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クエストクリア報酬4.5:通話
しおりを挟む翌日の晩。突如画面が現れ、風真は飛びつくように通話を選んだ。
「姉ちゃんっ!」
「風真!」
久しぶりに聞く姉の声に、風真はじわりと瞳を潤ませる。
「最近連絡なくて心配してたんだよ?」
「ごめんっ、元気だよっ」
「みんなとも仲良くやってる?」
「うんっ」
元気な返事に、由茉は「良かった」と安堵の溜め息をついた。
その声に、胸が暖かくなり……同時に、ズキリと痛んだ。
「あの、さ……。ちょっと、話したいことがあって」
「……どうしたの?」
由茉の声にも緊張が走る。
久々に話せた。楽しく話したい。だが、今しかないのだと風真はそっと息を吐いた。
「俺、……この世界で生きてくって、決めたんだ」
「……うん」
「もし、……もしも、帰る方法が見つかったとしても、俺……みんなと二度と会えないなんて、嫌で……」
帰れるとしても、帰らない。
途切れた言葉の先を、懸命に音にしようとする。それが形になる前に、もう、由茉には伝わっていた。
「……そっか」
静かに零れる声。姉のものとは思えない、力ない声だった。
数秒の沈黙が、永遠のように長く感じる。風真は膝の上でグッと拳を握り、唇を噛みしめた。
「そんな決断が出来るくらい、大切にして貰ってるんだね。姉ちゃん、安心したよ」
だが、続いたのは柔らかく暖かな声だった。
「風真に会えないのは、風真が悲しいと思ってるのと同じくらい悲しいよ。でもね、風真が私のせいで幸せになれないのはもっと悲しいの」
「姉ちゃん……」
帰らない。その決断をする為に心を痛めたのは、この世界に自分がいるから。もし何もなければ、ただ幸せになる為だけに前を向いて進んでいられた。
後ろを振り返らせる存在になりたくない。風真は、前だけを向いて進んで行ける子だから……。
「私は……風真のために、そっちの世界には行けない。この世界に、一生そばにいるって決めた大切な人がいるから。風真も、私も、同じよ」
前を向いて生きていく。二人で、そう決めたから。
「そもそも、選ぶ選ばないじゃないのよ。そういう括りじゃない。絶縁するわけじゃないんだし、どこにいようと、私たちはずっと姉弟で家族。ずっと一緒だよ」
「っ……、うんっ」
離れていてもずっと一緒にいる。二度と会えなくても、ずっと。
「それで。風真にそこまで思わせた相手は、誰?」
風真の涙声に、由茉は袖で目元を拭って明るい声を出した。
「……まだ」
「ん?」
ぐし、と風真も涙を拭ってぽつりと返す。
「まだ、わかんない」
「わかんない……って、そんな決意しておいて!?」
「だってわかんないんだもん!」
「もん! とか可愛いこと言ってんじゃないわよっ、今の流れ、相手決まった報告だと思うじゃないの!」
「ごめんって! まじでわかんないの! めちゃくちゃ愛されて決めらんないんだよ!」
わっと大声を出すと、由茉は息を呑む。
「風真、あんた……」
「姉ちゃん、違う。めちゃくちゃ健全に大事にされてる」
「え……あの三人が?」
「うん。もうゲームのルート完全に外れたっぽい」
と言ってから、トキだけはマイペースにお漏らしイベント連発してくるなと思う。それは口が裂けても言えないが。
「アールは二度と俺を傷付けないって言ってくれて、すごい大事にしてくれるんだ。ユアンさんは俺と家族になりたいってずっと言ってくれてて……」
「風真はどうしたいの?」
「俺は、……二人とも、大事だし」
「あのね、遠慮してちゃ答えなんて出ないよ? 気持ちに応えたいとかはひとまず置いといて、風真がどうしたいかよ。二人はあんたがどうしたいのかを聞きたいのよ」
遠慮なんて、と言い掛けて、口を噤む。
「悩むのは当然だけどね、風真らしさがなくなってるよ。風真の良さがね」
「俺の良さ?」
「明るさと勢いと直感が風真のいいところよ。心で感じるタイプでしょ? 頭じゃなくて、視野を広げて全身で感じてみなさい」
「全身で……」
「ゲームの世界だからって、主人公みたいな性格にならなくていいんだよ」
優しく諭す声。風真の肩からふっと力が抜けた。
考えるより感じろと、自分でも実践してきたつもりだった。だがそれは、そうしろと考えていたのだ。
「頭で考え始めたと思ったら深呼吸して、相手の目をジッと見てみなさい。何か感じられるかもしれないからね」
「うん、ありがとう。そうしてみ、……目、目かぁ」
「どうしたの?」
「いやー……目力強いイケメンを直視って、しんどいなぁって」
「あー、あの二人は目で殺す、目で落とすって感じだもんね」
「物騒。ゲームが現実になるとまじ物騒」
「風真、ファイトっ」
「んんっ頑張る!」
クスクスと笑われ、頑張るけど、と気合いを入れると色々と吹っ切れた。
「ま、急いで決めることはないけどね。大事なことだし、後悔しない選択をしなさい」
「うんっ」
「でも風真、やっぱり二人のどっちかを選ぶんだね」
「……うん、まあ」
選ばない選択をしかけた事は、呑み込んだ。それより大事な事に気付いたからだ。
「俺をあんなに好きになってくれる人たち、他にいないと思うんだ」
そこでまた気付く。
「……俺も、あんなに好きになれる人たち、きっとこれから先も現れないなって自覚したよ」
「へぇ? ちゃんと二人は恋愛対象になってるじゃない」
「そうかな?」
「そうよ。鈍すぎるけど、風真はその鈍さも可愛いもんね」
「可愛くは、……いや、うん、なんかアールもそんなこと言ってた」
「見る目あるじゃん。王子に一票」
一票って、と笑うと、由茉の楽しそうな声が聞こえた。
「ってか、いつも俺の話ばっかでごめん」
「いいのよ、こっちは変わりないしね。風真は他に悩んでることない?」
「うんっ、姉ちゃんありがとっ」
それなら良かった、と由茉は明るく返す。太陽のような明るい風真の笑顔が、まるで目の前にいるように思い浮かぶ。由茉は唇を引き結び、そっと視線を伏せた。
同じタイミングで、風真も視線を伏せる。
(ケイ君のことも話したかったけど……)
今は解決したとはいえ、話すのはやめた。
最初からジェイルートで、今は幸せに暮らしている。そう言ってしまえば、何故主人公がいるのに風真が呼ばれたのかと、風真と同じように憤りと悲しみを抱くと分かっていた。風真自身より、風真の事を大切に想ってくれているから。
話すのは、まだ先だ。
「姉ちゃん、ありがと。やっぱ姉ちゃんと話すとめちゃくちゃ元気とやる気が出るや」
「それは良かったわ。私も風真の声を聞くと元気になれるよ。風真って太陽属性よね」
「光属性ではなく」
「残念。神々しい光より、全てを照らすぜビカビカーッて感じ」
「めちゃくちゃ光ってる~ってか必殺技っ」
互いに笑い合い、その後も時間の許す限り、楽しい話を続けた。
画面に表示された残り時間。しんみりするのは、自分たちには似合わない。
「じゃあ、またね。食べ過ぎたりお腹出して寝たりしないのよ?」
「子供じゃないから大丈夫っ。姉ちゃんも寝不足になんないように」
「大丈夫よ。二徹くらい」
「ちゃんと寝て!」
また推し活してる、と苦笑した。だがそれが姉らしい。元気ならそれで、と思いつつ、やはり睡眠時間は大事だと声を大にして言う。
二人は笑い合い、またね、と言って通話は切れた。
「姉ちゃん、俺、頑張るよ」
画面の消えた宙に手を伸ばし、グッと拳を握る。
神子としても、風真としても、自分らしく頑張りたい。
それにはまずは、勉強だ。邪気で目が見えなくなり知力が下がった分を取り戻さなければ。明日は朝から図書室に籠もろう。
やれることから堅実に、確実に。風真は決意を新たに、真っ直ぐに前を見据えた。
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