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散り際の花

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「神子君、ただいま。彼の事は送り届けて来たよ」
「ユアンさん、おかえりなさい。ありがとうございました」

 大切に、と強調された気がして一瞬首を傾げたが、約束を守ってくれた報告かなと解釈してぺこりと頭を下げた。
 ユアンを部屋に入れ、お茶を用意する。きっと一度戻って報告してくれると思い、事前に準備していたのだ。

 風真ふうまの淹れた紅茶にユアンはいたく感動し、アールとトキに嫉妬されそうだな、と嬉しそうに微笑む。
 そんな顔をされては風真の方も嬉しくなり、緩む頬を誤魔化すようにカップに口を付けた。


 じっくりと味わい全て飲み干し、一息ついてから、ユアンは風真を窺う。

「神子君と彼は、元の世界での知り合いだったらしいね」
「っ……、はい。何度か話したことがあるくらいですけど、ケイ君もこの世界に来てて驚きました」

 突然話題を振られ驚いたが、打ち合わせ通りに答える。だが、ユアンに嘘は通じない。ハッとすると、琥珀色の瞳が探るように見据えていた。

「彼に、恋愛感情はない?」
「えっ、ないですよっ?」

 予想外の問い。風真は目を丸くした。

「本当に?」
「本当に、です」

 ないです、と誤解されないよう言い切る。するとユアンは、そっか、と答えた。


「彼の顔を見せて貰ったよ。アールの言った通り、ケイはとても綺麗な顔をしてるね」
「っ……、そうですよねっ、すごい美形ですよねっ」

 ユアンの口からケイの名が紡がれ、何故かどきりとした。咄嗟に同意の言葉を返し、へらりと笑ってみせる。

「顔も綺麗だし、華奢で弱々しいね。神子君も、守ってあげたいと思った?」
「え……?」

 神子君、
 胸が嫌な動悸を起こし、か細い声だけが零れた。

「あんな子には出逢った事がないよ」

 そっと息を吐く。伏せた目元に、影が落ちた。

「散り際の花のように儚くて、……美しいな」
「っ……」

 それは、ユアンに出逢った時に脳裏をよぎった光景。覚えていた、画面の中のユアンだ。
 どうして、と考える頭に、ケイの顔を見たからだとすぐに思い至る。
 ケイは、ユアンの好みそのもの。惹かれないはずがない。

(そうだ……だって、ケイ君は……)

 この世界の、主人公……。


 無意識に、膝の上で拳を握る。
 その手を、暖かな手のひらが包んだ。

「試すような事をして、ごめん」
「っ……、試す……?」

 不安に揺れる黒の瞳。その瞼に、ユアンはそっとキスをした。

 この表情が、自分を失う事に対するものだったらいいのに。
 風真以外の誰かを愛する事に、怯えてくれていたら……。

「ごめん、フウマ……」

 縋るように風真を抱きしめ、腕の中に閉じ込める。
 ケイには、元の世界に心残りなどない。召喚されるべくして、召喚された者。
 だが、風真は違う。大切な者から引き離されてこの世界に来た。その召喚の儀式を行ったのは、……自分たちだ。


「ユアンさん?」

 それでも風真は、誰の事も恨んでいない。それどころか大切だと言ってくれる。
 あまりに優しくて、強くて、悲しい。そんな彼の事が……。

「好きだよ。君を、愛してる」

 他の誰かに心を動かされるなど、有りはしない。

「君が俺を選ばなくても、俺は君を、死ぬまで愛し続けるよ」

 選ばれなくても、傍にいて大切にする。ケイに言われるまでもなく、そうするつもりだった。
 もしアールを選んでも、アールといる事が幸せになれる道なら、傍で見守って支えたい。

「でも……、……俺の手で、君を幸せにしたいよ」

 アールなら、風真の望むものを知っている。アールを選べば、すぐに手に入れられる。既にに用意されているのだ。
 それでも、それを理由にして諦められる訳もなかった。

「元の世界の、代わりじゃない。君が愛して愛される、幸せになれる場所を……君の家族を、俺が……」

 暖かな家庭を、大切に想い想われる家族を、この手で与えたい。風真が心から望むものを、幸せの形を、一緒に育てていきたい。
 そうすればきっと、ずっと一緒にいられる。離れて行く事はない。


 ……そこでふと、ケイの言葉が脳裏をよぎった。

「違う……、家族という場所に、君を縛り付けたい訳じゃないんだ。俺は、自由に駆け回る君が、一番好きだよ」

 家族を与えたいけれど、自由なままでいて欲しい。
 それでも、暖かな家族の形を知らない自分の作る家庭は、風真にとって牢獄になりはしないか。
 考えるほどに、怖くなる。腕の中のぬくもりに、縋るように頬を寄せた。


「……ケイ君と、何か話しました?」

 様子のおかしいユアンの背に腕を回し、同じように擦り寄る。ぽんぽんと背を撫でると、ユアンは小さく震え、ふっと身体から力を抜いた。

「ごめん……。情けない事を言ったね」
「そんなことないです。ユアンさんの本音が聞けて、……俺をどれだけ想ってくれてるのか聞けて、嬉しかったです」

 想われていることを、素直に嬉しいと感じる。愛していると格好良く告げられるより、心に響いた。そしてユアンが抱えている不安も、知る事が出来た。
 出来ることなら今すぐに、その不安を取り除いてあげたい、けれど……。

 ぎゅっとユアンの服を掴む。こんなに想われても、まだ、望む答えを返せそうになかった。

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