比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
87 / 270

散り際の花

しおりを挟む

「神子君、ただいま。彼の事は送り届けて来たよ」
「ユアンさん、おかえりなさい。ありがとうございました」

 大切に、と強調された気がして一瞬首を傾げたが、約束を守ってくれた報告かなと解釈してぺこりと頭を下げた。
 ユアンを部屋に入れ、お茶を用意する。きっと一度戻って報告してくれると思い、事前に準備していたのだ。

 風真ふうまの淹れた紅茶にユアンはいたく感動し、アールとトキに嫉妬されそうだな、と嬉しそうに微笑む。
 そんな顔をされては風真の方も嬉しくなり、緩む頬を誤魔化すようにカップに口を付けた。


 じっくりと味わい全て飲み干し、一息ついてから、ユアンは風真を窺う。

「神子君と彼は、元の世界での知り合いだったらしいね」
「っ……、はい。何度か話したことがあるくらいですけど、ケイ君もこの世界に来てて驚きました」

 突然話題を振られ驚いたが、打ち合わせ通りに答える。だが、ユアンに嘘は通じない。ハッとすると、琥珀色の瞳が探るように見据えていた。

「彼に、恋愛感情はない?」
「えっ、ないですよっ?」

 予想外の問い。風真は目を丸くした。

「本当に?」
「本当に、です」

 ないです、と誤解されないよう言い切る。するとユアンは、そっか、と答えた。


「彼の顔を見せて貰ったよ。アールの言った通り、ケイはとても綺麗な顔をしてるね」
「っ……、そうですよねっ、すごい美形ですよねっ」

 ユアンの口からケイの名が紡がれ、何故かどきりとした。咄嗟に同意の言葉を返し、へらりと笑ってみせる。

「顔も綺麗だし、華奢で弱々しいね。神子君も、守ってあげたいと思った?」
「え……?」

 神子君、
 胸が嫌な動悸を起こし、か細い声だけが零れた。

「あんな子には出逢った事がないよ」

 そっと息を吐く。伏せた目元に、影が落ちた。

「散り際の花のように儚くて、……美しいな」
「っ……」

 それは、ユアンに出逢った時に脳裏をよぎった光景。覚えていた、画面の中のユアンだ。
 どうして、と考える頭に、ケイの顔を見たからだとすぐに思い至る。
 ケイは、ユアンの好みそのもの。惹かれないはずがない。

(そうだ……だって、ケイ君は……)

 この世界の、主人公……。


 無意識に、膝の上で拳を握る。
 その手を、暖かな手のひらが包んだ。

「試すような事をして、ごめん」
「っ……、試す……?」

 不安に揺れる黒の瞳。その瞼に、ユアンはそっとキスをした。

 この表情が、自分を失う事に対するものだったらいいのに。
 風真以外の誰かを愛する事に、怯えてくれていたら……。

「ごめん、フウマ……」

 縋るように風真を抱きしめ、腕の中に閉じ込める。
 ケイには、元の世界に心残りなどない。召喚されるべくして、召喚された者。
 だが、風真は違う。大切な者から引き離されてこの世界に来た。その召喚の儀式を行ったのは、……自分たちだ。


「ユアンさん?」

 それでも風真は、誰の事も恨んでいない。それどころか大切だと言ってくれる。
 あまりに優しくて、強くて、悲しい。そんな彼の事が……。

「好きだよ。君を、愛してる」

 他の誰かに心を動かされるなど、有りはしない。

「君が俺を選ばなくても、俺は君を、死ぬまで愛し続けるよ」

 選ばれなくても、傍にいて大切にする。ケイに言われるまでもなく、そうするつもりだった。
 もしアールを選んでも、アールといる事が幸せになれる道なら、傍で見守って支えたい。

「でも……、……俺の手で、君を幸せにしたいよ」

 アールなら、風真の望むものを知っている。アールを選べば、すぐに手に入れられる。既にに用意されているのだ。
 それでも、それを理由にして諦められる訳もなかった。

「元の世界の、代わりじゃない。君が愛して愛される、幸せになれる場所を……君の家族を、俺が……」

 暖かな家庭を、大切に想い想われる家族を、この手で与えたい。風真が心から望むものを、幸せの形を、一緒に育てていきたい。
 そうすればきっと、ずっと一緒にいられる。離れて行く事はない。


 ……そこでふと、ケイの言葉が脳裏をよぎった。

「違う……、家族という場所に、君を縛り付けたい訳じゃないんだ。俺は、自由に駆け回る君が、一番好きだよ」

 家族を与えたいけれど、自由なままでいて欲しい。
 それでも、暖かな家族の形を知らない自分の作る家庭は、風真にとって牢獄になりはしないか。
 考えるほどに、怖くなる。腕の中のぬくもりに、縋るように頬を寄せた。


「……ケイ君と、何か話しました?」

 様子のおかしいユアンの背に腕を回し、同じように擦り寄る。ぽんぽんと背を撫でると、ユアンは小さく震え、ふっと身体から力を抜いた。

「ごめん……。情けない事を言ったね」
「そんなことないです。ユアンさんの本音が聞けて、……俺をどれだけ想ってくれてるのか聞けて、嬉しかったです」

 想われていることを、素直に嬉しいと感じる。愛していると格好良く告げられるより、心に響いた。そしてユアンが抱えている不安も、知る事が出来た。
 出来ることなら今すぐに、その不安を取り除いてあげたい、けれど……。

 ぎゅっとユアンの服を掴む。こんなに想われても、まだ、望む答えを返せそうになかった。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない

春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。 路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。 「――僕を見てほしいんです」 奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。 愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。 金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。

にのまえ
BL
 バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。  オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。  獣人?  ウサギ族?   性別がオメガ?  訳のわからない異世界。  いきなり森に落とされ、さまよった。  はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。  この異世界でオレは。  熊クマ食堂のシンギとマヤ。  調合屋のサロンナばあさん。  公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。  運命の番、フォルテに出会えた。  お読みいただきありがとうございます。  タイトル変更いたしまして。  改稿した物語に変更いたしました。

平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます

ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜 名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。 愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に… 「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」 美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。 🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶 応援していただいたみなさまのおかげです。 本当にありがとうございました!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

処理中です...