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肖像画

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 アールは先程の部屋へと戻り、もう一つの扉を開ける。

「ここは仮眠室だ」
「仮眠室……普通に寝室じゃ……」
「そうとも言うな。王宮での私の自室だ」
「仮眠室じゃないじゃんっ」

 ここで過ごす時は、どれだけ寝ていないのか。寝ないと生きて行けない風真ふうまはゾッとした。

「忙しいのは分かってるけど、もっと身体を大事にしてほしいよ」
「お前が心配するなら、そうしよう」
「うん、心配だからそうして」

 心配しているのに、アールは嬉しそうに風真の髪を撫でる。
 そっと細められた瞳が甘くて、見つめられるとくすぐったくて、パッとアールの手を取り、部屋の中央へと引っ張った。


「あっ、これって王様とお妃様?」
「ああ」

 ベッドから離れた壁に、数枚の肖像画が掛かっていた。王である父と、その隣には金糸の長い髪の女性が。

「アールの目って、やっぱり母親譲りだったんだな」

 いつか、肖像画でも見ろと言われたが、本を見ても白黒ばかりで色までは分からなかった。
 こうして見る本物の肖像画の女性は、アールと同じ薄い空色の瞳をしていた。

「綺麗な人だなぁ。アールが美形なのも分かるよ」

 長い睫に縁取られた、柔らかな印象の瞳。ローズの唇は美しい笑みをたたえている。白い肌に、ほんのりと血色のある頬。美しさの中にも、どこか可愛らしさがあった。
 ハーフアップの髪には、宝石の散りばめられたティアラを付けている。涼しげなブルーのドレスが良く似合う、清楚で綺麗な人だ。

 隣には、アールとロイの肖像画が並ぶ。

「俺の国は黒い目と髪ばっかだったから、今更だけどすごい新鮮なんだよな」

 離れでも王宮でも、薄い瞳や髪色の者が多い。茶色はいても、黒はいない。ケイも茶色になってしまった。この世界で、黒は自分だけだ。
 そう思うと妙に寂しくなり、慌てて視線を隣へ向けた。


「あ! これ、アール?」

 棚に並べられた、小さな肖像画。左から順に、成長する姿が並んでいた。

「かわい~っ、アールにもこんな時代があったんだなぁ」

 王妃に抱えられた、赤ん坊の頃の姿もある。

「生まれた時から美形か~、そりゃそうだよな~」

 六枚ほどある絵は、どれも美形。どれも天使だ。今までよく拐われずにいたものだと感心してしまう。
 これで天才なら、周囲は褒めて褒めて褒めちぎるだろう。少々性格が歪んでも、我が儘でも、可愛いから許せてしまう。

「天使じゃん、かわいい~、このアール欲しいなぁ」
「私は子供には戻れないが、私の子なら与えてやれるが?」
「ん?」
「お前との子だ」
「……ンッ」

 何を言われたか気付き、唇を引き結んで呻いてしまった。
 子供というワードは簡単にその流れになる。そしてここは寝室。勝手にいけない流れを想像して、ぶんぶんと首を振った。


「こっ……この絵っ、どれか俺の部屋に貸して貰えたりはっ……」
「全て持って行け」
「えっ、それは申し訳ないっ」
「まだ他にもある。お前の部屋の壁を埋めてもいいが」
「じゃあこの二枚借りていいっ?」
「ああ。後でお前の部屋に送らせよう」

 そう言って棚の上の絵を全て重ねて持ち、執務室へと置きに行った。

「いや、全部じゃん」

 何もなくなった棚。全て借りるのは申し訳ないが、全て可愛かったため本音は嬉しい。そう思えるほど、幼い頃のアールは天使だった。

(でも、危うくストーカーの部屋みたいになるとこだった……)

 壁一面、アールの肖像画。それも、幼い頃の。
 神子が最高に危険なストーカーにならずに済んで良かった、と胸を撫で下ろした。


「腕の良い絵師を探している」
「ん?」
「少しでもお前の魅力を描ける絵師だ。見つかれば、お前の子供の頃の姿も描くよう指示しようと思う」
「俺っ?」
「きっと天使も嫉妬するほどに愛らしかったのだろう」

 贔屓目がすごい。風真は震えた。
 子供の頃の自分は、至って平凡だった。近所でも可愛いと評判だったと両親は言っていたが、写真を見る限り、子供らしくにこにこして活発で、という意味で可愛かったのだと思う。

 ランドセルを背負い嬉しそうにする姿。ケーキの前で涎を垂らす姿。犬の花ちゃんとじゃれる姿。運動会で一着になりピースをする姿。遊び疲れて口を開けて寝る姿。
 大人が見れば確かに可愛いのだが、顔自体は平凡だ。今も、至って平凡。

(平凡だったって言っても、アールは信じてくれないだろうなぁ)

 きっと、何を言っている? だの、自分の魅力を分かっていないなどと言うのだろう。

「いやー……可愛くなくてさ、可愛いより、かっこいい感じ?」
「……何を言っている?」
「あ、やっぱ言われるんだ」

 心底訝しげな顔をされた。


「絵師さん見つかったら教えてよ。子供の頃の俺の顔、説明して再現して貰うからさ」
「ああ、分かった」
「先に言っとくけど、平凡だったからな?」
「お前は謙遜するから困るな。やはり完成してから見せよう」
「絶対美化すんじゃんっ」
「自分の魅力を分からないお前より、真実を描けると思うが?」

 それも言われた、と唸る。アールの考えが先取りで分かるようになってしまった。

「んーっ、まあ、その時また教えてよ」

 風真は一旦会話を終わらせる。そしてまた、壁の肖像画を眺めた。

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