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ユアンの稽古2
しおりを挟む「じゃあ、今の動きをやってみようか。まずは脚を……」
ユアンがさりげなく風真に動きを教える。風真も頑張って思い出しながら、体を動かした。
背後からのパターンを何とか終え、ユアンは騎士にありがとうと言って訓練に戻した。善意しかない彼は無碍には出来ない。
「次は前から襲われた事を想定して……」
今度はユアン一人で教える事にした。風真の背後から腰に手を当て、腕を取り、動きを教える。
「ここで、相手の力を利用するように……こう、分かるかな?」
「っ、はい、払う感じですね」
「神子君は覚えが早いね」
「ありがとうございますっ……」
耳元で聞こえる声に、ぴくりと反応してしまう。意図した近さではない。触れ方も、悪戯をする時とは違う。真剣に教えてくれているのだと分かる。それなのに。
(副隊長さんと同じなのに、ユアンさんだとなんか……えっち)
声なのか、雰囲気なのか、存在そのものなのか。
「神子君?」
「はいっ」
「集中出来てないみたいだけど」
「すみません!」
顔を覗き込まれ、風真は反射的に顔を俯けた。
「……すみません。ユアンさんは真剣に教えてくださってるのに……なんか、勝手に色々思い出しちゃって……」
食堂で背後から抱きしめられて囁かれたり、物置で背後から胸を弄られたり。頭よりも体があれこれ思い出し、じわりと体が熱くなった。
「……嬉しいな」
「っ!」
ほんのりと赤くなった首筋にユアンの唇が触れ、風真はビクリと跳ねる。
「こんな時でも、君が俺との事を思い出してくれるなんて」
あからさまな体勢にも気付かないほど稽古を楽しみにしていた風真が、本当にただ純粋に動きを教えただけで、記憶と結び付いてしまった。
それほどまでに、彼の中に存在している。それが嬉しくて、思わず風真を抱きしめる。
「俺は、君の中にいるんだね。……でも、ごめん」
「ユアンさん?」
「護身術の稽古はまた今度、副隊長がいる時でもいいかな」
「俺こそすみませんっ、こんな時に思い出すなんてっ」
「ごめんね。君の頭の中を、俺でいっぱいにしちゃったみたいだ」
「ある意味そうですけど!」
ワッと両手で顔を覆った。
「じゃあ、俺がいない時でも思い出して貰えるように、真面目な姿も見せておこうかな」
「真面目な姿ですか?」
「隊長として、彼ら全員と戦う姿なんてどうかな?」
「見たいです!」
ユアンは強いと知っている風真は、全員を相手になんて、などという不安はなかった。
それがユアンを更に上機嫌にさせる。強いと思ってくれているんだ、とますます気合いが入った。
「神子様! 今日は副隊長が非番ですので!」
「大変申し訳ありませんが! 次の機会に!」
「何言ってるのかな。我らが主のお願いだよ?」
ユアンが剣を取ると、騎士たちは剣を捨てる。
「討伐は本来、神子様ではなく我らの仕事。最近、それを忘れている者がいるようで、気になっていたんだ」
何かあれば神子様が助けてくれる。神子様が到着するまで耐えればいい。そんな気持ちが垣間見える時があった。勿論僅かではあったが、それでも戦いになれば、その一瞬の気の緩みで命を落とす事もある。
「剣を取れ」
ハッとした騎士たちは、剣を取り、構える。
「隊長! お願いします!」
これが風真に良いところを見せたいという理由が半分以上あっても、もう半分ほどは弛んだ気持ちに渇を入れる為。ユアンが部下を大事に思っている事を、彼らは知っているのだ。
そして、あわよくば自分も神子様に良いところを見せたい。無謀な挑戦であっても、風真という存在が騎士たちの心に火をつけた。
(ち……チートスキルか……)
思わずそう思うほどに強い。
騎士たちも強いが、ユアンは別格だ。剣術の神の生まれ変わりかと思うほどに強かった。
(ゲーム作った人、これをユアンのイベントに入れるべきでは?)
これなら健全に惚れる要素がたっぷりと詰まっている。これを見てからの管理型溺愛エンドなら納得出来る。儚げな主人公は、ユアンには目を離したら死んでしまうくらい弱々しく見えるんだろうな、と。
そして、これを見てしまったから、ユアンエンドになれば自分も屋敷に軟禁かなと妙な諦めが出来てしまった。
(いや、これ、ユアンさん強すぎてやばい)
倒れるか剣を手放したらアウトという決まりなのか、訓練用の剣が当たっても、またユアンに向かっていく。終わりがないのではと心配したものの、ユアンは笑みを浮かべたままで軽々と攻撃を避けた。
相手の剣を弾き飛ばし、脚払いをして、みるみる数が減っていく。そう経たずに、立っている者はユアン一人になった。
「久々に本気を出したよ」
「……っすね」
本気を出した騎士たちは、あっさりと負けてしまった。
ユアンは以前より遙かに強くなっている。全員の無意識の弱点を把握しているとはいえ、この攻撃力。これが愛の力か、と倒れたままで騎士たちは苦笑した。
「神子君、ご感想は?」
「かっこよかったです!」
「好きになってくれた?」
「はい! ……あっ」
「即答するくらい格好良いと思ってくれたんだ。嬉しいな」
そう言って、両手で風真の手を取る。
「俺を選べば、もれなく最強の騎士も付いてくるからお得だよ?」
「ぷはっ、お得すぎですよ」
思わず笑うと、ユアンも楽しげに笑った。
気分転換になればと稽古に誘ったが、本当は迷惑ではなかったかと心配していたのだ。だが、風真の笑顔はいままで通り、太陽のようでユアンはそっと胸を撫で下ろした。
「神子君、この後予定は?」
「何もないです」
「じゃあ、このままみんなでご飯に行こうか」
「いいんですかっ?」
「稽古を頑張ったご褒美だよ」
「うわぁっ、ありがとうございます!」
教えて貰った自分がお礼する方なのに、と思いながらも、折角の厚意だ。ありがたく受け取る事にした。
騎士たちも、予期せず風真とランチが出来る事に大喜びだ。ユアンに店名と予約を指示された騎士は、すぐさまその場から走り出す。
大人数での移動は目立つ為、身支度を整えた者から店へ向かうようにと告げると、他の騎士も浮かれた足取りでシャワー室へと向かった。
「じゃあ神子君、部屋に戻ろうか」
「はい。こんなことなら着替え持ってくれば良かったです」
次からは持って来ようかな、と苦笑する。
「そうだね。ここのシャワー室は広くて個室もあるから、神子君にも失礼な事はないかな。ただ、護衛の為に俺も一緒にシャワーを浴びる事になるけどね」
「!」
「離れ以外では常に目を離さない決まりになってるから、仕方ないよね」
「……他の騎士さんにお願いすることは」
「俺以外の前で裸になるなんて、どういうつもりかな?」
「シャワー浴びるつもりですけど……」
どうと言われても、それ以外に返す言葉がない。
「君は本当に無防備だね」
「ユアンさん、目を覚ましてください。俺は美少女でも美少年でもないです。俺にえっちなことしたがるのは、騎士さんたちの中ではユアンさんだけなんです」
テクテクと歩きながらユアンを見上げる。
「みなさんは俺を、息子みたいに思ってくれてるので大丈夫です」
ありがたい事に、本当の息子のように大事にして貰っている。それにこの間は、王宮訓練場ライブを開催するアイドル体験をした。
一緒にシャワーを浴びたところで、脚を滑らせないか、目に泡が入らないかと心配してくれるだけだろう。
「……それもそうだね」
一部を除いてはそうだ。ユアンは納得した。
「明日までに神子君用のロッカーを用意しておくよ」
「すみません、ありがとうございます」
「一緒に浴びようね」
「っ! 何も解決してないっ!」
話が最初に戻っただけだ。
触れたがるのはユアンだけだともう一度訴えても、何もしないから大丈夫だと信用出来ない笑顔が返るだけ。
だが、次の訓練後も一緒にご飯に行こうと言われると、着替えを持って行こうかなと折れてしまいそうになる。
予約時間には余裕はあっても、皆を待たせるのは申し訳ない。それに、王宮の騎士たちが使用しているシャワー室とロッカー室という貴重な異世界体験が出来るのだ。
(……さすがに部下の人たちが聞いてるとこで、喘がされたりしないよな)
冷静になればそう思える。なんだ、と肩から力が抜けた。
「ユアンさん、また俺のことからかったんですね?」
「……まあ、そうかな」
「本気で警戒しちゃいましたよ」
明るく笑う風真に、ユアンも「ごめんね」と笑う。本気だと言えなくなってしまった事に。
部下の見ている前で牽制を兼ねた疑似行為をした事は、今も風真は気付いていない。
ごめんね、神子君。
あまりに純粋な風真に罪悪感が募り、シャワー室では手を出さない事をそっと心の中で誓った。
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