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談話室にて
しおりを挟む翌日の夕食後。
風真は三人に連れられ、談話室にいた。
「ユアン。昨日お前がいない間に、神子がどちらも選ばない選択をしようとした。未遂だが、今後同じ事が起きないよう報告しておく」
(それ本人の前で言っちゃうっ!?)
思わずコーヒーを吹きそうになった。
「……何があった?」
「私が全身全霊で想いを告げ、急かした。それで出たのは答えではなく、どちらかを選べば、どちらかが離れて行くという考えだった」
「ああ、それでどっちも選ばない選択か」
そんな理由ならとユアンは安堵する。だが、もしそうなっていたらと思うと肝が冷えた。
「神子君。もしもアールを選んだとしても、俺は神子君と離れるつもりはないよ? それこそ一生、ね」
甘く蕩けるような笑みが向けられる。その甘さに全く比例しない、重い響きを持った声と言葉と共に。
ユアンとしては、もし風真がどちらも選ばず自分たち以外を選べば、その相手と無理矢理引き離して、風真を決して出られない場所へと閉じ込めて一生愛し尽くすつもりだ。離れるどころかずっと四人一緒にいられる。
だがやはりそれでも、自分を選んで貰おうと必死になるだろう。結局風真は、どちらかを選ぶしかないのだ。
「安心出来たかな?」
「えっ、……はい」
「まだ心配?」
「いえっ、ただちょっと、なんていうか思ってた以上に安心できたのでっ」
「それなら良かったよ。神子君は、俺が初めて心の底から愛し、一生を共にしたいと思えた人だからね」
(あれ……どっちと付き合うかだったよな……?)
「ユアン様。あまりに重くてフウマさんが戸惑っておられますよ。フウマさんはまだ子供なのですから」
「え、あの、もう充分大人で……」
「あまり子供扱いするな。神子は、婚姻を結ぶには充分な歳だろう?」
「もしアールが選ばれても、最低三年は結婚させないからな」
「お前は翌日にでも挙げようとするくせにか」
「アールもだろ?」
バチッと火花が散る。だがトキがスッと立ち上がると、二人は「喧嘩はしてない!」と声を揃えて訴えた。
言い争えば、トキに横取りされる。きちんと覚えている二人に、トキは満足げに微笑み腰を下ろした。
「この機会に確認しておきたいんだけど、アールは、神子君みたいにグイグイ押すタイプが初めてだから好きって錯覚してるわけじゃないよな?」
「何を馬鹿な事を」
「まあ、錯覚なんて可愛いものじゃないのは分かってるけど、念のためにね」
ユアンはくすりと笑った。
「押しが強い者なら、私の元婚約者もそうだった」
「彼女はそこまで強くなかっただろ?」
「王妃教育を受けた者だ。人前で私を咎めるわけがないだろう?」
「あー……それもそうか」
「二人になれば、小言ばかりだった。だがそれは、神子のように私の事を考え苦言を呈し、良い王に導こうとしていたのだと、今なら分かる」
思慮深く、本気で機嫌を損ねる前に引いていたが、ほとぼりが冷めた頃にまたやってきた。冷たくあしらおうと、諦めもせずに。
根性叩き直してやるなどとは言われなかったが、それが風真との違いというわけではない。
「令嬢を受け入れられず婚約を破棄したのは、私が令嬢を……いや、互いに、慕う心がなかっただけの話だ」
自分は令嬢に恋心がなく、令嬢は弟を慕っていた。
それでも努めを果たそうと心を殺し、厳しい王妃教育を受け、冷酷な王太子を良き王とする為に窘め続けた。
「……令嬢には、いつか謝罪と礼を伝えたいと考えている」
アールはそっと視線を伏せ、力なく声を零した。
どれほど傷付けたか、今なら分かる。あの頃の自分は、あまりに愚かだった。
「そっか。じゃあその時は、俺も一緒に行くよ」
「……ああ。頼む」
そんな言葉も出るようになったアールに、ユアンは目元を緩めた。
あの横暴で全てを見下していたアールは、こんなにも人の心が理解出来る人間になった。それはこの国に生きる者として、国の騎士として、そして従兄弟として、喜ばしいこと。
だが、ライバルとしては、これ以上アールに立派になられても困ってしまうなと苦笑した。
「話は戻るが、神子のような者に接した事がない為かと、私も考えた事がある。そのうち神子が、そちらに目移りすると無駄な心配事を言い出すのではないかとも」
「あー、言いそうだね」
「う……言うかも」
風真は気まずそうに肯定した。
「私は今まで社交というものをしてこなかったからな。私なりに考え、試しに夜会に出て、年の近い令嬢や令息たちと過ごした」
「もしかして、出かけてたのってそれ?」
「浮気になるのか?」
「え、いや、ならないけど」
「そうか。それ以前にも、何度か出た事がある」
あのアールが。三人は目を丸くした。
「今夜もご予定があられたのでは? 数日留守にすると仰られていましたが」
「それは別件だ。急ぎでもないため日を改めた」
さらりと言うが、日を改めたのは風真の目が見えなくなったうえに、どちらも選ばないなどと考えたせいだ。風真は申し訳なさに視線を落とした。
「アールが夜会か。噂は俺のとこにも来てたけど、まさか本当だったとはね」
「良い出会いはありましたか?」
「私には神子がいる」
「それは分かっていますが、お話しして気の合う方などはいらっしゃいませんでしたか?」
トキは笑顔で問う。アールが夜会に出た話など、興味深いに決まっていた。
ユアンも同様、期待した顔でアールを見つめる。するとアールは思案し、コクリと頷いた。
「最初に出た夜会で、心根が美しく表裏のない、伯爵令嬢がいた。笑った顔が花のようだと評判の美しい令嬢だった」
アールの口から、令嬢を褒める言葉が。予想以上の内容に、ユアンとトキは、おお、と言いそうになる。
「二度目の夜会では、子爵家の次男に、家の方針が気に入らず放蕩している者がいた。本来は聡明で、物事の本質を良く捉えている青年だ。私とも話が合った」
語られる内容に、風真だけは視線を伏せ、カップに口を付ける。
アールが社交の場に出た。王太子として、人脈作りは大切だ。アールの世界が広がるのは喜ばしいこと。風真はそう己に言い聞かせる。
「臣下から噂でも広がったのか、私を恐れず話しかけてくる者が多くいた。殆どは王太子妃の座を狙う目をしていたが」
(そりゃ、優しくなったアールなら、みんな結婚したいって思うだろうけどさ……)
顔も良く性格も良い王太子とくれば、家の為でなくても妃の座に収まりたいと思うだろう。
(今まで怖がってたくせに、優しくなった途端ってなんだよ)
誰もが王族に突撃して行けないのは分かる。機嫌を損ねれば家門にも影響がある。それは分かるのだが、胸がモヤモヤして気分が悪かった。
「気が合ったというなら、先程の二人だな。別の夜会でも、会う度に話をしている」
カップを持つ風真の手がぴくりと反応する。
「へぇ、アールはその二人が気に入ったんだ?」
「……そうだな。気に入った」
ユアンに言われて自覚し、ふっと口の端を上げた。
「先日、その二人を引き合わせて話をさせたところ、今日、婚約式の招待状が届いた」
「ん?」
「おや?」
「はっ? なんでキューピッドやってんの!?」
三人共がそれぞれに驚き、アールを見つめる。
「二人は価値観や物事の捉え方が同じだと思ったからだ」
「んんっ……、その二人のどっちかが好きとかそんな話かと思ったじゃん!」
「何を馬鹿な事を。私にはお前がいる」
「そうだけどさっ、いやっ、そうじゃないっ」
「先程から様子がおかしいと思っていたが、嫉妬していたのか?」
「違うっ、そうじゃないんだよっ……」
モヤモヤしていた事に気付かれていた。風真はそれも一緒に頭を抱えた。
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