108 / 270
ユアンの部屋にて2
しおりを挟む「お風呂上がりの神子君、暖かくていいにおいがして……赤ん坊はこんな感じなのかな」
「子供ですらなくなった!」
「これは、無条件に愛しくて可愛いと思っても当然だね」
「大人なんですけどっ……、お高そうな石鹸……シャボン? の香りなんですけどっ……」
「部屋に支給されるものだよね? 俺も同じものだよ」
「えっ、……どうしてこうも違うのか」
ユアンの腕に顔を埋め、唸る。
肌に触れると香りが変わるのか、ユアンからはパウダリーな大人の香りがした。一方の風真は、清潔感のある石鹸に近い香りだ。
「こんな神子君を晩酌に誘って、悪い事をしてる気分だな」
「しっかり成人済みなので合法です。もうからかわれませんからね」
爽やかな香りで落ち着いた風真は、これ以上騒いでも逆効果だと大人の対応をした。
それならと、ユアンも大人相手の対応で風真の腰を抱く。びくりと跳ねた風真の髪にキスをして、何をされるのかと警戒する顔にくすりと笑った。
三人掛けのソファに座らせ、ユアンはまた棚の方へと戻って行く。
(あれ……? 何もされない?)
拍子抜けしてユアンを見る。
「何かした方が良かった?」
「っ、いえっ、今日は飲みにきたのでっ」
「そう?」
「ユアンさんとゆっくり話したいですっ」
「そっか。じゃあ、ペースを落として飲もうね」
テーブルにグラスとボトルを置き、チーズやハム、レーズンなどの乗った皿も持ってくる。酔いが遅くなるよう、水差しも置いた。
(何もされない……)
少し触られるのは、あれで終わりだろうか。隣に座ったユアンを見上げると、ん? と首を傾げられた。
(されたいわけじゃないけど、気を遣わせるのは嫌だな……)
「俺がしたいなら許そうなんて、考えなくていいからね」
「!?」
「勉強を教えて貰ったお礼もしてないし、とか」
「……はい」
「俺は神子君と二人きりの時間を貰えて、君の先生が出来た。お互いに得るものがあったなら、お礼なんていらないんだよ」
ピピの果実酒のコルクを開け、グラスに注ぐ。
「そんな律儀な君が、好きだけどね」
風真にグラスを渡し、そっと目を細めた。
「ユアンさん……すごく、かっこいいです」
仕草も台詞もスマートで、海外ドラマのワンシーンのようだ。
「ユアンさんが俺を子供扱いするのも、仕方ないなって思いました」
「そう思って貰えたなら嬉しいな」
微笑む顔も、大人の男の色気に溢れている。どう頑張っても、こうなれるには何年もかかりそうだ。風真は苦笑して、グラスの中の液体へ視線を落とした。
「今の俺はまだそんなにスマートに考えられなくて、やっぱり言葉にしたいので……先生と、ピピとラウノメア、本当にありがとうございました」
深く頭を下げる。
「じゃあ、こちらこそ、楽しい時間の続きをありがとう」
風真の頭を撫で、するりと頬を撫でて、顔を上げさせた。
「今からは、君の幸せな顔を見せてね」
そう言って、グラスを風真の口に当てた。
傾けられたグラスから、赤い液体が口の中に流れ込んでくる。少し酸味のある、あの味だ。
「んっ、……やっぱり美味しいです~」
一口で楽しい記憶も蘇り、へらりと笑った。
「そうそう、その顔だよ。あの時のハムもあるよ」
「えっ、あっ、これ、生ハムっ」
「はい、どうぞ」
「んっ……んん~っ」
あの時の味だ。ユアンの差し出したものをパクリと食べ、舌鼓を打つ。しっかり堪能してからピピの果実酒を飲むと、口の中が更に幸せになった。
「ラウノメアには、このチーズ」
「あっ、それそれっ、デザートチーズみたいになるんですよねっ」
甘い酒と、クリームのような滑らかなチーズのマリアージュ。最高だ。
「クラッカーも用意してるよ。あれから部下の家族や友人にも、この食べ方が流行ったと言ってたよ」
「それは嬉しいですっ。これも美味しいですよね~」
注がれたラウノメア酒に、さっそくクラッカーを浸して食べる。頬を緩め、次はチーズと一緒に。
「んんっ、どっちもお酒自体が美味しいから、何に合わせても合うのでは?」
今度は酒のみを堪能する。ピピの方は魚料理にも合いそう。ラウノメアは肉料理に。肉まんなら、……どちらも合いそうだ。
「ん~っ、ご飯食べた後なのに、美味しくて進む~」
「そうだね」
「ですよね~」
君のその幸せそうな顔でお腹いっぱい、と心の中で思いながら、ユアンは多幸感に包まれる。
「途中で水も飲もうね」
「そうでした」
ハイペースになっては話す間もなく酔ってしまう。
水を飲み、ナッツを食べ、話題は自然とこの世界の美味しいものに。ユアンが話す内容は、どれも楽しく、興味を惹かれるものばかりだった。
小一時間後。
「話してばかりになっちゃったね。何か飲みたいものはある? 味の好みを教えて貰えたら選ぶよ」
「……どれでもいいんですか?」
「勿論だよ」
「じゃあ……すみません、お言葉に甘えて、一番高いお酒を……」
どれでもと言われたら、それを選んでしまう。庶民だから。風真はジッとユアンを見上げた。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。独り酒用だから、そんなに高いものは置いてなくて申し訳ないな」
そう言って手に取ったのは、ブランデーのボトルだ。
「ブランデーは飲める?」
「はい。……多分」
「飲んだことは?」
「一回だけ。でも、大人っぽいので飲んでみたいです」
ボトルは丸みを帯びて、中には濃い琥珀色の液体。ダンディな男性の部屋にありそうだ。暖炉の前で飲むような、どこで見たか分からないがそんなイメージがあった。
「これは飲みやすい方だけど度数が高いから、そうだな……夜だし、お湯で割るよ。香りが華やかになるから、それも楽しんで」
「はい、ありがとうございます」
ユアンは慣れた手付きでグラスに酒を入れる。
「これ、お高いんですよね……。おいくらくらいですか?」
言い方が通販番組のようになる。
「これは確か……」
ユアンは手を止め、耳元で値段を囁いた。声を潜める必要はないが、機会があればといったところだ。
(ええっと、日本円だと……十、百……ひゃ……にっ、二百万!?)
「こっ、これっ、これだけで……十万くらいっ!?」
グラスに注がれた琥珀色の酒を見つめ、ぶるぶると震えた。
「十万?」
「俺の国の通貨単位ですっ、ボトル一本で、年収くらいっ」
「年収……? この国の平民でも、二倍は貰ってるよ……?」
今度はユアンが驚愕した。風真の世界は、そんなにも貧しかったのか。
「次はもっと高くて美味しいものを用意しておくから……」
「!? これ以上は!」
「遠慮しなくていいよ。ここではいいものを、たくさん飲んでね」
(また不憫だと思われた!)
だがもう言い返す気力がない。グラスに湯が注がれ、渡されてもぶるぶると震えた。
「支えてるから、ゆっくり飲んで」
「あ……ありがとうございます……」
震えながら、ちびっと一口。
「……緊張で、味が」
「そんなに緊張しないで。まだあるから、たくさん飲んで……といっても度数が強いか」
たくさん飲むには、風真には強い。
「すみません……景気付けに、一番お手頃価格のお酒を……」
「景気付けにね」
言い方が面白いな、とくすりと笑ってユアンが取ったのは、小さなワインボトルだ。
「……これはおいくらで」
「街でパンが十個買えるくらいだよ」
「千円ちょっと……それでもお高めのサイズです、けど、瓶可愛いです」
他とは違い、薄い青の瓶だ。小さくて星形をしたフォルムも可愛い。注がれた液体は黄み掛かった透明だ。
「んっ、爽やか~」
度数も低く、あっさりとして飲みやすい。
「書類仕事の時に飲むと、頭がすっきりしていいんだよね」
「お酒好きの究極ですね」
アルコールを入れても頭が回るとは。風真は感心しながらも苦笑した。
16
お気に入りに追加
825
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
戸森鈴子 tomori rinco
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる