上 下
80 / 270

アールがいいって言ったから

しおりを挟む

「お邪魔しまーす……」

 翌日。
 昼食を終えた風真ふうまは、自室に戻らずにアールの部屋を訪れた。
 アールは夕方まで視察に出ている。チャンスは今しかない。

(……でも、好きって言ってくれる人のベッドに裸で寝るのは……)

 良くないのでは。風真はベッドを見つめ、唸った。

(良くない、けど……)

 目の前には、気持ち良い事が約束されているベッドが。今日もピシッと張られたシーツは、真珠のように輝いてすら見えた。

「う~……でも、うう~ん……」

 頭を抱え、唸る。
 勢いで突っ走りがちだった性格が、この世界にきて常識と冷静さを会得したらしい。倫理的に、だの、常識で考えて、だの、考えすぎて頭がパンクしそうだ。


「……よし、ちょっとだけ。サッと寝てサッと起きる。アールもいいって言ったし、ちょこっとだけ……」

 アールに悪い事はしてないと自分に言い聞かせ、いそいそと服を脱ぐ。
 ベッドの足元に服をそっと乗せ、わくわくしながらベッドに乗り上げた。

「っ、これはっ」

 膝に触れた布。ハッと目を見開き、ばふっと仰向けに倒れ込んだ。

「さいっっ……こ~……」

 両手をばたつかせ、全身でシーツの肌触りを堪能する。次は横になり、脚を動かした。

「絹? じゃないな~、なんだろ……サラサラすべすべ~……」

 仰向けになり、今度は背で幸せを感じる。

「天国か~、さいこ~」

 ピシッと張られたシーツは、少し転がっただけでは皺にならない。ころころと転がりながら、やっぱり俯せ、と両手を広げシーツの海を泳いだ。
 どこを触ってもサラサラ。それなのに、しっとりしている。これは裸で寝たい。パンツも脱ぎたいが、さすがにそれはアールに申し訳ない。


「ほんときもち~……。アールって少しでもチクチクしたら嫌がりそうだもんな~」
「そうでもないが?」
「えー、うそだー、アールって繊細なとこあるじゃん」

 枕が変わると寝られないタイプっぽい、と言ったところで、ガバッと起き上がった。

「えっ……、あっ、アール!?」
「裸になるまで、一日もたなかったな」

 扉の傍に、愉しげな笑みを浮かべたアールが立っていた。

「視察はっ?」
「嘘だ」
「嘘!? アールが嘘ついた!」
「……そうだな。欲に負けた」
「素直!」

 嘘をつけないアールが、こんな事で嘘をついた。いや、仕事では罠に掛けるような事もあるかもしれない。だが。

「……いつから」
「百面相しながら唸っている辺りだ」
「最初からじゃん!」

 アールの言葉を免罪符にしたところも、わくわくしながらベッドに上がったところも、はしゃいで独り言を言いながらゴロゴロしていたところも、何なら脱ぐところもばっちり見られていた。

「男同士だ。恥ずかしがる事でもないだろう?」
「恥ずかしいよ! だってアール、俺のこと好きなんだろっ?」
「ああ」

 さらりと言って、風真の傍まで近付いてくる。


「下は脱がなかったのか」
「わっ! 見んなっ」
「安心しろ。襲いはしない。お前が裸で私のベッドにいるところを目に焼き付けたいだけだ」
「んんっ、正直~っ」
「気にせず、その肌触りを存分に堪能しろ」

 そう言われても、この状況でまたゴロゴロする気にはなれない。もう充分堪能したし、と服に手を伸ばす。

「お前が脱いで転がるだろうと、今日は最も上質なシーツにしている」
「えっ」
「国宝とも名高い職人が、稀少な素材を使用し作り上げたものだ。各国の王族しか手に入れられない」
「そっ、そんな恐れ多いものとは……」

 そんな貴重なシーツの上で、ぱたぱたスリスリしてしまった。王族体験! と喜ぶレベルではない。

「うわ!」

 そっと降りようとすると、アールに押し倒された。

「今更遠慮するな。お前の為に敷いたものだ。肌触りはどうだ?」
「うう~っ、最高っ……!」

 俯せに倒され、肩を押さえられては起き上がれない。手足をバタつかせると極上の心地よさに触れ、我慢出来ずに頬を擦り寄せた。
 恐れ多いが、普段アールが使用しているもの。日常使いのシーツだと自己暗示をかけ、素直に堪能する事にした。

「ほんとさいこ~……毎日裸で寝たい」
「そうか。今夜からその夢を叶えてやろう」
「それは、俺の部屋に導入」
「しないと言ったはずだ」
「えーっ」
「襲いはしない。安心して服を脱げ」
「安心できないやつっ」

 これはアールも裸になり、なんやかんやで致されてしまうやつだ。風真はもそもそとアールから離れ、体を起こした。


「しかし、思ったより焼けているな」
「そう? 走ったり剣の稽古つけて貰ってるからかな」
「ユアンか?」
「ユアンさんと副隊長さんと騎士のみなさん。護身術ってか、体術も教えて貰っててさ」
「お前には必要ないだろう?」

 常に護衛がいる。ユアンもいる。体術など覚えたところで、使用する機会などないだろう。

「……私とトキ対策か。ユアンの考えそうな事だ」
「いや、盗賊とかの対策に、教えて欲しいってお願いしたんだけど……」

 アールとユアンも実はとても仲が良いのでは。互いを良く分かっている。
 苦笑すると、アールはまた怪訝な顔をした。

「守られてばっかじゃ嫌なんだよ。自分の身は自分で守れるようになりたい。俺が強くなれば、みんなが危険な目に遭うこともなくなるだろ?」
「慣れないお前が無茶をして飛び出せば、周囲は余計に危険に晒されるぞ」
「分かってる。だから護身術なんだよ。万が一の時に俺が自力で回避出来れば、誰かが庇って傷付くこともないしさ。あくまで俺を守るために習ってんの」

 己の力量は分かっている。実戦も積んでいない自分は、騎士たちのようには動けない。この目で見てきたからこそ、理解している。
 これから先、騎士たちより強くなれたとしても、自ら飛び出して行く事はしない。神子という立場は、あくまで後方支援だ。


「あ。でも一緒に街に出た時は、俺がアールを守るからな」
「……ああ。頼りにしている」

 アールも王の後継者として、幼い頃から武術は一通り修得している。だが今は、それを言うのは風真の笑顔を曇らせるのではと口を噤んだ。
 それにきっと、守ると言われるより頼りにされる方を喜ぶ。アールに頼って貰えたとばかりに嬉しそうに頬を高揚させている風真を見ると、誰かに頼るというのも悪くはないと思えた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~

天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄  番外編は11月末までまだまだ続きます~  <あらすじ> 「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」   過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。 二人は親の再婚で義兄弟になった。 ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。 アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ? 柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。 果たして……。 <登場人物> 一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり 戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。 義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。 弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。 一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ 以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。 佐々木 晶  柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。 柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。 この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。 第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に 進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡ ☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて 頂きました。根強く愛していただいております。

キスから始まる主従契約

毒島らいおん
BL
異世界に召喚された挙げ句に、間違いだったと言われて見捨てられた葵。そんな葵を助けてくれたのは、美貌の公爵ローレルだった。 ローレルの優しげな雰囲気に葵は惹かれる。しかも向こうからキスをしてきて葵は有頂天になるが、それは魔法で主従契約を結ぶためだった。 しかも週に1回キスをしないと死んでしまう、とんでもないもので――。 ◯ それでもなんとか彼に好かれようとがんばる葵と、実は腹黒いうえに秘密を抱えているローレルが、過去やら危機やらを乗り越えて、最後には最高の伴侶なるお話。 (全48話・毎日12時に更新)

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

百戦錬磨は好きすぎて押せない

紗々
BL
なんと!HOTランキングに載せていただいておりました!!(12/18現在23位)ありがとうございます~!!*******超大手企業で働くエリート営業マンの相良響(28)。ある取引先の会社との食事会で出会った、自分の好みドンピシャの可愛い男の子(22)に心を奪われる。上手いこといつものように落として可愛がってやろうと思っていたのに…………序盤で大失態をしてしまい、相手に怯えられ、嫌われる寸前に。どうにか謝りまくって友人関係を続けることには成功するものの、それ以来ビビり倒して全然押せなくなってしまった……!*******百戦錬磨の超イケメンモテ男が純粋で鈍感な男の子にメロメロになって翻弄され悶えまくる話が書きたくて書きました。いろんな胸キュンシーンを詰め込んでいく……つもりではありますが、ラブラブになるまでにはちょっと時間がかかります。※80000字ぐらいの予定でとりあえず短編としていましたが、後日談を含めると100000字超えそうなので長編に変更いたします。すみません。

処理中です...