比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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王宮の中庭

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「ユアン。……迷惑をかけた」

 令嬢に聞こえない位置まで離れ、アールはぼそりと呟く。するとユアンは目を丸くし、アールの頭をくしゃくしゃと撫でた。

「俺にもちゃんと謝れるようになって偉いな」
「っ……」
「こうしてると、アールもまだまだ子供だよなぁ」
「子供扱いは神子だけにしてくれ」

 ユアンとはそこまで歳は変わらない。今までなら怒って振り払っていた手。こんな撫で方も初めてだが、……まあ悪くはない、と令嬢の言う通り面影もないほど変わった自分に苦笑した。


「噂をすれば、かな?」

 ふと気付くと、廊下の角から誰かが覗いている。

「神子? ……と、トキか。何故ここにいる?」
「王宮の見学です」
「……神子は勉強をしていたと思うが」
「国の仕組みについてお勉強されていましたので、本より実物をご覧になられた方が良いかと思いまして」

 トキはにっこりと笑った。

「まさかこのような行動に出るとは」
「うっかりしてたよ。トキのいる前で言わなきゃ良かったな」
「おや、後ろめたい事でも?」
「ある訳がないだろう?」

 アールは呆れたように溜め息をつく。元婚約者とはいえ、何が起こるはずもない。

「神子を嫉妬させるつもりで連れて来たなら歓迎するが」

 トキにそんな意図があるだろうか。溜め息をつき風真ふうまへと視線を向ける。

「神子?」

 黙ったままの風真を不思議に思っていると、ただジッとアールを見据えていた。


(やっぱ、王子様と公爵令嬢って絵になるよな……)

 金の髪と、銀の髪。それすらも元の世界では実際に見た事もない。

(令嬢さん、ロイさんといると美男美女でふわふわ穏やかな可愛いカップルって感じだけど、アールといると……本の表紙で良く見るくらい綺麗で、めちゃくちゃお似合い)

 凛とした雰囲気の絶世の美男美女だ。スマホが生きていれば写真をお願いして、連写で撮っていた。

「神子、どうした?」
「っ……、公爵令嬢さんって、すごい美人だなっ。髪もサラサラふわふわですごい綺麗っ」

 我に返るとすぐ側にアールの顔があり、思わず後ずさってそんな事を口走った。
 アールがぴくりと眉を上げ、しまった、と風真は冷や汗を流す。恥ずかしい時に逸らす話題は地雷を踏みがち、と由茉に言われたのはこういう事だ。

「私以外を褒めるな。見るな。認識するな。記憶から消せ」
「わっ、うわっ、中身出るっ」

 ガシッと肩を掴まれ、ガクガクと揺すられる。朝食をお腹いっぱい食べた風真は、うぷっと口元を押さえた。

「っ、すまない。だが、記憶からは消せ」
「う、うん、努力する」

 消せる訳がないのだが、余計に拗れても困る。
 顔に出てしまったのか、アールはますます不機嫌になった。今度は風真の頬を両手で挟み、グッと顔を上げさせる。


「私を見ろ。顔も髪も、私の方が上だと思うが?」

 ふわふわではないが、と言うアールの顔は真剣だ。

「ふはっ、アールってめちゃくちゃ美形だもんな」
「そうだろう?」

 アールの機嫌は直ったようだ。風真はにこにこと笑い、アールの髪に触れる。

「髪もサラサラだし、キラキラして太陽みたい」
「太陽は、お前だ」
「へ……」
「お前の笑顔が、存在が、眩しい」

 そっと目を細められ、あう、と風真の口から謎の声が漏れた。顔が熱くなり視線を逸らすと、目元に柔らかなものが触れる。


「ああ、そうでした。殿下、宰相様がお探しでしたよ?」
「え、今それ言う?」
「……至急か?」

 二人を引き離そうとしたユアンでさえ、このタイミングで? と驚いてしまった。

「先日議論された案件についてだそうですが」
「至急か……」

 アールは悔しげに顔を歪める。せっかく良い雰囲気になったというのに。
 深く息を吐くと、風真は眉を下げアールを見上げた。

「何か、危ないこと?」
「安心しろ、国の危機ではない。ただ急ぎなだけだ」
「そっか」

 ホッと胸を撫で下ろす。そんな風真を、トキは優しく見つめた。

「フウマさんはこの国を大切に想い、愛してくださる、素晴らしい神子様ですね。この国に生きる者としてとても心強いです」
「そうですかっ? 俺、これからも頑張りますっ」

 トキは我が子を見るように暖かな瞳を向け、風真の頭をいい子、と撫でた。

「今日は王宮のお勉強、ですよね。ユアン様、ご案内お願いいたしますね」
「待て。ここは私の方が詳しい。王族以外立ち入り禁止の場所もある」
「アールは急ぎの用があるだろ?」
「そうだが、駄目だ。王宮は私が案内する。それだけは譲れない」

 キッとユアンを睨む。まるで、駄々をこねる子供のようだ。ユアンは風真へと視線を向け、風真はこくりと頷く。

「アール。じゃあまた今度、お願いします」
「ああ。余すところなく教えてやろう」

 アールは満足そうに言い、風真の頭を撫でて、足早に廊下を歩いて行った。


「みんな俺の頭撫でるんだから……」
「困ったものだね」
「ユアンさんもですよ」

 今まさに撫でている。嫌じゃないけど、と風真は溜め息をついた。

「では、私もこれで失礼します」

 トキはそう言って、そそくさとその場を後にした。

「トキは何しに来たんだろうね」
「王宮の案内……のはずだったんですが」
「ああ、それを口実にして、アールとご令嬢が一緒にいるとこを見せたかったのかな」
「多分そうですね……。俺が煮え切らないのでお手伝いしてくださってるんだと思います」
「そっか、って言えない何かがあるのは何故かな」

 ユアンは渋い顔をする。トキは神職らしく困った相手を放っておけないが、風真に関してだけは違う意図があるのではと邪推してしまう。後で問い詰めよう。


「それで、神子君は嫉妬した?」
「え?」
「アールとご令嬢」
「あっ、いえ、お似合いだなぁって思いました。絶世の美男美女カップルで、本の表紙っぽくて」
「嫉妬してないの?」
「はい。嫉妬とか、そういう次元じゃなく……なんかもう、本物の公爵令嬢さんの神々しさに、女神様を前にした気分です」

 以前一瞬だけ会った時より神々しかった。沈んだ顔ではなく、笑顔だったからだろうか。
 お似合いだな、と思いはしたが、あれが嫉妬かと言われると違う気がする。

「神子君こそ神の子なのにね」
「神子職であっても、どう頑張っても庶民が抜けないんです。例え侯爵や伯爵になったとしても、俺にキラキラオーラは出せません」

 アールと令嬢が平民になったとしても輝きが褪せそうにないのと同じだ。

「神子君の世界に貴族はいないって言ってたけど、爵位に詳しいね?」
「あっ、それは……別の国にはいましたし、俺の国でも貴族の世界を舞台にした流行の本がありまして」
「そうなんだ。どんな話が好きだったの?」
「えっええっと~……悪役令嬢というシリーズが……、……時間のある時に話しますね」

 異世界に転生という概念から話さなければ、と唸る。悪役令嬢はともかく、もう一つの好きなシリーズ、聖女ものは今の神子という立場からは話づらい。


 ユアンに見つめられながら歩いていると、中庭に出た。

「わ……綺麗な人たち」

 花々に囲まれたベンチで、色とりどりのドレスを着た令嬢たちが楽しそうに話をしていた。

「神子君は、誰が好み?」
「へ? あっ、すみませんっ」
「謝らなくていいよ。ただ好みが知りたいだけだから」

 ユアンはにっこりと笑う。本当は良い気分はしていないのではと思いつつ、風真はジッと令嬢たちを見つめた。

「……茶色の長い髪の令嬢さんが」
「へえ、食堂のリナちゃんに似てるね。やっぱりあっちで好きだった子を引きずってるのかな」
「引きずってはないですっ。ただちょっと、好きな外見なので目がいくというか……」
「そうか……、神子君は元々女の子が好きだったね」
「ユアンさんもですよね。同じですよ」
「同じ、か。じゃあ彼女に好きだって言われても断れる?」
「申し訳ない話ですが、完璧に断れます」

 恋人ならミリアちゃん! と思っていたのが嘘のように、今ではユアンかアール以外は選択肢に入らない。あんなにも綺麗な令嬢も、これからの未来を共にするイメージが全く湧かなかった。

(やっぱ俺、二人のことめちゃくちゃ好きじゃん)

 もう、恋愛対象は二人以外にいないと思い知らされた。


「ユアンさんは誰が好みですか?」
「俺? そうだなぁ。赤い服の子は君に似て笑顔が可愛いね。黄色の服の子は君みたいに芯の強そうな瞳をしてるし、青い髪の子は髪色が少しだけ君に似てるかな」

(なんか、予想できるぞ……)

「でも似てるだけで、君には敵わないね。俺の好みは、フウマだよ」

(ごめんなさい令嬢さんたち!)

 どう見てもみなさんが勝ってるのに、と風真は内心で叫ぶ。

「すみません、愚問でした……」
「愚問と思ってくれるのは嬉しいな」

 風真の頬を撫で、愛しげに見つめた。


「隊長、丁度良いところに」
「ん? ああ、どうした?」

 良い雰囲気の中、気にもせずに声を掛けたのは、副隊長だった。風真が挨拶をしてお辞儀をすると、副隊長は深々と頭を下げる。
 周囲にはちらほらと人が。人前での神子としての扱いかと風真は納得した。
 副隊長が持っていた紙を見るなり、ユアンは渋い顔をする。そして周囲を見回し、一番近いベンチに風真を座らせた。

「神子君、ごめんね。ちょっとここで待っててくれるかな?」
「はい。庭見てますね」

 綺麗でずっと見ていられます、と笑う。ユアンは風真の頭を撫で、遠くで見守っていた風真の護衛を呼び、話が聞こえない位置まで離れて行った。

「あ……いつもご迷惑をおかけします」
「いえ、仕事ですので」
「ありがとうございます」

 風真はぺこりと頭を下げた。
 いつも陰ながら見守ってくれる護衛は、素っ気なく言いながらも根は優しいと知っている。

「王宮の庭、綺麗ですね」
「はい」
「今日は天気も良くて、気持ちがいいです」
「そうですね」

 風真が空を見上げると、護衛も見上げる。空返事ではなく、きちんと自分の意見を言ってくれるところが好きだった。


(異世界スポット、王宮の中庭。貴族令嬢も見れて嬉しいなぁ)

 帰ったら体験済み一覧の紙に追加しよう。じわじわと埋まる紙を思い出し、へらりと笑った。

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