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王宮の中庭2

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「お初にお目にかかります、神子様」
「はじめまして、……?」

 突然声を掛けられ、目を瞬かせる。そこには三人の女性がいた。ベンチで話していた令嬢とは違う令嬢たちだ。
 護衛が風真ふうまと令嬢の間に立つが、風真は大丈夫と言って立ち上がった。
 神子という立場で立ち上がった事に、令嬢たちは一瞬後ずさる。だがすぐに風真を見据えた。

「以前もユアン様とご一緒にいらっしゃいましたね?」
「神子様のご命令は、絶対ですものね」
「ユアン様はお優しい方ですもの。ご迷惑だとしても、お付き合いくださるのですよね?」

 風真の返事も待たず、口々に言ってクスクスと笑う。

(こっ、これはっ……悪役令嬢!)

 中央に立つ令嬢は、縦巻きロールの金髪だ。手には扇子を持ち、意地悪な笑みを浮かべていた。側には二人の令嬢。パッとしない彼女たちはいわゆる取り巻き令嬢だろう。

「無礼な……」
「護衛さん、大丈夫です。お話させてください」

 風真がにっこりと笑うと、護衛は一瞬判断に迷う。だが主人の命令ならばと、おとなしく下がった。いつでも守れるよう、警戒は緩めないまま。
 令嬢たちの態度は、ユアンの知り合いという訳ではなさそうだ。それならと、風真は背筋を伸ばす。


「みなさんのおっしゃる通りです。ユアン優しくしてくださって……今日も御使いのお仕事はお休みの日なのに、王宮の案内をしようとおっしゃってくださったんです」

 風真は嬉しそうに笑ってみせた。
 まさかこんな言い返しをされるとは思わず、令嬢たちは怯む。それでも中央の令嬢はわざと呆れた声を出した。

「お休みですの? 神子様ったら、ご遠慮なさらなかったのですか?」
「お恥ずかしながら……。王宮見学の後は、美味しいランチのお店に連れて行っていただけるそうで、誘惑に負けてしまいました」

 プライベートでも仲良しですけど? と暗にほのめかす。

「そっ、……そうなのですね? ランチでしたらあのお店かしら? ユアン様は、本当に素敵なお店をたくさんご存知ですわよねぇ」
「ご令嬢もご一緒されたことがあるのですね。羨ましいです」
「え?」
「私はあまり外に出ることが出来ないので……。ユアンさんがよく美味しいものを持ってきてくださるのですが、やはりお店の雰囲気を感じながらご一緒にいただきたいです」

 はあ、と残念そうに溜め息をついた。気分はすっかり悪役令嬢に虐められる主人公だ。


「っ……、食べてばかりで、神子としてのお仕事はなさっているのです?」
「ええ。先日はそちらの天井より大きな背丈の、九つの首を持つ蛇の魔物を退治いたしました。首を落としても生えてくるのですが、神より授かりました浄化の力で、無事討伐することが出来ました。これからも微力ながら私が皆様をお守りしますので、どうぞご安心いただければ幸いです」

 聖女もの小説が愛読書の風真は、本人も驚くほどにスラスラと言葉が出てくる。更にはトキの笑顔を真似して、穏やかで優雅に微笑んでみせた。
 ケイ君の助けがあってこそだけど、と思った事は顔に出さずに神子らしい態度を取り続ける。

 魔物討伐の話に、取り巻き令嬢は顔色を変える。魔物という名以外、何も知らなかったのだ。
 そんな恐ろしい魔物を討伐した神子の機嫌を損ねれば、大変な事になると理解したらしい。

「あっ、あのっ、神子様、大変なご無礼をっ……」
「使命をご理解なさっているようで安心しましたわ。これからも私たちを必ずお守りくださいね?」

 取り巻き令嬢を遮り、中央の令嬢は含みのある言い方をする。死ぬ事になっても必ず討伐しろという事だ。

「勿論です。私はこの国が大好きですので」

 大好きな人々の顔を思い出すだけで、心から嬉しそうな笑みになる。
 取り巻き令嬢は安堵と尊敬の眼差しに変わったが、中央の令嬢だけは悔しげな顔をした。


「っ、ユアン様があなたを気にかけてくださるのは、あなたが神子だからよっ」
「そうですね。神子で良かったです」

 にこにこと動じない笑み。令嬢は唇を噛み、キッと風真を睨み付けた。

「ユアン様に優しくしていただけるなんて、さぞ色仕掛けがお上手なのでしょうねっ」

 男性の神子様に色仕掛けなんて……と、取り巻き令嬢と、騒ぎに気付き側まで来た令嬢たちは呆れる。

(この人、本当にユアンさんが好きなんだな……)

 神子という立場に負けず、正面から突っかかってくる。その情熱と想いに尊敬し、同時に罪悪感に苛まれた。
 だがここで神子を演じるのをやめる訳にもいかない。

「いろじかけ……って、なんですか?」

 こてんと首を傾げ、キョトンとした顔をしてみせた。

「みなさんもご存知……みたいですね。それなら、仲良くなるのに必要なことなんですよね。俺、頑張って勉強します」

 自分でも恥ずかしいくらい、何も知らない純粋な神子を演じる。本当は気持ちいい事に弱くてあちこち開発済みだという事実は、今は知らないふりをした。


「神子君は知らなくていい事だよ」
「っ、ゆ、ユアンさんっ……」

 聞かれてた、と顔に出す前に、ユアンの手のひらが風真の目元を覆う。

「君は天使のように純粋で美しいのだから、そのままの君でいて?」
「……ユアンさんがそう言うなら」
「不満?」
「……お、……私だけ知らないのは、嫌です」
「そっか。じゃあ、俺と家族になったら教えてあげる」
「っ、でもそれは、アールが……」
「まだ俺を選んでくれないの? アールには渡さない。……愛しているよ、フウマ」

 風真を腕の中に閉じ込め、髪にキスをする。慌てて押し返そうとすると、「逃がさない」と甘い声で囁かれた。

(腰っ、腰が砕けるっ)

 今までセーブしていたと知る、甘すぎる声。側でドサリと他の令嬢の腰が砕ける音がした。

「っ……、失礼いたしますわ!!」

 令嬢の怒鳴り声がして、ごめんなさい、と咄嗟に言おうとした声もユアンの胸元に吸い込まれた。


「さて。帰ろうか、神子君」
「え……あの、わっ!」

 体を離され安堵したところで、ふわりと抱き上げられる。

「ユアン様にあんなにも愛されて……さすが神子様ですわ……」
「素晴らしく純粋なお方でしたのね……」
「それなのに恐ろしい魔物を討伐されるだなんて……」

 ほう、と令嬢たちの感嘆の溜め息が聞こえる。今のは全部演技です、とは言えず、罪悪感と羞恥心でたまらずにユアンに抱きついた。

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