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王宮の中庭3
しおりを挟むひと気のない場所に出てから風真を下ろし、ユアンはクスクスと声を立てて笑った。
「色仕掛けって何ですか、か。まさか神子君にそんな才能があったとはね」
「……神の子らしく、純粋でぽやんとしてるいい子を演じてみました」
「そっか。そのままの神子君だったのか」
「へ?」
「純粋でぽやんとしてて、とてもいい子」
ちゅ、と額にキスをする。
「でも、俺に開発されちゃったけどね」
「一部だけです」
意地悪な声で囁かれ不満げに返すが、開発された事を事実として口にする風真に、ユアンは満足げに口の端を上げた。
「神子君は純粋で素直だけど、悪意にはちゃんと気付けるんだね」
「はい、まあ、あそこまであからさまだと」
悪役令嬢ものをたくさん読んでいて良かった、と今になって胸を撫で下ろす。
「でも、性格悪いところを見られて苦しいというか、申し訳ないというか……。嘘もめちゃくちゃつきましたし……」
いい子だと思ってくれているユアンの前で見せて良い姿ではなかった。
罪悪感に苛まれる風真に、ユアンと副隊長は不思議そうに顔を見合わせた。
「あれは性格が悪いとは言わないよ? 見事な自己防衛術だったよ」
副隊長も大きく頷く。
「話術は貴族社会では必須だし、何も言い返せずに傷付けられる方が馬鹿にされるからね。それに君は、他の令嬢を味方に付ける事に成功したんだ。穏便に済ませる以上に素晴らしい対応だったよ」
こんな才能があったなんてね、とまた風真の頭を撫でる。今度は両手で、頬まで撫で回された。
「……すぐに助けられなくてごめんね」
「申し訳ありません、神子様。隊長と殿下どちらの伴侶になられるとしても、どの程度手助けが必要かを判断する良い機会と思い、隊長を止めました」
「俺も知りたかったから、同罪だよ」
必要なかったみたいだけど、と言いつつユアンは眉を下げた。
「俺のこと大事に想ってくださって、嬉しいです。でも……、大体のことは自分一人で対処出来るようになりたいです。いえ、なります」
出来るかどうかではなく、するのだと拳を握り締める。
「神子の力以外でもみなさんの役に立ちたいですし、足手まといにはなりたくないです。せめて、放っておいても大丈夫と安心して貰えるようになりたいんです」
「神子様……」
副隊長は感激のあまり目頭を押さえた。普段冷静で顔色の変わらない彼が、ううっと呻き声まで上げている。ユアンも感動したのだが、珍しいものを見てしまいそちらに気を取られてしまった。
「神子君はもっと頼ってくれてもいいのに。でもそれは、嫌なんだね」
「すみません」
「謝らなくていいよ。何だろう……親離れされるのはこういう気持ちなのかな」
「隊長。まさにそれです」
「そうか……これは、みんなは号泣してしまうな」
「神子様。部下たちの前では、どうかまだそのような事は仰らずに……」
「え……あ、はい……気をつけます」
何だか大変なことになった。風真は騎士たちの号泣する姿を想像して、落ち込むより、くすぐったい気持ちになる。まるで父親がたくさんいるみたいだ。
「……でも俺も、もうちょっとだけ、息子扱いされたいです」
ぽそぽそと恥ずかしそうに言うと、ユアンと副隊長はパアッと顔を輝かせた。
「ありがとうございます、神子様。せめて後五年はお願いいたします」
「そうだね。五年でも短いかな」
にこにこと上機嫌な二人に、長いです、とは言えずにへらりと笑ってみせる。
だが、記憶の中の両親も、同じように可愛い可愛いと溺愛してくれた。それを思い出すと胸が苦しくも暖かくなり、ずっとこのまま愛されていたい気持ちになった。
ユアンは風真の手を取り、歩き出す。
「隊長は公衆の面前で熱烈な愛の告白をされたわけですが、これでフラれたら、公開処刑ですね」
「それは新鮮だな」
くすりと笑う。
「むしろ神子君の株が上がるかな? 俺は選ばれなくても愛し続けるから、そこまで愛される神子様は素晴らしい魅力のあるお方なのだろう、ってね」
「そうですね。ですが殿下を伴侶に選べば、王太子妃の座に目が眩んだとは」
「神子様は色仕掛けも知らない純粋な天使だ。この国が大好きで、国の為にアールを選んだと噂されるさ」
「逆に隊長を選ぶと、色仕掛けを知るような内容で落とされたという噂が立つのでは」
「体から籠絡された神子様か……」
「隊長」
口元がにやけ、副隊長のじっとりとした視線が向けられた。
(なんか、選びづらいことに……)
アールを選べばユアンが公開処刑、ユアンを選べば体から籠絡されたと思われる。どちらにしろ、ユアンに対する申し訳ない噂が流れすぎでは?
「神子君は何も気にせず、俺を選んでね」
「!」
「神子様。何も気にされず、好きな方をお選びください。私たち第一部隊はどちらを選ばれようと、変わらず神子様に全身全霊でお仕えいたします」
「っ、副隊長さん……」
「俺より株を上げないでくれ」
君を選ばれては困る、と苦笑した。
「隊長はこのまま神子様と戻られますか?」
「そうだね。勉強の邪魔をしたお詫びに、資料探しの手伝いでもしようかな」
「えっ、でも」
「神子様、構いませんよ。指示はいただきましたので、後は隊長にしていただく事はありません」
「俺を暇人みたいに……まあ、今日はそうだけど」
ユアンはまた苦笑する。実際はしっかり仕事があるのだが、全て明日に回す事にした。何より、風真以上に優先するものはない。
「では、失礼します」
副隊長は一礼して、別の道へと歩いて行った。
「美味しいランチの店は、また今度でもいいかな?」
「それも聞いてたんですねっ」
「神子君が俺と仲良しアピールしてくれて、嬉しかったなぁ」
「全部聞かれてたっ……」
風真は頭を抱える。誰にも気付かれていないが、実は令嬢が風真に近付き始めた時からユアンは側にいた。
素直で真っ直ぐな風真が、令嬢に対抗する為に可愛い嘘や誇張表現をした事が、いつも部屋を訪れていると公言した事が、嬉しくてたまらなかった。
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