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ユアンの部屋にて
しおりを挟む家同士の交流まで紙に纏めてから、ユアンは息抜きにと、食べ物関係の本を持ってきた。
あれこれと楽しく話しているうちに、気付けば夕食の時間になっていた。
復習用に何冊か風真の部屋まで運び、ユアンは何事か思案する。そして、風真の耳元へと唇を寄せた。
「夕食の後、俺の部屋で二人で飲まない?」
「……二人で、ですか?」
「悪戯は、少し触るだけにするから」
「するんですかっ」
「少しだけだよ。一緒に勉強出来たのが楽しくて、まだ話していたいんだ。二人だけでゆっくりね」
風真から離れ、寂しげに微笑んだ。
誰かの喜ぶ顔が好きな風真は、こんな寂しい顔をしてお願いされると弱い。だが、少し触られる。ユアンの言う少しはどの程度だ。
「君の好きなお酒もあるよ」
「っ……それは」
「ピピの実を使った」
「行きます」
あれは美味しかった。風真はあっさりと釣られた。
「警戒心が脆くて心配になるな」
「俺の基準で、少し触られるだけだと思ったので」
「神子君はここに来てから口が達者になったね」
「お手本がたくさんいるので」
ニッと笑う。本当に話術が上手くなったな、とユアンは肩を竦めた。
「俺の部屋は知ってる?」
「はい」
「じゃあ、お風呂に入ってからおいで」
「お風呂……」
「飲み過ぎて寝てしまっても大丈夫なように」
「あっ、そっちで」
「残念ながら、そっちだよ」
「残念じゃないです大丈夫です!」
食い気味に言う風真に、クスクスと笑う。
「君との晩酌が目的だから、あまり警戒しないでいいよ」
「本当に警戒しないで行きますからね」
「少しはして欲しいかな」
「全然しないで行きますから」
言い返しながら、こういう言葉遊びも楽しいと気付く。
元から社交性のある風真には、この世界で神子として生きる事はそこまで苦ではない。これからもっと話上手になれるよう頑張ろう、とますます気合いが入った。
・
・
・
風呂に入り、しばし迷ってから、パジャマを着てユアンの部屋へと向かった。飲み過ぎないつもりではあるが、万が一寝落ちてしまった時でも服を脱がされずに済むようにだ。
宿とは違い、ここで裸で添い寝している場面にもしアールが現れるような事があれば、大惨事だ。
(こんな時間に部屋に行くのは良くないって分かってるけど……断るのも信用してないみたいで、良くないよな)
身の危険を感じるので行きません、と言う方が良くない。それに、せっかく勉強の時間を楽しいと思って貰えたのだ。その気持ちを無碍にしたくない。
(酔わせてあれこれとか、ユアンさんは絶対しないし)
その一線だけは越えてこないと信じている。自分も酔った勢いで過ちをおかす事もなく、ベッドから転がって落ちる以外しないと信じていた。
それ以外に「だいすきー!」と連呼してべろべろになる事は、風真は知らない。
(っと……、ノックしなくていいんだった)
アールやトキに気付かれないようにと言われていた。うっかりノックしかけた手を、ドアノブに掛ける。
控えめな音を立て扉を開けると、いらっしゃい、とユアンの声がした。
先に「晩酌するので、寝落ちなければユアンさんに送って貰います」と言われていた護衛は、中にユアンの姿がある事を確認してから、神子の部屋の前へと戻って行った。
「うわ~、大人の部屋だ」
部屋に入るなり、風真は目をキラキラとさせた。
飴色のテーブルと、黒い革張りの三人掛けのソファ。その向かいには一人掛けのソファが。外部の者を呼ぶ事は出来ないが、気分だけでもと置いたものだった。
壁際の棚には、たくさんのボトルが並んでいた。ブランデーやウィスキーのボトルが半分、もう半分はワインボトルだ。
「ユアンさん、お酒強いんですね」
「そこそこね」
「そこそこにしては、どれも減ってますけど」
棚に近付き、絶対強いと確信した。
「あっ、これっ」
ピピの果実酒のラベルを見つけた。キラキラとした銀の文字で、銘柄が書かれている。
さくらんぼのような形状の赤い実のイラストが、ピピの実だろう。
「らっ……ラウノメアもある~っ」
こちらは濃い紫の文字だ。サファイアのような透明感のある大粒の青い実が描かれていた。
「君と初めて一緒に飲んだものだからね。いつかまた一緒にと思って、買っておいたんだ」
「んんっ、ユアンさん大好きっ」
その言葉と、隣同士に並べられたボトルに、喜びのあまり感情が昂ってしまう。
「あっ、すみませんっ、つい癖で」
「癖? 元の世界でも、友人たちに気軽に言ってたのかな?」
「うっ……いっ……、……言ってたような気がします」
言ってないだろうと思い返せば、ポンポンと該当する記憶が出てきた。
「でも友達同士のお礼の最上級みたいなもので、深い意味はなかったです! みんなも言ってました!」
みんなも。日本人は安心するその言葉は、この世界ではそう効果はなかった。
「君も、言われてたの?」
「いっ……言われてました、ね……」
「それで、どう返してた?」
「……はいはい、俺も好きー、って」
他の友人同士は、やめろよ~だとか、もっと崇めろだとか言っていたが、風真は言えなかった。嬉しくて、笑いながら好きを返すだけ。
「そっか。みんなも言ってて、君も言ってたなら……俺にも言えるよね?」
「へ?」
そこで風真は気付く。大好き、とまた言って貰う為に、わざと不機嫌なふりをしたのだ。その証拠に、今のユアンはしたり顔をしている。
「騙された!」
「そうだよ。今回はからかってないからね」
「罠だった!」
「罠に掛かったなら、言ってくれるよね?」
「飲んでから言います!」
「素面の時に言って欲しいな」
背後から抱きしめられ、逃げられなくなる。ちゅ、と耳元で音がして、次は唇が耳を掠めた。
そうしている間に、耳朶にキスをされる。このままでは、あちこちにキスされてしまう。
「っ……、大好き!!」
慌てた風真は、元気に言い切った。
「俺も好きだよ。名前を入れて、もう一回」
「ユアンさん大好き!」
「感情込めて?」
「~~っ、俺の好きなお酒用意してくれてるユアンさん、大好きー!」
それは本当に嬉しかった。ボトルへ視線を向けると、考えるまでもなく感情が籠もる。
「そんなに喜んで貰えて嬉しいよ。俺は、どんな君も大好きだよ」
ユアンは嬉しそうな声を出し、頬にキスをした。
(結局キスされた……)
頑張ったのに、と項垂れる。だが、嬉しそうだからいいかと思う事にした。
「……俺も、ハードないたずらするユアンさん以外は、好きですよ」
「ハードな悪戯自体は好き?」
「なんでそうなるんですかっ」
ワッと声を出すと、ユアンは愉しげに笑って風真の頬をつついた。
「君は本当にからかい甲斐があるね」
「今度はからかわれてた!」
わあわあ言う風真をますます抱きしめ、髪に頬を寄せる。本当にからかい甲斐のある、素直で元気な可愛い子だ。
「これでもう飲める歳なんだから、君の世界は不思議だね」
「はい! 世界の違いです! 元の世界では年相応でした!」
大人でしたと訴える風真がまた可愛くて、ユアンは風真がジタバタと暴れ出し、力尽きて諦めるまで、背後からぬいぐるみのように抱きしめたまま愛で続けたのだった。
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