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王宮の地下通路

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 数日後。

「忙しいのに、朝から時間取ってくれてありがと」

 離れから王宮へと通じる地下通路を歩きながら、礼を述べる。ずっと忙しくしていたアールが、王宮の案内の為に丸一日休みを取ったのだ。
 他の休日でも離れの部屋で書類仕事をしていたり、数時間だけ視察に出たりで、最近は丸一日の休日などなかった。

「私が案内したいと言ったからな。……私の方こそ、礼を言う」
「う、ううん、俺の方こそ」

 照れながら礼を言われ、風真ふうまはそっと視線を逸らした。

(はー……なんだか、くすぐったい……)

 淡々とではなく、照れながら言われてはくすぐったい気持ちになる。周囲に誰かいれば目が落ちるほどに驚いているだろうと、思わず周囲を見回してしまった。
 だがここは隠し通路。誰がいるはずもない。


(異世界のレアスポット、王宮の地下通路……)

 横に四人並べるかどうかの狭い道。天井も三メートルあるかないかだ。
 平坦で綺麗に整備されているが、岩が削られただけの地面と壁。飾りもなく、ただ道だけが続く。
 それでもそこまで圧迫感がないのは、等間隔で壁に埋め込まれた水晶が白く発光し、遠くまでしっかりと見えるからだろう。

「ここからは道が分岐する。離れから目的の場所までの道順を覚えて貰うが、緊急時にも必要だからな。しっかり覚えろ」
「えっ、うん、分かったっ」

 人目を避けて王宮と離れを往き来できる、と言われてついて来たが、隠し通路なら緊急時が本来の用途だろう。
 しっかり覚えようと、風真は気合いを入れた。





 アールは幾つもある分岐を、右に左にと迷いなく歩いて行く。

「……ごめん、アール」
「一度で覚えられるとは思っていない。これから何度でも教えてやる」
「うん、ありがと。お願いします」

 ホッとしつつ、せめて周囲の特徴を覚えようと注視する。だが、どこも同じ光景で、何度教えて貰ったとしても、本当にいつか覚えられるだろうかと不安になった。

 そこでピコンッと音がする。


 ――ルートを保存しますか?


(保存!? します!)


 ――保存しました。


 ――【オプション:地図】から確認できます。


(すごっ! ありがとうっ!)


 ――保存期間は十年です。


(それだけあれば覚えられそう~!)


 こんな素晴らしい機能があるとは。風真は内心で拍手した。
 突然文字化けしたり英語表記になった時は焦ったが、今は元通り、何の問題もない。だが今後またバグる可能性に備えて、道順は早めに覚えよう。

「これが全部頭に入ってるアール、まじ天才すぎ」
「右か左を覚えるだけだろう?」
「それが凡人には出来ないんだよ。俺、四個目までしか思い出せないし」
「…………もう一度言ってくれ」
「ごめん、聞き間違いじゃない。右右左右、までしか覚えてない」
「…………紙に残す事が出来ないのだが」
「ほんとごめん、でも大丈夫、ちゃんと覚えるから。……時間かかるけど」

 記憶力の悪さが申し訳なくて、眉を下げる。それでも、きちんと頭で覚える。この中で地図機能が突然使えなくなる事も、ないとは言えないのだ。風真はしっかりと前を見据えた。

「……何故だろうな。お前なら、最終的にはやり遂げられるという確信がある」
「へへ、ありがと。絶対覚えるよ。諦めるの嫌なんだよな、俺」
「そうだろうな。私の根性を叩き直したくらいだ」

 ふっと笑い、風真の髪をくしゃりと撫でた。





 途中で赤い石の埋め込まれた扉が現れる。その先は、外へと繋がっていると言った。扉は中からは開けられるが、外からは開かない造りになっているらしい。

 そこからまた長い通路を抜けると、広い空間に出る。その先に、白い扉があった。
 扉を開けると、長い階段が現れる。その先にまた扉。それを開けると、小さな椅子と机の置かれた狭い部屋に出た。

 窓からは燦々と光が注ぎ、椅子に座ると見える壁には、花の絵が飾られている。居心地の良い部屋だった。

 扉を閉めると、壁との境目が分からなくなる。

「えっ……壁になった……」
「腕を伸ばせ」
「ん? こう?」
「お前の身長だと……真っ直ぐに伸ばしたまま、角から手のひら三つ分離れた場所だな」
「三つ……」
「五回、押せ」
「うん。うわっ……」

 グッグッと押すと、何の音もなく手のひらの大きさに壁が凹む。アールが腕を掴み更に押すと、扉が開いた。

「すごっ……、異世界の隠し扉っ」
「手を離すと勝手に閉まる」
「すっご! 急いで下りても大丈夫じゃん!」
「そう造られている」
「さすが王宮~!」

 音もなく閉まると、完璧にただの白壁になった。
 目をキラキラさせる風真を愛しげに見つめ、その手を取り、アールは別の扉を開ける。


「そしてここが、私の執務室だ」
「へ?」
「離れから繋がっている。お前が道順を覚えれば、直接私の元へ来られる」
「え、っと……? 緊急時って……」
「あってはならない事だが、離れが襲撃され、護衛も皆殺しにされた場合に備えてだ」
「っ、本当に緊急時っ……」

 てっきり、人目を気にせず会いに来られるぞ、などという可愛い理由かと思っていた。
 だが、王太子の部屋に通じる通路。どうりで離れ側の入り口には、屈強な衛兵が二人立っていたわけだ。

「そっか。逆にアールもここから逃げられるんだ」
「そういう事だ」

 今は近道に使っているが、と肩を竦めた。

「何があろうと神子の部屋に籠もっていれば、扉は開けられない。そこが最も安全だ。地下通路を使用するのは、部屋に戻れない場合に限ってだ」
「う……うん、分かった」
「だが私の部屋も占拠されている可能性がある。地下通路に入ったら、先程見せた横道の先にある部屋に隠れていろ。あの扉もそう簡単には開かない」
「えっ、ここに来るんじゃなくてっ?」
「ここは、横道に入る余裕も、外へ出る余裕もない時に備えてだ」
「なるほど……」
「王宮にいる時に緊急事態が起こった際にも使える」
「逆からの道も覚えないとだよな……」

 王宮から外への扉まで、そこから避難部屋まで、更にそこから離れまで、と三分割して覚えれば何とかなりそうだ。……何年かあれば、と風真はフッと遠くを見つめてしまった。

 アールは風真を見つめ、不安になる。最終的には覚えるだろうが、それまでに緊急事態が起こった場合はどうするかと。
 通路を使用するような緊急事態は起こさせない。それでも、国の中枢という場所は、絶対に安全とは言えないのだ。

 万が一を想像し、細く息を吐いた。
 今は父である国王が強固な国を作っている。自分が王になった後も、内乱など起こさせない、外からも攻めさせない。風真が安全に暮らせる国を作るのだと、気持ちを新たにした。


 不安な顔をする風真の手を引き、窓際へと連れて行く。

「ここからは、離れも見える」
「あっ、ほんとだっ、この部屋の大体の位置分かった気がするっ」

 討伐帰りに見上げたあの辺りだろうかと、頭の中で想像した。

「仕事が詰まっている時は、離れに戻らずここにいる。いつでも来い」
「うん、でも、そんな忙しい時に邪魔は出来ないよ」
「忙しいからこそ、お前の顔が見たい」
「んっ、……なら、差し入れ持って来ようかな?」
「ああ、頼む」

 ふっと微笑む顔が嬉しそうで、持って来る日もそう遠くないなと風真は小さく笑った。


 部屋には、アールの執務机と椅子、壁に並んだ本棚しかない。机の上には大量の書類が積まれていた。
 こんな状態で案内して貰って申し訳ない。そう思うが、「ごめん」よりも「ありがとう」の気持ちで今日一日を過ごそうと決めた。

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