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ユアンとお勉強2

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 風真ふうまの頬から手を離し、本のページを捲る。つい語ってしまったが、今は勉強の時間だった。

「王家はもうみんな覚えた?」
「はい。最初の頃に勉強して、……あれ? アールって……アール・フォン・サフィール、って名前でしたっけ……」

 王の下には、アールとロイしかいない。異母兄弟もいない。確かにあのアールだ。

「呼び捨てにしすぎて、なんか違和感が……」
「神子君は本当に、アールがどんな身分でも気にしないんだね」
「今更ながら、全く気にしないことが申し訳ない気分に……」
「いいんだよ。アールもその方が嬉しいだろうし」

 急に王族扱いされて悲しそうにするアールの顔が容易に思い浮かび、小さく笑った。


「これも今更ですけど、トキさんの名前は……」
「トキはトキだよ。神職はみんな神の家に住む者だから、名前だけになるんだ」
「そうなんですか……。じゃあ、みんな家族みたいな感じなんですね」

 そう言うと、ユアンは複雑な表情を浮かべた。

「他の人はどうか知らないけど、トキは違うみたいだよ。浅い付き合いしかしてないって言ってたし、使いに選ばれてからは、この離れに住んでるからね。教会と神殿の自室には殆ど滞在しないみたい」
「……それなら、ここが家で、俺たちが家族みたいだって思ってくれてたら、嬉しいです」

 思えば教会に行った時も、一度も誰かに会う事はなかった。トキから、友人の話を聞いた事もない。

「……暖かい家族が嬉しいっていう、俺の価値観での話ですけど……」

 トキには、必要ないのかもしれない。それでも、大切だと言ってくれた気持ちは、皆で過ごした時間は、暖かいものだったと思いたかった。

「トキは俺とも家族の価値観が違うけど、神子君と過ごしてる時間は、今までに見た事がないくらい幸せな顔をしてるよ。外向きの顔もしないし、完全に気を抜いてるみたいだ。きっとここが帰る場所だと思ってるんだろうね」
「っ……だったら、嬉しいです」

 風真が笑うと、ユアンはいい子だとばかりに風真の頭を撫でた。こんなにも良い子に育ててくれた両親と姉に直接礼を伝えられない事を、心から残念に思う。



 その後は、分厚い本を次々に入れ替えながら、ユアンの講義が続いた。
 必ず縁を繋いでおくべき家門、積極的に交流すべき家門、機会があれば、特に必要なし……。
 家として危険なところや、神子の地位を利用してくるだろう家門、ユアンが個人的に近付いて欲しくない家門など。
 優先順位を付けて、分かりやすく説明する。風真はそれを何枚もの紙に書き、纏めていく。

 家の名と、事業、資産、家族構成。特に交流した方が良い人物には丸印を、近付いてはいけない人物にはバツ印を付けた。
 すると、殆どの家に一人はバツ印がいる。

「あの、ユアンさん、バツ印の男性多くないですか?」
「そんなことないよ。君を守るために、必要な人物しか言ってないからね」
「……」
「アールにも訊いてみたらいいよ。最近は夜会に出てるし、何人かは分かると思うけど」
「……ですか」
「神子君は社交の場なんて出なくていいんだけど……彼に、君の意思を尊重しろと言われたからね」

 彼とは、ケイの事だ。閉じ込めて守るだけでは風真を幸せに出来ないと、そのような内容を言われた事は、今もしっかり覚えている。


「俺かアールの伴侶になったら、閉じ籠ってばかりだと印象が悪いとか考えて、俺たちのために頑張って社交をしようとするだろうし」
「……しますね」
「貴族社会は陰険な人が多いけど、君は負けずに論破していくんだろうね」
「頑張りますっ」

 グッと拳を握る風真に、思わず苦笑した。

「君が傷付かない場所に、大切にしまっておきたいのに……そんな事をしたら、弱って死んでしまいそうだ」

 むしろ今までよく閉じ籠っていてくれたと思う。

「そうだよね。天使は閉じ込めたら輝けないよね」
「……すみません、ここは外が好きな犬扱いで大丈夫です」

 天使は恥ずかしくて、自らそう願い出る。
 元気な犬だからね、と望む通りに言い直して、ユアンは笑いを堪えながら風真の頭を両手で撫で回した。





 途中で使用人がそっとお茶と菓子を置いて行き、休憩を挟みながら勉強を続ける。

「うー……うあぁ……俺の国の名前と違って、みんな長くて……」
「神子君の国は、神子君みたいにみんな短いの?」
「はい……大体は名字と名前だけで、ミドルネームもなくて……。フォン、ド、ディ……誰がどれなのか……」

 纏めた紙を眺めながら、ウンウン唸る。椅子の背に凭れたり、テーブルに突っ伏したり、左右に揺れたり頭を抱えたりと、活発に動く。
 その姿に、側でクスリと声がした。ユアンではない。女性の声だ。

「っ、ご無礼をっ……」
「あっ、いえ、こちらこそお見苦しい姿を……」

 すみません、と頬を染めて恥ずかしそうにすると、使用人は愛らしい子犬を見るような顔をした。

「あの、お菓子とお茶、ありがとうございます」

 取り繕うように神子らしく笑ってみせると、今更、とつい声に出して今度はユアンが小さく笑った。
 不服だと顔で訴える風真に、ますます笑みが深くなる。その様子を微笑ましく見つめ、使用人は深く礼をして図書室を出て行った。


「神子らしくない俺の本当の姿を、もう食堂で知られてるとはいえ……、……食堂」
「離れの使用人は決して口外しないから、外では安心して純粋な神子様を演じていいよ」
「それならありがたいです……」

 風真は両手で顔を覆い、天を仰ぐ。
 神子らしくないところがバレても問題ないほどに、食堂でのあれこれは酷い。口外されれば神子どころか、使い全員の立場も危うくなるのでは。

(……あまりにハードすぎて、口外出来ないかも)

 口外されても、それを信じる人がどれだけいるだろう。信じたとしても、それを本人に確認出来る人がいるだろうか。

(そもそも食堂のみなさんいい人だし、言わないか)

 そう信じた途端、あんなものを見せてしまい申し訳ない気持ちが込み上げる。今度食堂で悪戯をされるような事があれば、言いたくないが「嫌い」というワードを使ってしまおう。
 ただ、最近では穏やかに溺愛され、もう人前でえっちな悪戯をされる予感はしなかった。



 ――知力が90になりました。

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