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ケイとユアン

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「ユアンさん、すみません。つい話し込んでしまっ……わっ!」
「顔を良く見せて?」

 扉を開けた途端、ユアンに両手で頬を包まれた。

(わっ、やっ……、真面目な顔っ……)

 間近で見据えられ、風真ふうまは慌てる。普段緩いユアンの真面目な表情は、ギャップもあり……あまりに格好良い。
 直視出来ずに彷徨う視線。それでもユアンは、ジッと風真を見据えた。

 目は赤くなっていない。潤んでもいない。悩んでいる様子もなく、ただ、顔が真っ赤なだけだ。
 泣かされてはいない。確認したユアンは、今度はケイへと視線を向けた。

「話は終わりかな? 送って行こう」

 突然敵意を向けられたケイは、身を固くして震える。

「待ってください、もう少しケイ君と話が……」
「っ、風真さん、今は……帰ります」

 これ以上二人きりになっては、もう二度と会わせて貰えないかもしれない。
 元々この離れには、限られた者しか入れない。身元も分からず顔も隠したままのケイが入れたのは、神子である風真が、自分の部屋で話すと頑なに言い張ったからだ。

 風真と同じ世界から来た人物。そう推測されているからこそ、ユアンたちも許可した。
 だが、今の状態でこれ以上滞在してユアンを刺激すれば、風真がを迎えてしまう可能性もあった。


「じゃあ、俺も一緒に行きます」
「それはまた今度ね。少し、彼と二人で話したい事があるから」

 風真の頭を撫でながら、ピリッとした敵意を向ける。ケイはグッと拳を握り、震えながらもしっかりと顔を上げた。

「……僕も、お話したいことが、あります」
「ケイ君っ?」
「僕だって……いつまでも、泣いてばかりじゃ……いられないです」

 声が震える。それでも、しっかりと言葉にした。
 ジェイから与えられた優しさと愛情で、前を向く事が出来た。自信が持てた。ジェイの為にも、いつまでも下を向いてはいられない。
 強くなりたいと願う姿を、応援してくれる人がいる。今、目の前にも。

「風真さん。お話できて、とても嬉しかったです。またお会いしましょう」

 風真にだけ見えるようそっとフードを上げ、ほんのりと頬を染めながら、心から嬉しそうな笑みを浮かべた。





 馬車に乗ると、ユアンは小さく息を吐く。
 ケイを大切に送り届けるよう、今回は元気にお願いをされた。風真が傷付いていなくて良かった。だが、何があったのか、二人は大変仲が良くなったようだ。
 それが、面白くない。風真が、自分の知らない誰かと仲良くしているのが気に食わなかった。


「顔を見せてくれる?」
「……はい」

 ケイは少しだけ迷い、フードを外した。今更顔を見たところできっと、ユアンが“主人公”だと認識して惚れるなどない。

 フードの下から現れた顔に、ユアンは息を呑んだ。あのアールが綺麗だと言った通り、美しい顔立ちをしていた。
 散り際の花のように儚げで、憂いのある表情。以前ならこれほど好みの人物を前にすれば、心を動かされていただろう。

「髪も瞳も、黒じゃないのか」

 だが、今はもう、心は風真に奪われている。彼以外を愛する事はない。
 改めて自覚した感情に、ユアンはそっと笑みを零した。

「元の世界には、様々な人種がいましたので……」
「やはり君も、フウマと同じ世界から?」
「……はい」

 フウマ、と呼び捨てにした。牽制されている事に、ケイは安堵する。ケイにももう、ジェイ以外に渡す心はなかった。

「君は、フウマとはどういう関係?」
「僕は……風真さんの、元の世界での知り合いです」
「知り合い、ね」

 あからさまな敵意。反射的にびくりと震え、視線を伏せる。
 震える指先をぎゅっと握り、ケイは唇に力を込めた。

「先程、風真さんにも謝罪しましたが……以前、僕の無神経な言葉で、風真さんを傷付けてしまいました……。僕たちが元の世界に帰る方法は、ない……と」

 傷付けた事実と、風真と口裏を合わせた理由を混ぜ合わせる。するとユアンは、一瞬目を見開いた。

「何故、方法がないと言い切れる?」
「……御使いの方々にのみ、お伝えします……僕には、神様に与えていただいた、知識があります」

 その答えだけで、ユアンは口を噤む。アールでさえ知らない国の情報を知っていたケイなら、神から知識を与えられたというのも嘘ではないだろう。

「そう、か……」

 ケイの前だというのに、ユアンは動揺を見せた。

 風真は、帰れない。離れて行く事は、ない。
 込み上げる安堵と歓喜。そして、風真への罪悪感。それでも抑えきれない感情に、そっと口元を押さえ顔を俯けた。


「ただ……僕にも、分からないんです……。何故、大切なご家族のいる風真さんが、この世界に喚ばれたのか……」

 ユアンの反応に、ケイはそう続ける。

「この世界には、元の世界にが喚ばれるはずなのに……」

 この先何があろうと、風真には元の世界に大切な人がいるという事を忘れないで欲しい。ゲームのように閉じ込めて愛でるだけでは、幸せには出来ない。
 震えながらユアンを見据え、遠回しに釘を刺すケイに、ユアンは一瞬目を丸くして……口の端を上げた。

 弱々しく震えるだけだった彼には、こんな強さもあったのか。
 風真を愛してから、芯の強さを美しいと思うようになった。ただ儚いだけの者にはもう興味がない。

「ケイ、だったかな」
「……はい」
「フウマを、意図的に傷付けた訳ではない?」
「はいっ……」
「そうか。信じるよ」

 突然口調に棘がなくなり、ケイは訝しげにユアンを見つめた。

「君は、もう一人の神子?」
「っ、違います……。僕は、……僕の役目は、神子様の、援護です」
「だからそんな力があるのか」

 また素直に納得した。
 ケイは怪訝に思うが、ユアンとしてはケイが神子ではなく、風真が代わりに元の世界に送り返される事もなく、風真を傷付ける意図もないのならそれで良かった。


「俺が聞きたかった事は聞けたよ。君は?」

 ユアンは肩の力を抜き、ケイに言葉を投げる。
 緊迫した雰囲気はもうない。ケイはそっと息を吐き、床へと視線を落とした。

「僕は……、風真さんには絶対に幸せになっていただきたいのです……」

 己の立場をはっきりと主張する。風真を狙う意図はない。ライバルにはなり得ないと伝えた。

「風真さんを幸せにしていただけるなら……僕には、それがあなたでも、アール殿下でも構いません」

 敢えて挑発するような物言いをして、スッと顔を上げる。

「もしあなたが選ばれたなら、風真さんの意志を尊重し、自由を奪うことなく愛していただきたいのです。例え選ばれなかったとしても、風真さんから離れることなく、大切にしていただきたい……」

 ケイが話したい事は、それだった。
 何かの弾みでゲームの流れに戻らないよう、どちらかが戻ろうとしたら、もう片方が止められるように。

「この世界でも、風真さんらしく……太陽のような眩しさを曇らせることなく、生きて欲しいのです……」

 最期の瞬間まで、この世界に召喚されてしまった事を、呪わずにいられるように。


 ケイはそこで口を閉ざした。視線を伏せ、そっと息を吐く。

「言いたい事はそれだけ?」
「……はい」
「それなら、言われるまでもないな。俺は彼の、そういうところを愛しているからね」

 自由を奪おうとしても、おとなしく従うような性格ではない。閉じ込めて愛でるより、自由に駆け回る姿を眺めている方が満たされる。
 押し付けるより、どうすれば彼が笑って過ごせるか、何を求めているかと考える方が楽しかった。

「ただ、元の世界の知人だろうと、フウマを知っている風に言われるのは気に入らないな」
「っ、申し訳ありませんっ……」
「本当に、困ったものだよ。こんなにも真剣に彼の幸せを願う人間が、あとどれだけいるのかな」

 無自覚に人を惚れさせてしまうんだから、と肩を竦める。ふわりと緩んだ空気に、ケイは顔を上げた。

「君も、フウマの眩しさに魅せられた一人なんだね」

 ふっと笑みを零す。その柔らかな表情にケイは目を瞬かせ、すぐにクスリと笑い、頷いた。

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