上 下
107 / 260

ユアンの部屋にて

しおりを挟む

 家同士の交流まで紙に纏めてから、ユアンは息抜きにと、食べ物関係の本を持ってきた。
 あれこれと楽しく話しているうちに、気付けば夕食の時間になっていた。

 復習用に何冊か風真ふうまの部屋まで運び、ユアンは何事か思案する。そして、風真の耳元へと唇を寄せた。


「夕食の後、俺の部屋で二人で飲まない?」
「……二人で、ですか?」
「悪戯は、少し触るだけにするから」
「するんですかっ」
「少しだけだよ。一緒に勉強出来たのが楽しくて、まだ話していたいんだ。二人だけでゆっくりね」

 風真から離れ、寂しげに微笑んだ。
 誰かの喜ぶ顔が好きな風真は、こんな寂しい顔をしてお願いされると弱い。だが、少し触られる。ユアンの言う少しはどの程度だ。

「君の好きなお酒もあるよ」
「っ……それは」
「ピピの実を使った」
「行きます」

 あれは美味しかった。風真はあっさりと釣られた。

「警戒心が脆くて心配になるな」
、少し触られるだけだと思ったので」
「神子君はここに来てから口が達者になったね」
「お手本がたくさんいるので」

 ニッと笑う。本当に話術が上手くなったな、とユアンは肩を竦めた。


「俺の部屋は知ってる?」
「はい」
「じゃあ、お風呂に入ってからおいで」
「お風呂……」
「飲み過ぎて寝てしまっても大丈夫なように」
「あっ、そっちで」
「残念ながら、そっちだよ」
「残念じゃないです大丈夫です!」

 食い気味に言う風真に、クスクスと笑う。

「君との晩酌が目的だから、あまり警戒しないでいいよ」
「本当に警戒しないで行きますからね」
「少しはして欲しいかな」
「全然しないで行きますから」

 言い返しながら、こういう言葉遊びも楽しいと気付く。
 元から社交性のある風真には、この世界で神子として生きる事はそこまで苦ではない。これからもっと話上手になれるよう頑張ろう、とますます気合いが入った。





 風呂に入り、しばし迷ってから、パジャマを着てユアンの部屋へと向かった。飲み過ぎないつもりではあるが、万が一寝落ちてしまった時でも服を脱がされずに済むようにだ。
 宿とは違い、ここで裸で添い寝している場面にもしアールが現れるような事があれば、大惨事だ。

(こんな時間に部屋に行くのは良くないって分かってるけど……断るのも信用してないみたいで、良くないよな)

 身の危険を感じるので行きません、と言う方が良くない。それに、せっかく勉強の時間を楽しいと思って貰えたのだ。その気持ちを無碍にしたくない。

(酔わせてあれこれとか、ユアンさんは絶対しないし)

 その一線だけは越えてこないと信じている。自分も酔った勢いで過ちをおかす事もなく、ベッドから転がって落ちる以外しないと信じていた。
 それ以外に「だいすきー!」と連呼してべろべろになる事は、風真は知らない。


(っと……、ノックしなくていいんだった)

 アールやトキに気付かれないようにと言われていた。うっかりノックしかけた手を、ドアノブに掛ける。
 控えめな音を立て扉を開けると、いらっしゃい、とユアンの声がした。

 先に「晩酌するので、寝落ちなければユアンさんに送って貰います」と言われていた護衛は、中にユアンの姿がある事を確認してから、神子の部屋の前へと戻って行った。


「うわ~、大人の部屋だ」

 部屋に入るなり、風真は目をキラキラとさせた。
 飴色のテーブルと、黒い革張りの三人掛けのソファ。その向かいには一人掛けのソファが。外部の者を呼ぶ事は出来ないが、気分だけでもと置いたものだった。
 壁際の棚には、たくさんのボトルが並んでいた。ブランデーやウィスキーのボトルが半分、もう半分はワインボトルだ。

「ユアンさん、お酒強いんですね」
「そこそこね」
「そこそこにしては、どれも減ってますけど」

 棚に近付き、絶対強いと確信した。


「あっ、これっ」

 ピピの果実酒のラベルを見つけた。キラキラとした銀の文字で、銘柄が書かれている。
 さくらんぼのような形状の赤い実のイラストが、ピピの実だろう。

「らっ……ラウノメアもある~っ」

 こちらは濃い紫の文字だ。サファイアのような透明感のある大粒の青い実が描かれていた。

「君と初めて一緒に飲んだものだからね。いつかまた一緒にと思って、買っておいたんだ」
「んんっ、ユアンさん大好きっ」

 その言葉と、隣同士に並べられたボトルに、喜びのあまり感情が昂ってしまう。

「あっ、すみませんっ、つい癖で」
「癖? 元の世界でも、友人たちに気軽に言ってたのかな?」
「うっ……いっ……、……言ってたような気がします」

 言ってないだろうと思い返せば、ポンポンと該当する記憶が出てきた。

「でも友達同士のお礼の最上級みたいなもので、深い意味はなかったです! みんなも言ってました!」

 みんなも。日本人は安心するその言葉は、この世界ではそう効果はなかった。


「君も、言われてたの?」
「いっ……言われてました、ね……」
「それで、どう返してた?」
「……はいはい、俺も好きー、って」

 他の友人同士は、やめろよ~だとか、もっと崇めろだとか言っていたが、風真は言えなかった。嬉しくて、笑いながら好きを返すだけ。

「そっか。みんなも言ってて、君も言ってたなら……俺にも言えるよね?」
「へ?」

 そこで風真は気付く。大好き、とまた言って貰う為に、わざと不機嫌なふりをしたのだ。その証拠に、今のユアンはしたり顔をしている。

「騙された!」
「そうだよ。今回はからかってないからね」
「罠だった!」
「罠に掛かったなら、言ってくれるよね?」
「飲んでから言います!」
「素面の時に言って欲しいな」

 背後から抱きしめられ、逃げられなくなる。ちゅ、と耳元で音がして、次は唇が耳を掠めた。
 そうしている間に、耳朶にキスをされる。このままでは、あちこちにキスされてしまう。


「っ……、大好き!!」

 慌てた風真は、元気に言い切った。

「俺も好きだよ。名前を入れて、もう一回」
「ユアンさん大好き!」
「感情込めて?」
「~~っ、俺の好きなお酒用意してくれてるユアンさん、大好きー!」

 それは本当に嬉しかった。ボトルへ視線を向けると、考えるまでもなく感情が籠もる。

「そんなに喜んで貰えて嬉しいよ。俺は、どんな君も大好きだよ」

 ユアンは嬉しそうな声を出し、頬にキスをした。

(結局キスされた……)

 頑張ったのに、と項垂れる。だが、嬉しそうだからいいかと思う事にした。

「……俺も、ハードないたずらするユアンさん以外は、好きですよ」
「ハードな悪戯自体は好き?」
「なんでそうなるんですかっ」

 ワッと声を出すと、ユアンは愉しげに笑って風真の頬をつついた。


「君は本当にからかい甲斐があるね」
「今度はからかわれてた!」

 わあわあ言う風真をますます抱きしめ、髪に頬を寄せる。本当にからかい甲斐のある、素直で元気な可愛い子だ。

「これでもう飲める歳なんだから、君の世界は不思議だね」
「はい! 世界の違いです! 元の世界では年相応でした!」

 大人でしたと訴える風真がまた可愛くて、ユアンは風真がジタバタと暴れ出し、力尽きて諦めるまで、背後からぬいぐるみのように抱きしめたまま愛で続けたのだった。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

黒の魅了師は最強悪魔を使役する

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:918

何度目かの求婚にて。

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:30

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:51,311pt お気に入り:29,989

あなたの運命の番になれますか?

BL / 連載中 24h.ポイント:2,635pt お気に入り:66

花を愛でる獅子【本編完結】

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:432

【完結】苛烈な陛下の機嫌を取る方法

BL / 完結 24h.ポイント:170pt お気に入り:373

鬼の愛人

BL / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:505

処理中です...