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ユアンの部屋にて2

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「お風呂上がりの神子君、暖かくていいにおいがして……赤ん坊はこんな感じなのかな」
「子供ですらなくなった!」
「これは、無条件に愛しくて可愛いと思っても当然だね」
「大人なんですけどっ……、お高そうな石鹸……シャボン? の香りなんですけどっ……」
「部屋に支給されるものだよね? 俺も同じものだよ」
「えっ、……どうしてこうも違うのか」

 ユアンの腕に顔を埋め、唸る。
 肌に触れると香りが変わるのか、ユアンからはパウダリーな大人の香りがした。一方の風真ふうまは、清潔感のある石鹸に近い香りだ。

「こんな神子君を晩酌に誘って、悪い事をしてる気分だな」
「しっかり成人済みなので合法です。もうからかわれませんからね」

 爽やかな香りで落ち着いた風真は、これ以上騒いでも逆効果だと大人の対応をした。
 それならと、ユアンも大人相手の対応で風真の腰を抱く。びくりと跳ねた風真の髪にキスをして、何をされるのかと警戒する顔にくすりと笑った。


 三人掛けのソファに座らせ、ユアンはまた棚の方へと戻って行く。

(あれ……? 何もされない?)

 拍子抜けしてユアンを見る。

「何かした方が良かった?」
「っ、いえっ、今日は飲みにきたのでっ」
「そう?」
「ユアンさんとゆっくり話したいですっ」
「そっか。じゃあ、ペースを落として飲もうね」

 テーブルにグラスとボトルを置き、チーズやハム、レーズンなどの乗った皿も持ってくる。酔いが遅くなるよう、水差しも置いた。

(何もされない……)

 少し触られるのは、あれで終わりだろうか。隣に座ったユアンを見上げると、ん? と首を傾げられた。

(されたいわけじゃないけど、気を遣わせるのは嫌だな……)

「俺がしたいなら許そうなんて、考えなくていいからね」
「!?」
「勉強を教えて貰ったお礼もしてないし、とか」
「……はい」
「俺は神子君と二人きりの時間を貰えて、君の先生が出来た。お互いに得るものがあったなら、お礼なんていらないんだよ」

 ピピの果実酒のコルクを開け、グラスに注ぐ。

「そんな律儀な君が、好きだけどね」

 風真にグラスを渡し、そっと目を細めた。


「ユアンさん……すごく、かっこいいです」

 仕草も台詞もスマートで、海外ドラマのワンシーンのようだ。

「ユアンさんが俺を子供扱いするのも、仕方ないなって思いました」
「そう思って貰えたなら嬉しいな」

 微笑む顔も、大人の男の色気に溢れている。どう頑張っても、こうなれるには何年もかかりそうだ。風真は苦笑して、グラスの中の液体へ視線を落とした。

「今の俺はまだそんなにスマートに考えられなくて、やっぱり言葉にしたいので……先生と、ピピとラウノメア、本当にありがとうございました」

 深く頭を下げる。

「じゃあ、こちらこそ、楽しい時間の続きをありがとう」

 風真の頭を撫で、するりと頬を撫でて、顔を上げさせた。


「今からは、君の幸せな顔を見せてね」

 そう言って、グラスを風真の口に当てた。
 傾けられたグラスから、赤い液体が口の中に流れ込んでくる。少し酸味のある、あの味だ。

「んっ、……やっぱり美味しいです~」

 一口で楽しい記憶も蘇り、へらりと笑った。

「そうそう、その顔だよ。あの時のハムもあるよ」
「えっ、あっ、これ、生ハムっ」
「はい、どうぞ」
「んっ……んん~っ」

 あの時の味だ。ユアンの差し出したものをパクリと食べ、舌鼓を打つ。しっかり堪能してからピピの果実酒を飲むと、口の中が更に幸せになった。

「ラウノメアには、このチーズ」
「あっ、それそれっ、デザートチーズみたいになるんですよねっ」

 甘い酒と、クリームのような滑らかなチーズのマリアージュ。最高だ。

「クラッカーも用意してるよ。あれから部下の家族や友人にも、この食べ方が流行ったと言ってたよ」
「それは嬉しいですっ。これも美味しいですよね~」

 注がれたラウノメア酒に、さっそくクラッカーを浸して食べる。頬を緩め、次はチーズと一緒に。


「んんっ、どっちもお酒自体が美味しいから、何に合わせても合うのでは?」

 今度は酒のみを堪能する。ピピの方は魚料理にも合いそう。ラウノメアは肉料理に。肉まんなら、……どちらも合いそうだ。

「ん~っ、ご飯食べた後なのに、美味しくて進む~」
「そうだね」
「ですよね~」

 君のその幸せそうな顔でお腹いっぱい、と心の中で思いながら、ユアンは多幸感に包まれる。

「途中で水も飲もうね」
「そうでした」

 ハイペースになっては話す間もなく酔ってしまう。
 水を飲み、ナッツを食べ、話題は自然とこの世界の美味しいものに。ユアンが話す内容は、どれも楽しく、興味を惹かれるものばかりだった。



 小一時間後。

「話してばかりになっちゃったね。何か飲みたいものはある? 味の好みを教えて貰えたら選ぶよ」
「……どれでもいいんですか?」
「勿論だよ」
「じゃあ……すみません、お言葉に甘えて、一番高いお酒を……」

 どれでもと言われたら、それを選んでしまう。庶民だから。風真はジッとユアンを見上げた。

「そんなに緊張しなくてもいいのに。独り酒用だから、そんなに高いものは置いてなくて申し訳ないな」

 そう言って手に取ったのは、ブランデーのボトルだ。

「ブランデーは飲める?」
「はい。……多分」
「飲んだことは?」
「一回だけ。でも、大人っぽいので飲んでみたいです」

 ボトルは丸みを帯びて、中には濃い琥珀色の液体。ダンディな男性の部屋にありそうだ。暖炉の前で飲むような、どこで見たか分からないがそんなイメージがあった。


「これは飲みやすい方だけど度数が高いから、そうだな……夜だし、お湯で割るよ。香りが華やかになるから、それも楽しんで」
「はい、ありがとうございます」

 ユアンは慣れた手付きでグラスに酒を入れる。

「これ、お高いんですよね……。おいくらくらいですか?」

 言い方が通販番組のようになる。

「これは確か……」

 ユアンは手を止め、耳元で値段を囁いた。声を潜める必要はないが、機会があればといったところだ。

(ええっと、日本円だと……十、百……ひゃ……にっ、二百万!?)

「こっ、これっ、これだけで……十万くらいっ!?」

 グラスに注がれた琥珀色の酒を見つめ、ぶるぶると震えた。

「十万?」
「俺の国の通貨単位ですっ、ボトル一本で、年収くらいっ」
「年収……? この国の平民でも、二倍は貰ってるよ……?」

 今度はユアンが驚愕した。風真の世界は、そんなにも貧しかったのか。

「次はもっと高くて美味しいものを用意しておくから……」
「!? これ以上は!」
「遠慮しなくていいよ。ここではいいものを、たくさん飲んでね」

(また不憫だと思われた!)

 だがもう言い返す気力がない。グラスに湯が注がれ、渡されてもぶるぶると震えた。


「支えてるから、ゆっくり飲んで」
「あ……ありがとうございます……」

 震えながら、ちびっと一口。

「……緊張で、味が」
「そんなに緊張しないで。まだあるから、たくさん飲んで……といっても度数が強いか」

 たくさん飲むには、風真には強い。

「すみません……景気付けに、一番お手頃価格のお酒を……」
「景気付けにね」

 言い方が面白いな、とくすりと笑ってユアンが取ったのは、小さなワインボトルだ。

「……これはおいくらで」
「街でパンが十個買えるくらいだよ」
「千円ちょっと……それでもお高めのサイズです、けど、瓶可愛いです」

 他とは違い、薄い青の瓶だ。小さくて星形をしたフォルムも可愛い。注がれた液体は黄み掛かった透明だ。

「んっ、爽やか~」

 度数も低く、あっさりとして飲みやすい。

「書類仕事の時に飲むと、頭がすっきりしていいんだよね」
「お酒好きの究極ですね」

 アルコールを入れても頭が回るとは。風真は感心しながらも苦笑した。

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