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幸せな時間
しおりを挟む部下の情報からユアンが選んだのは、今までの食堂より落ち着いた雰囲気の店だった。
この世界では珍しい団体用の個室には、ソファと飴色のテーブルが置かれている。壁には風景画が飾られ、観葉植物もあった。
とはいえ、バーではなく酒場。近くの個室から聞こえる賑やかな声が、楽しく騒げる雰囲気を作っていた。
「神子様、これがオススメの果実酒です!」
「わっ、綺麗!」
早速注文した果実酒を、部下の一人が風真の前に置く。氷の入ったグラスに注がれていたのは、可愛らしい桃色の酒だった。
透明度が高く宝石のようなそれを、風真はキラキラした瞳で見つめる。
「北部の領でお祝いの時に飲まれる酒らしいです。今日にぴったりですよね! ということで~」
「神子様!! 本日もありがとうございました!!」
「神子様への感謝と、我らの愛と敬意を込めて~~」
「かんぱーーい!!」
「かっ、かんぱーい!」
元気な声に、風真もグラスを掲げた。
愛と敬意もいただいてしまった。照れてしまうけれど、とても嬉しい。
ケイの協力がなければどうなっていたかと思いつつ、この席で言うのは野暮というもの。いつかケイとも一緒に飲みたいな、と思いながらグラスに口を付けた。
「んっ、おいし~!」
苺のような甘酸っぱさと、ほんのりミルクの風味を感じる。後味にキウイに似た爽やかさがふわりと残り、晴れやかな気分になった。
「お祝いのお酒にぴったりですねっ」
「そうでしょう、そうでしょう?」
「これも一緒にどうぞ!」
同じく祝いの席で出される肉料理を乗せた皿を、風真の前に置く。見た目はローストビーフ。その上に、色鮮やかな小花が添えられていた。
「これも綺麗! 食べるの勿体ないですっ」
「ですよね~。まだまだたくさんあるので、一思いにどうぞ!」
サッとフォークが差し出される。
風真は花を崩さないようフォークでそっと肉を掬い、大きな口を開けてぱくりと食べた。
「んっ、んんっ? ん~~!」
(この花、ソースだ! 美味しい!)
風真はもぐもぐと口を動かしながら悶えた。
飴細工のようにしっかりと形のあった花は、口に入れるとマヨネーズのように柔らかく溶ける。さっぱりとした赤身肉に、濃厚な旨味と、塩やハーブの絶妙なハーモニー。
(異世界の肉料理、最高~!)
「ふぁー……、しあわせです……」
いつまでも口に入れていたい。頬が落ちるとはまさにこのこと。両手で頬を押さえ、最高、と至福の表情を浮かべた。
・
・
・
「ん~、おれ、すっごいしぁわせぇ……」
二時間後。
飲み過ぎないよう気を付けていたはずの風真は、すっかりべろべろになっていた。
「ぜぇぶおいし~」
酒を飲み干し、ふにゃりと笑う。
「みにゃ、いっしょ~、らいしゅきぃ~」
大好きな人たちと一緒に、美味しいご飯を食べられて幸せだ。正しく解釈した騎士たちは、我が子を見るように暖かな目で風真を見つめた。
今までの経験から、風真は幸せな酔い方しかしない。ユアンも酔った風真に無体を働いたりはしない。それならもう、この場には幸せしかなかった。
「神子君、俺の事は?」
「んんー……」
「ユアンは?」
くい、と顎を掴み顔を上げさせる。風真はジッとユアンを見つめて。
「ゆぁん、ら~ぃしゅきぃ~」
過去一ぐだぐだの呂律。ふにゃりと笑い、ユアンの望み通りの言葉を口にした途端、その場に戦慄が走った。
「……上の宿を」
「予約済みです!」
「二日酔いの薬も」
「こちらに!」
「有能な部下を持って、俺は幸せ者だな」
そこで更に鍵を持った部下がスッと立ち上がり、他の部下がサッと扉を開ける。
ユアンは満足げに笑みを浮かべ、ぐにゃぐにゃになった風真を抱き上げ、個室を後にした。
・
・
・
鍵と扉を開けた部下はテーブルの上に鍵を置いて、そそくさと部屋を出て行った。
ユアンは風真をベッドへと下ろし、鍵を閉める。
「さて。神子君、腕上げて?」
「んんっ、やぁー」
上体を起こし服を脱がせようとすると、ユアンを押し返し、いやいやと首を振った。
ユアンは思わず呻く。今のは相当きた。……体の、とある部分に。
「着たままだと、服が皺になるからね」
「ゆあんしゃ、えっちぃ」
「そうだよ。えっちなことされたくなかったら、おとなしく脱ごうか」
えっちな事をするから脱ぐはずが、なんて矛盾。心を無にして、淡々と風真の服を脱がせた。
ボタンのない上の服をすぽんと脱がせ、ズボンのベルトを外す。
「ん……といれ……」
「……こっちだよ」
今度は自ら脱ごうとする風真にズボンを穿かせ、抱き上げてバスルームへと連れて行った。
「終わったら呼んでね」
見ないようにして下着ごと服を下げ、フラフラの風真を座らせる。パタリと扉を閉め、ユアンはその場にしゃがみ込んだ。
これは想い人ではなく、幼児の世話だ。例え、とてつもなく美味しそうに見えても、下腹部が痛いほどにこの先の行為を訴えてきても、今の風真は幼児。無邪気な幼児だ。
「……予行練習だな」
そうだ、これは彼との子供が出来た時の練習。子育てだ。
自分が思っている以上に理性が崩れかけ、昂る気持ちを抑えようと深く息を吐いた。
数分後。いつまで経っても掛からない声に、ユアンはさすがに心配になる。
「神子君? 開けるよ?」
「ん……んっ、らめぇ」
中からガタガタと音がして、続いて水の流れる音がする。
「ふ、神子君、まだ泡が付いてるよ」
しっかりと石鹸で洗ったらしい手には、大量の泡が付いていた。風真の手を取り泡を流し、タオルで拭く。
先程は予行練習と思ったが、子供の頃の風真を世話出来ていると思うのも、とても良い。時空を越えて幸せを感じた。
フラフラする風真をベッドへと運び、横たえてズボンを脱がせる。そこからまた一悶着あったが、イヤイヤ期に疲れたのか風真はパタリと力尽きた。
「神子君は、酒癖がいいな」
ユアンにとっては、最高だ。こんな姿、本当は部下にも見せたくない。
「フウマ。ユアンのこと、好き?」
「ん……ゆぁ、ん……」
「好きって言って?」
「しゅぃ……」
「大好き?」
「だぁ、しゅきぃ」
ふにゃりと幸せそうに笑った風真は、そのまますうすうと寝息を立て始めた。
「……可愛いな」
起きている時の風真が見れば、絶叫して二度と飲まないと誓いそうだ。頬を緩め、可愛い言葉ばかり零していた唇をそっと撫でる。
弾力のある唇へ、吸い寄せられるように顔を近付け……ちゅ、と音を立て、桜色に染まった頬へとキスを落とした。
愛犬以外との初めてのキスは、まだ自分のものではない。
風真が恋人として選ぶ相手の、……未来の自分の為に、とっておきたかった。
「……幸せ、だな」
まだ転がる気配のない風真をしっかりと抱きしめ、ぽそりと呟く。
想い人が腕の中で、静かな寝息を立てている。自分の手で世話をされ、脱がされて、それでもすっかり安心しきって。
朝が来ても、消える事はない。どこにも行かない。ずっと、腕の中にいる。この日々がいつまで続くかと不安になるより、今の幸せを噛みしめていたい。
直に触れる肌。その暖かさに心がとろりと溶けていく。幸せだと思う度に痛む目の奥に、らしくないなとそっと笑みを零した。
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