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アールがいいって言ったから
しおりを挟む「お邪魔しまーす……」
翌日。
昼食を終えた風真は、自室に戻らずにアールの部屋を訪れた。
アールは夕方まで視察に出ている。チャンスは今しかない。
(……でも、好きって言ってくれる人のベッドに裸で寝るのは……)
良くないのでは。風真はベッドを見つめ、唸った。
(良くない、けど……)
目の前には、気持ち良い事が約束されているベッドが。今日もピシッと張られたシーツは、真珠のように輝いてすら見えた。
「う~……でも、うう~ん……」
頭を抱え、唸る。
勢いで突っ走りがちだった性格が、この世界にきて常識と冷静さを会得したらしい。倫理的に、だの、常識で考えて、だの、考えすぎて頭がパンクしそうだ。
「……よし、ちょっとだけ。サッと寝てサッと起きる。アールもいいって言ったし、ちょこっとだけ……」
アールに悪い事はしてないと自分に言い聞かせ、いそいそと服を脱ぐ。
ベッドの足元に服をそっと乗せ、わくわくしながらベッドに乗り上げた。
「っ、これはっ」
膝に触れた布。ハッと目を見開き、ばふっと仰向けに倒れ込んだ。
「さいっっ……こ~……」
両手をばたつかせ、全身でシーツの肌触りを堪能する。次は横になり、脚を動かした。
「絹? じゃないな~、なんだろ……サラサラすべすべ~……」
仰向けになり、今度は背で幸せを感じる。
「天国か~、さいこ~」
ピシッと張られたシーツは、少し転がっただけでは皺にならない。ころころと転がりながら、やっぱり俯せ、と両手を広げシーツの海を泳いだ。
どこを触ってもサラサラ。それなのに、しっとりしている。これは裸で寝たい。パンツも脱ぎたいが、さすがにそれはアールに申し訳ない。
「ほんときもち~……。アールって少しでもチクチクしたら嫌がりそうだもんな~」
「そうでもないが?」
「えー、うそだー、アールって繊細なとこあるじゃん」
枕が変わると寝られないタイプっぽい、と言ったところで、ガバッと起き上がった。
「えっ……、あっ、アール!?」
「裸になるまで、一日もたなかったな」
扉の傍に、愉しげな笑みを浮かべたアールが立っていた。
「視察はっ?」
「嘘だ」
「嘘!? アールが嘘ついた!」
「……そうだな。欲に負けた」
「素直!」
嘘をつけないアールが、こんな事で嘘をついた。いや、仕事では罠に掛けるような事もあるかもしれない。だが。
「……いつから」
「百面相しながら唸っている辺りだ」
「最初からじゃん!」
アールの言葉を免罪符にしたところも、わくわくしながらベッドに上がったところも、はしゃいで独り言を言いながらゴロゴロしていたところも、何なら脱ぐところもばっちり見られていた。
「男同士だ。恥ずかしがる事でもないだろう?」
「恥ずかしいよ! だってアール、俺のこと好きなんだろっ?」
「ああ」
さらりと言って、風真の傍まで近付いてくる。
「下は脱がなかったのか」
「わっ! 見んなっ」
「安心しろ。襲いはしない。お前が裸で私のベッドにいるところを目に焼き付けたいだけだ」
「んんっ、正直~っ」
「気にせず、その肌触りを存分に堪能しろ」
そう言われても、この状況でまたゴロゴロする気にはなれない。もう充分堪能したし、と服に手を伸ばす。
「お前が脱いで転がるだろうと、今日は最も上質なシーツにしている」
「えっ」
「国宝とも名高い職人が、稀少な素材を使用し作り上げたものだ。各国の王族しか手に入れられない」
「そっ、そんな恐れ多いものとは……」
そんな貴重なシーツの上で、ぱたぱたスリスリしてしまった。王族体験! と喜ぶレベルではない。
「うわ!」
そっと降りようとすると、アールに押し倒された。
「今更遠慮するな。お前の為に敷いたものだ。肌触りはどうだ?」
「うう~っ、最高っ……!」
俯せに倒され、肩を押さえられては起き上がれない。手足をバタつかせると極上の心地よさに触れ、我慢出来ずに頬を擦り寄せた。
恐れ多いが、普段アールが使用しているもの。日常使いのシーツだと自己暗示をかけ、素直に堪能する事にした。
「ほんとさいこ~……毎日裸で寝たい」
「そうか。今夜からその夢を叶えてやろう」
「それは、俺の部屋に導入」
「しないと言ったはずだ」
「えーっ」
「襲いはしない。安心して服を脱げ」
「安心できないやつっ」
これはアールも裸になり、なんやかんやで致されてしまうやつだ。風真はもそもそとアールから離れ、体を起こした。
「しかし、思ったより焼けているな」
「そう? 走ったり剣の稽古つけて貰ってるからかな」
「ユアンか?」
「ユアンさんと副隊長さんと騎士のみなさん。護身術ってか、体術も教えて貰っててさ」
「お前には必要ないだろう?」
常に護衛がいる。ユアンもいる。体術など覚えたところで、使用する機会などないだろう。
「……私とトキ対策か。ユアンの考えそうな事だ」
「いや、盗賊とかの対策に、教えて欲しいってお願いしたんだけど……」
アールとユアンも実はとても仲が良いのでは。互いを良く分かっている。
苦笑すると、アールはまた怪訝な顔をした。
「守られてばっかじゃ嫌なんだよ。自分の身は自分で守れるようになりたい。俺が強くなれば、みんなが危険な目に遭うこともなくなるだろ?」
「慣れないお前が無茶をして飛び出せば、周囲は余計に危険に晒されるぞ」
「分かってる。だから護身術なんだよ。万が一の時に俺が自力で回避出来れば、誰かが庇って傷付くこともないしさ。あくまで俺を守るために習ってんの」
己の力量は分かっている。実戦も積んでいない自分は、騎士たちのようには動けない。この目で見てきたからこそ、理解している。
これから先、騎士たちより強くなれたとしても、自ら飛び出して行く事はしない。神子という立場は、あくまで後方支援だ。
「あ。でも一緒に街に出た時は、俺がアールを守るからな」
「……ああ。頼りにしている」
アールも王の後継者として、幼い頃から武術は一通り修得している。だが今は、それを言うのは風真の笑顔を曇らせるのではと口を噤んだ。
それにきっと、守ると言われるより頼りにされる方を喜ぶ。アールに頼って貰えたとばかりに嬉しそうに頬を高揚させている風真を見ると、誰かに頼るというのも悪くはないと思えた。
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