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わたあめ
しおりを挟む「アールって、色白いよな。俺と全然違うや」
上機嫌でアールに腕を近付けると、白さの種類が違った。アールは透き通るような白い肌だ。
「だが、お前の方が滑らかだ」
「そう?」
「触ってみろ」
アールはおもむろにシャツのボタンを外す。触るなら腕でいいんじゃ、と言い掛けた風真はハッとして目を見開いた。
「まっ、……まさかのムキムキっ」
「お前よりはな」
「俺はこれからなるの! ってか、脱いだらすごい人じゃん、まじか~」
線の細い美形の中身がこれとは。
「なんか、彫刻みたい。こういうの教科書で見たわ」
「お前は学校に通っていたのか」
「通ってるわりに馬鹿なんじゃなくて、こっちの世界の知識がないだけだからな~。……ん? あれ? 見た目よりしっかりした手触り」
意外と肌が固い。筋肉のせいではなく、肌質がしっかりしている。もっときめ細かく滑らかだと思っていた。腹や胸をぺたぺたと触りながら首を傾げる。
「ひゃっ!」
「お前は見た目よりきめが細かいな。知っていたが」
「アールってけっこう俺の顔撫でるもんな。って、脇腹弱いからやめて」
「弱いと知って、やめると思うか?」
「普通はやめるんだよっ、うひゃっ、ひっ……はっ、ひゃんっ」
「相変わらず下腹にくる喘ぎだな」
「喘いでない!」
下腹にくるとは何だ。お腹壊したのかな。
そう言いたいのに、執拗に脇腹を擽られておかしな声ばかり出る。擽ったさがあまりに強くて、普通に大笑いも出来ない。
離れようとしても両手首をまとめて掴まれ、片手が器用に脇腹を擽ってくる。
(もういっそ、盛大に喘いでやるっ)
驚かせて手を止めさせる狙いだ。その時の風真には、それがとても良い案に思えた。
「ひゃぅッ、ひっ、やぁん! アールっ……も、だめぇ!」
迫真の演技!
身を捩る動作まで入れた風真は、心の中でガッツポーズをした。
(お? 成功?)
アールの手が止まり、手首を掴む手も緩む。だが。
「は、え?」
グラリと視界が反転した。
背にはサラサラの布。アールの手は、今度は風真の両肩をベッドに押さえつけている。
何をされるでもなく、ただ見下ろされるだけ。顔がいいな、と冷静に観察する余裕すら与えた。
「フウマ」
「っ、え、な、なに?」
「抱きたい」
「だっ! ばっ、だっ」
「駄目か?」
「だっ……駄目に決まってるだろ!」
「……抱かせて欲しい」
「うっ、だ、駄目だってばっ」
柔らかな声音で甘えるように強請られ、一瞬絆されそうになる。頭の中のトキが輝く笑顔で「絆されてはいけませんよ?」と言ってくれなければ、「抜き合いくらいなら友達でもするよな……」と口走ってしまうところだった。
お願いをするようになったアールも、しょんぼりとするアールも、風真はまだ慣れない。これなら以前のように無理矢理された方が、殴って逃げられた。
「アール、ごめん。俺、まだ自分の気持ちが分からなくて。……それに、抱かれる側じゃないかもだし」
「何を言っている?」
「えっ、すごい驚愕された」
主人公は抱かれる側。風真もついついそう思い込んでいたが、自分よりアールの方が遥かに綺麗な顔をしている。
「うわ、……気分がいい」
試しにアールを押し倒してみると、胸がドキドキした。
あのアールを見下ろしている。今も王族の圧の強いアールが、自分の下にいる。
「俺ってこっちかも……? やば、すごい楽しい……びゃっ!」
膝で大事なところを刺激され、おかしな声が出た。
「何すんだよ!」
「苛付いたら、体が勝手に」
「理性頑張って!」
「頑張っている」
反射的に飛び退いた風真を見つめ、上体を起こし深く息を吐く。
「想い人が私のベッドに裸で寝転がり、散々愛らしく喘いだ挙げ句に私を押し倒し、愉しげな顔をしている。今お前がそうしてまともに息が出来ているのは、私の理性のおかげだが?」
「っ……ご、ごめん」
冷静になると、アールの理性をタコ殴りしていながら被害者ぶっていると気付く。
(デリカシーなかった……)
自覚がなかったとはいえ、酷い事をしてしまった。布団を手繰り寄せ、全身を隠す。
「そうしていると事後のようで煽られるのだが、この感情は私の問題だと理解している。私はもう二度と、お前を傷付けるような事はしない」
真っ直ぐな空色の瞳が、風真を映す。
「フウマ。私を好きになれ」
「……その、ごめん、まだ好きとか分かんないけど……今のはグッときた、よ……?」
「そうか。ならば近々、気付いたら抱かれていたという事態に」
「ならない。さすがにならない」
「抱かれる事を自然に受け入れられたら、私を好きという事だろう?」
「う……ん、……うー……ごめん、気持ちいいことに関しては、俺は俺を信用できない……」
三人に触られても、ユアンの物を咥えても、嫌悪感はなかった。
アールに挿れられそうになった時は怖かったが、それも好き嫌いの判断をつけられる状況ではなかった。
「元の世界ではキスもしたことなかったし……経験ないから、実は誰とでもえっち出来る体だったりするかもだろ……?」
もしそうなら、二人ともに好きだと思わせておいて裏切る事になる。もしそんな体だったら、……怖い。
俯き、グッと拳を握る。するとアールは小さく息を吐いた。
「確かにお前の貞操観念は少々ずれているが、誰とでも出来るなら、今この場で迷いなく私を受け入れているはずだ」
「っ、でも」
「お前は私たちの事が好きだろう? 触れられる事を嬉しいと思うのは、じゃれ合いだ」
「じゃれ合い……」
「いくら許容範囲の広いお前でも、体の内側を暴かれるなど単なる好意では出来ない。ここに男の物を受け入れるのだからな」
「っ……」
腹を押され、びくりと震える。
(そうだ……お腹の中に、入るんだ……)
入れる場所ではない器官から、腹の中に。
現実味を伴ってようやく、誰でも受け入れられる訳がないと自覚した。
「……と、恋愛小説で学んだ事を応用して、私なりに考えた」
「恋愛小説!?」
「世の中には男同士の恋愛小説もあるのだな。驚いた」
(この世界にもあるんだ!?)
そしてそれをアールが読んだ。風真も驚いたが、王太子に読まれた作者が一番驚くだろう。
「抱かれる事を受け入れられたらと言ったのは、お前が私を好きになったという確信を得てからの事だ。今すぐではない」
柔らかな黒髪を撫で、そっと目を細める。
「へ? うわっ!」
突然布団から引っ張り出され、ベッドに仰向けに倒される。今度は何だと慌てていると、バサリと布団を掛けられた。
その上から、ポンポンと腹の辺りを叩かれる。
「う……あ~、きもち……」
こんな状況だというのに、最高のシーツと最高の布団サンド。天国か、とふにゃふにゃの笑顔でうっとりと目を閉じる。
「話は終わりだ。私は仕事に戻るが、夕食前には呼びに来てやる。それまで寝ていろ」
「ありがと~……これは寝る」
あまりに天国。
下着一枚で申し訳ないと思いつつも、このサラサラふわふわには勝てそうにない。
「間抜けな顔だな」
風真を見つめ、そっと口の端を上げる。
幸せそうな風真をいつまでも見ていたいが、今日中に終わらせたい仕事が待っている。そっと息を吐き、諦めてベッドから降りた。
名残惜しくて、せめてもと風真の額にキスをして、頬を撫でる。
「行ってくる」
「あ……う、うん、いってらっしゃい」
ぱっちりと開いた瞳がアールを映す。ほんのりと頬を染めながら。
アールは愛しげに目を細め、優しい微笑を残して部屋を出て行った。
「……甘過ぎでは」
とろとろのメイプルシロップより甘い。煮詰めた砂糖より、ふんわりした甘さだ。
(正規のアールルートより甘いのでは……)
そう思ってしまうほど、今のは良い雰囲気だった。
「わたあめか……」
布団はふわふわで、アールは甘い。空気が甘い。ドキドキではなく、ふわふわとろとろした気持ちになる。
これはどういう感情だろう。そう考えても、ただ、甘いな、幸せだな、としか考えられない。
身じろぎするとサラサラのシーツが肌を撫で、もそもそとしているうちに、意識もとろりと甘い夢の中に溶けていった。
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