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お邪魔してます

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 騎士たちとの昼食はとても楽しく、名残惜しくて訓練場まで一緒に戻った。ユアンの勧めで見学をさせて貰うと、騎士たちは実戦さながらの気合いの入った剣さばきを見せた。
 それを風真ふうまはキラキラした瞳で見つめ、自分もいつかは彼らのように、と拳を握り締める。風真の中は基本的には、自分には無理だという諦めはない。今も、時間が掛かってもやり遂げるという気合いしかなかった。

 そんな楽しい一日を終え、その日はぐっすりと眠れた。
 翌日は図書室に籠もり、知識を詰め込む。頭を使いすぎてその日も熟睡出来た。

 だが翌日から、ふと、思い出すようになった。もう決めた事。それなのに、ケイと話した時の気持ちが胸の奥から顔を出す。
 その日は独りの夕食を終え、早めの風呂に入り、しばし悩んだ末に、とある場所を訪ねた。





「神子、来ていたのか」
「アールお帰り~。お邪魔してます」

 風真が訪ねたのは、アールの部屋だった。ベッドに横になっていた体を起こし、さすがにくつろぎすぎたなとヘラリと笑う。
 アールは気にした様子もなく、着ていたジャケットをハンガーに掛けた。使用人に任せず自分でするのかと驚いた風真だったが、アールなら寝室に誰も入れたがらないのかもと独りで納得する。
 それなのに、いつでも来て良いと言ってくれた。特別だと言われているようで、嬉しくなり頬が緩んでしまう。
 そんな風真に、何か誤魔化しているのかと勘違いしたアールはジッと見据えた。

「ベッドで物を食べては……いないようだな」
「ないよっ。いくら俺でも、っていうか、俺だからこんな豪華なベッドで物なんて食べれないって」

 風真のベッドも相当豪華だが、アールのベッドはシーツも布団カバーも、更に豪華だった。
 豪華というより上質。手触りもサラサラで、今まで触った事のない肌触りだ。
 それに、全て白で統一されている。その上で物を食べるなどとんでもなかった。


「そうか、偉いぞ。だが、何故端にいる?」
「肌触り良すぎて大の字で寝てみたかったけど、絶対高級なやつだしピンッて張ってあるから、真ん中に寝る勇気なかった」
「そうか」

 風真らしい理由に、くすりと笑う。

「肌触りが気に入ったなら、裸で寝ても良いぞ」
「ほんとっ? あっ、うあ~っ、うっかり自主的に脱がされるところだった」
「掛からなかったか」
「えっ、確信犯っ?」
「お前なら疑わず脱ぐと思っていたのだが」
「アール。そこははぐらかしていいんだよ」

 正直なのも考えものだ。

「お前の部屋には導入してやらないから、その肌触りが恋しくなったらここへ来い」
「ツンデレか~。けっこう頻繁に来るかも」
「構わない。だが、いつまで服を着ていられるか見物だな」
「アールって、時々言い方が悪役なんだよなぁ」

 それも今では、アールの魅力の一つでしかないのだが。

(アールがいない時にやっちゃお)

 お許しが出たから、パンツ一丁で寝てみよう。


「アールって、明日も仕事?」
「ああ」
「このくらいの時間まで?」
「……そうだな。昼食後から夕方までは視察が入っているが、それ以外の時間は空けられる。勉強で分からないところでもあるのか?」
「えっ? いや、最近忙しそうだなーって思っただけ」
「そうか」
「アールがやんなきゃいけない事はいっぱいあるんだろうけどさ、あんまり無理すんなよ?」
「お前が心配するなら、そうしよう」

 少し前なら、誰に言っている? と上から目線で答えていたところも、今はそっと目を細め微笑むだけ。心配してくれるのかと、愛しげに黒の瞳を見つめて。

(破壊力っ……)

 顔の良さを最大限に発揮され、風真は両手で顔を覆いパタリと後ろに倒れた。男の自分がこうなら、令嬢は失神してしまうのでは。

「どうした?」
「……アールの顔の良さを再確認したとこ」
「ようやく理解したか」
「あー、その偉そうな感じ、安心するわ……」

 今となっては、以前の横暴さが懐かしい。

「……フウマ」
「!」

 ギシッとベッドが軋み、風真はガバッと体を起こした。この感じ、えっちな悪戯では済みそうにない。


「アールの部屋って、窓だけじゃなくてバルコニーもあっていいな~。出てもいい?」

 話題を変え、大きな窓を指さした。窓は開けて良いと言われていたが、バルコニーは一応許可を得てからにしようと思っていたのだ。
 サッとベッドを降りる風真に、逃げられたかと小さく呟き、アールは窓の鍵を開けた。

「……落ちるなよ?」
「いや、落ちないって」

 本気で心配され、苦笑する。

「勢い良く飛び出して、そのまま向こう側に」
「落ちないよ」
「下を見ようと身を乗り出し」
「落ちないから。そんなに心配ならアールが掴まえてたらいいだろ?」
「それもそうだな」

(いや、そうだなじゃないし)

 こう言えば実行するようになってしまった事を、一瞬忘れていた。

「少し前は、逃げるなよ、だったのに」
「随分前の話だな。今はお前が落ちる事以外、心配していない」
「それは一番しなくていい心配だよ」

 胸の高さまであるしっかりとした白い柵を見つめ、これで落ちるなら故意、とまた苦笑した。


 小さな椅子とテーブル程度なら置ける広さのバルコニー。アールにしっかりと腕を掴まれながら、風真は外に出る。

「うわーっ、綺麗っ」

 見上げれば、キラキラと輝く星空が広がっていた。
 窓からではここまで見えなかった。バルコニーに出して貰えて良かった、と思っていると、柵に乗せた手の外側にアールの手が付かれた。

「落ちないって」
「万が一に備えて、掴まえている」
「うーん、万が一ならまあ」

 確実に落ちるという心配から、万が一にまで確率が下がったなら。風真は自分の言った事だし仕方ないなとあっさりと諦めた。
 もはや背後から抱きしめられているのも気にしない事にして、空を見上げる。

「あ。ここで見ても、アールと一緒に夕焼けと星を見に行く約束はまだ有効だからな?」
「私も同じ事を考えていた」

 そう言うアールに、風真は「気が合うな」と笑った。


 目映く輝く星は、数時間後には白く染まる空に、溶けるように姿を消していく。
 広がる青い空で燦々と輝く太陽は、徐々に傾き空を朱く染め、紫を混ぜながら暗闇へと変化する。

「星空も夕焼けも太陽も、俺のいた世界と同じなんだな。なんか、不思議な感じ」

 銀に輝く月だけが、いつまでも丸いまま。

「……この世界のどこかに、俺のいた国があったらいいのに」

 満月の夜と同じ空。
 見つめていると、この空の先にあの国がある錯覚に陥る。
 飛行機はない。大きな船もあるか分からない。それでも、例え何ヶ月掛かっても、同じ世界にいればいつでも会いに行ける。同じ、世界なら……。

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