比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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衣装部屋

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 長い廊下を曲がったところで、アールは脚を止めた。

「ここは衣装部屋だ」
「異世界のレアスポット、王子の衣装部屋……って、広!」

 予想以上に広かった。

「え、ここ、みんなの衣装部屋?」
「私のだが?」
「えっ、ひろぉ……」

 クローゼットが幾つも並び、鏡も同じだけある。アールの部屋まで服を運ぶ為の移動式の衣装掛けには、見た事のある服もあった。
 煌びやかな服を着せられたトルソーが何体も立ち、王族一同に囲まれる錯覚を覚えた。

「仕立屋が最終調整をする場所も兼ねているからな。テイラー、いるか?」
「はいっ、こちらに!」

 元気な声がして、奥のトルソーの陰からひょこりと人陰が覗いた。


 トルソーの間を縫うように歩いてきたのは、ストライプ柄のグレーのスーツを綺麗に着こなす、すらりとした男性だった。

 背までの艶のある栗色の髪を後ろで縛った彼は、気品と大人の男らしさを漂わせている。
 ユアンと同じ年頃だろうか。そう思っても、この世界は見た目で判断できない。風真ふうまはまじまじと見つめてしまった。
 そんな風真に彼は上品に微笑み、紳士的に一礼する。

(大人の男の人だっ)

 落ち着きがあり、ユアンともまた違う色気がある。近くで見ると筋肉質で、背丈もアールより高い。
 父親の友人に会った時のような感覚だ。風真は緊張しながら背筋を伸ばし、神子らしく表情を抑えて頭を下げた。

「神子、普段通りで良い。この者は客のプライバシーは厳守し、決して口外はしない。そうだろう?」

 視線を向けられた男性は、両手を合わせ、先程とは違い満面の笑みを浮かべた。

「勿論でございます! 商売は信用が大事っ。何より、噂話など美しくありません!」

(あれ? 綺麗なお兄さん?)

 しゃなりと体が揺れ、組んだ両指は頬の横に。
 少々驚いたものの、綺麗なお兄さんいい人なんだな、と風真はにこにこと笑顔を返した。


「元は母の専属だった者だ。私付きになる際に、興味深いだろう噂話を餌として与えても一切広まらなかった。信頼して良い」

 言い方が、と風真は呟く。だがテイラーは気にもせず、当然とばかりに胸を張った。

「お前に服を見立てて貰う約束をしていただろう?」
「うん」
「事前に連絡しようとしたが、いつ私の都合が付くか分からなかった」
「アール、ほんとにお疲れさま……」

 そんな状態で、顔を見に来ただけだと言ってしばしば風真の部屋を訪れていた。本当に顔を見るだけで帰っていたが、忙しい中で時間を作ってくれていたのだ。

 その時間を睡眠と休息に回して欲しい気持ちと、会いにきてくれて嬉しい気持ち。複雑な中で顔は勝手に嬉しそうに笑う。
 その顔の意味が分からずアールは目を瞬かせるが、ひとまず風真の頭を撫でてみた。

「人前……」
「……ああ」

 どうやら違ったようだ。アールは手を離し、正しい行動は難しいなと首を傾げた。


「えっと……テイラーさん、初めまして。神子をしています、早川 風真と申します」

 神子らしくなくて良いならと、にぱっと笑って頭を下げる。

「なんて愛らしいっ……」

 テイラーは口元を押さえ、ウッと呻いた。

「お目にかかれて光栄です、神子様。私はテイラーと申します。正装から普段着から運動着、その他どのような衣装でも神子様のご希望通りに、迅速かつ丁寧にお作りいたします。お呼びいただければすぐさま駆けつけ、ご希望を叶える仕立屋、テイラーでございます。どうぞ以後ご贔屓に」

 流れるように自己紹介をし、胸に手を当て紳士的に一礼する。

「営業をかけるな。神子は自分の服に頓着しない」
「そんなっ……なんと勿体ないっ」
「私もそう思う。今回は、神子の服も頼むつもりで呼んだ」
「えっ、俺はいいよっ」
「この調子だ。神子に相応しい服を、ひとまず二十ほど」
「多い! 多いから!」
「室内で過ごす事が多いからな。着心地の良さを重視したものにしてくれ。それから王と王妃に謁見する為の服を、これは急ぎで」
「かしこまりました!」

 創作意欲が溢れ返るほどに! と風真を見つめ、どこからかスケッチブックを出してサラサラと描き始めた。

「俺は今あるので充分すぎるんだけどっ」
「あれはひとまず用意したものだ。お前に合わせたものではない」
「サイズ合ってるしっ」
「これで合っていると言えるか?」
「うひゃっ!」

 脇腹を両手で掴まれ、思わず声を上げた。

「サイズも、デザインもお前に合っていない。もっと早くに作らせようと思っていたのだが……」
「忙しいのに無理しないでっ」
「神子様の純粋なお心を表すには……でもこの色はお肌の色味には……」

 ぶつぶつと呟きながら、目にも止まらぬ速さで色鉛筆を替えながらデッサンしていく。

(平凡な俺でもイメージ湧くって、プロってすごい……)

 次々にページが捲られ、感動してしまった。


「俺じゃなくて、今日はアールの服を選ぶんだろ?」
「そうだな。弟たちの婚約式に着るものを選んで貰いたい」
「婚っ……、待って、責任重大すぎる」
「候補は三つに絞っている」
「う……まあ、それなら……」
「それから、外交用と執務用、私用のものを」
「外交……」

 それも責任が、と思っていると、仕立屋がサッと紙の束を差し出した。
 アール用に描かれたデザインの数々。イメージが湧くように、髪色と瞳の色まで描かれている。

「あっ、ありがとうございます。……すごい、どれもかっこいい……」

 何着もあるデザイン。どれもアールが着た時のイメージがパッと湧き、悩んでしまう。

「テイラーさんは、デザインも製作も両方されるんですか?」
「ええ、元はデザイン専門でしたが、私の手で美の結晶をこの世に生み出したくて、仕立ての技術を学んだのですっ」

 演劇のように胸に手を当てて天を仰ぐ動作に、アールは眉間に皺を寄せる。だが風真は、そこから王族の服を仕立てるまでになった事に感動していた。
 会話が弾む。風真は本当に、誰とでも仲良くなる。アールはそっと溜め息をついた。


 テイラーとは、王妃の仕立屋だった頃に何度か会っていた。アールはやかましい奴だと毛嫌いしていたが、腕は良い。口も堅い。
 アール専属の者が高齢で引退するのを期にこちらへ移ってきたのだが、置かれた風真用のデッサンを見たアールは、これも運命だったのかと妙な納得を覚えた。

 だが、仕立屋の腕と、個人的感情は別だ。
 あまり仲良くなるなと口を開こうとしたところで、風真がくるりとアールの方を向いた。

「外交なら、他の国の偉い人と話すんだよな? それなら、白がいいなぁ。アールが着たら白も強そうに見えるし、なんか神々しくて……これとか、神子がいる王太子って感じじゃない?」

 これ、とデザイン画を見せる。

「……それが気に入ったのか?」
「うん。アールは違うのがいい?」
「いや、お前が選んだものが良い」
「了解~。じゃあ、これとこれかな。どれ選んでも間違いなくかっこいいから、俺のセンスでも安心だなぁ」
「お褒めに預かり光栄ですっ」

 二人は同じような高いテンションで楽しそうに服を選ぶ。

「ブローチの色もお選びいただけますよ?」
「カスタマイズ可能とかっ、ええっと、じゃあ……これより薄い色で、アールの瞳っぽい色はありますか?」
「ございますよ! ご用意しております!」

 どこからか出したケースをカパッと開くと、大量の宝石が並んでいた。
 濃い青から薄い青まで、それも紫掛かった色や緑掛かったものなど、様々な青い石だ。
 すごい、と目をキラキラさせながらジッと見つめ、アールと見比べながら、これ、と指さす。

「さすが神子様っ、お目が高い!」
「ありがとうございます。これが一番アールに似てますよね」
「輝き、透明度、カットから地金の透け具合まで、完璧に殿下の瞳でございます!」

 興奮するテイラーに、風真は嬉しそうに笑う。プロならこれを選べただろうが、自分で選んだのだと思うと特別感が増した。
 そしてアールも、風真が選んだ色だと思うと愛しさが増す。あのブローチは他の服でも使おうと決めた。


「それと……執務用なら、きちんと見えるのに楽で、肩がこらないやつがいいよな。これ……でも、黒だよなぁ」
「黒は駄目か?」
「駄目じゃないけど、アールには強すぎるかな?」
「執務中に、お前の色を視界に入れておきたいのだが」
「ンッ……」

 さらりと甘い事を言われ、風真は呻く。隣でテイラーは、初々しい二人に笑顔が止まらなかった。

「え、ええっと、じゃあ……あっ、これいいかもっ」

 袖口に銀の刺繍が、幅広く施されている。前閉じで、そこにも刺繍が。これなら銀色に視線が誘導されて重く見えない。
 その他にも何十枚もある中からウンウン言いながら選んだ。


「普段着はー……これ、絶対似合う。あー、でもこっちも捨てがたい……これもいいなぁ」
「公務用のものを含め、神子が良いと言ったものを全て頼む」
「かしこまりました!」
「待って! 多いっ、この部屋を見てっ」
「そろそろ替え時だと思っていたところだ」
「嘘でしょ!?」
「私は嘘はつかない」

 うそぉ、と風真は項垂れる。どれもまだまだ傷んだところのない服たちだ。
 それに、これでは選んだ意味がない。いや、何十枚の中から三割ほどを選んだわけだが、王族の買い物というのは規模が違った。

「替え時って……勿体ない……」
「神子様。受注があるからこそ、私たちは生活が出来ているのですよ」
「……そうですよね。それも王族の役目なんですよね」
「ええ。豪快に経済を回していただく方が、私も問屋も原料の生産業者も嬉しいのです」
「そうですよね……」
「はい。ですので、神子様のお衣装も大量発注お待ちしておりますっ」
「そういう流れっ」

 プロだ、と言うと、テイラーは楽しげに身を捩った。


 もうすっかり仲が良くなった二人に、アールはまた眉間に皺を寄せる。そして風真を背後から抱きしめ、テイラーから引き離した。

「服が出来れば、いつでもお前を思い出せるな」
「ンッ……」
「服を贈る意味を、専門書で学んだのだが」

 そう言ってみても、風真はアールを見上げて目をくりくりさせている。

「……今後も服を選ぶのは、……いや、贈られるのも、私だけにすると約束してくれ」
「え、うん、でも貰ったら断れない」
「断れ。突き返せ。下心しか込められていないと思え」
「ええっ、じゃあアールから貰ってもそう思うけど?」
「私は下心以外もある」
「下心もあるんじゃん」

 本当に素直だな、と笑った。

「お二人は本当に仲睦まじくていらっしゃいますね。そうですっ、両陛下との謁見衣装はお揃いにしましょうっ」
「良い案だ」
「待って待って、お揃いはちょっと」

 止める声も虚しく、二人は真剣に相談を始めてしまう。
 だが、同じ色味とモチーフだけで、後はアールと風真それぞれに合う、違うデザインだ。

(……まあ、これなら)

 何でも許せてしまう風真は、今回もあっさりと引いた。そして熱心に話すアールを見つめ、仲の良い人が増えるのは良い事だなとへらりと笑ったのだった。

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