にワクワクが止まらなくなった。

「塔の中入るの初めてなんだよなぁ」
「そうか。ならば、前を歩け。転がって落ちないか心配だからな」
「落ちないって。バルコニーの時もだけど、心配しすぎ」

 そこまで子供ではない。風真は苦笑した。


「螺旋階段初めて~」

 両側は壁で、前後に階段が続く閉鎖的な空間。閉所恐怖症だと発狂してしまうのではと思うほどにレンガしか見えなかった。
 それは逆に、落ちる心配がない。中央が空いているわけでもなく、壁には手すりもある。ホラーやサスペンスのような事態は起こりそうになかった。

「吹き抜けになってないのに声響くんだな」

 あー、と声を出してみる。カラオケでエコーを強く掛けたような響きだった。

「壁も階段も白いけど、レンガの影が出来るから平坦に見えないな。てか、貝殻とか真珠みたいで綺麗~」

 階段を上がりながら、灯りに照らされる壁や階段に感嘆した。

 そこでふと脚を止め、振り返る。

「どうした?」
「いた。静かだからいなくなったかと」
「その点では、お前が後ろに立った方が良かったな」
「一人で騒がしくてごめんなっ」
「いや、楽しくて良い」

 楽しい。アールがそう言葉にして、笑みを浮かべる。

(姉ちゃんこれ、スチルとかある? 続編とか)

 白い空間でそんな美しい表情。正統派王子様との乙女ゲームではないか。


「不安なら、相槌でも打つか」
「うん……」
「どうした?」
「今更だけど、アールがすごい美形なことに感動してる」
「今更だな。そのまま私を好きになれ」
「ンッ……」

 今日何度呻いたことか。意地悪に口の端を上げる顔にもどきりとさせられて、風真は慌てて前を向いて足早に階段を上った。

「転ぶなよ」
「転ばないよっ、てかあとどんくらいっ?」
「今が二十だ。百で上に着く」
「横に数字あるっ、わかりやすいっ」
「ちなみにその数字は、サファイアで作られている」
「王族の塔~!」

 壁に埋め込まれた青い石。まさかの宝石だった。

「二十と五十、八十には休憩と避難場所を兼ねた小部屋がある」
「なんか扉あるっ」

 アールが扉を押すと、それだけで開いた。

「ここに凭れ掛かると転ぶ。気を付けろ」
「俺が転ぶこと前提で話すのやめて~」

 落ちたり転んだりを心配されすぎだ。その原因の元は、酔ってベッドから転がり落ちるという事実に基づいたものだが、風真は気付かず「心配性なんだから」と苦笑した。


 アールに続いて中に入ると、四畳ほどの空間にソファだけがぽつんと置かれていた。天井は、アールが手を伸ばせば届くほど。

「中からのみ鍵を掛けられる。奥の階段から下りて、地下通路から外へ出られるようにも造られている」
「へぇ、ここも隠し通路なんだ」

 どうりで塔の直径のわりに、階段が狭いと思っていた。壁の中にまた階段。いかにも異世界の王宮だ。

「私の伴侶には、全ての隠し通路を覚えて貰わなければならないからな」
「伴っ……」
「どのみち、離れに収まらない神子には教えるつもりだった」
「……おとなしくしてなくてごめんな」
「それがお前の魅力でもある」

 ふっと笑い、扉を閉めて鍵を掛けた。

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