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思い出話
しおりを挟む「トキ。もう喧嘩は終わったから、神子君を返してくれ」
「私の神子で、私のフウマだ」
「俺のだよ」
「私のだ」
「フウマさん、お昼は二人で食べましょうか」
「待って! 喧嘩はしてないよっ?」
「そうだ」
また言い合いが始まりそうな雰囲気が、あっさりと散る。ベッドに座る風真の傍に立った二人は、縁に座り風真の髪を撫でるトキに訴えた。
「言い合っている暇がありましたら、フウマさんを笑顔にさせる方法でもお考えください。この愛らしいお顔を曇らせるのは、快楽に歪む際以外は必要ありません」
「トキさん、言い方……」
遠慮がなくなってきた。神職の自覚もちゃんと持ってほしい。色々言いたい事はあっても、言うとトキの言った通りの曇り顔にされてしまう気がしてやめた。
(愛らしい顔、か……)
元の世界でも柴犬のようだと愛嬌を褒められてきた。それは、嬉しかった。だが、顔立ちが綺麗だとか格好良いだとかは、友人にも言われた事がなかった。
(別に、美しい顔とか言われたいわけじゃないけど……)
そうではない、けれど。
「アールは、ケイさんの顔を見てどう思った?」
ただ、純粋な疑問だった。
この世界の美の基準は、ゲームと、元の世界と同じはず。それなのに三人共が好きだと言うのは、全く違う顔だ。
「……綺麗な顔をしていたな」
短い思案だけで、アールはそう答えた。
「だが、それだけだ。私は、お前の顔の方が好きだ」
「へ?」
「コロコロ変わって、見ていて飽きない。どのような顔も可愛いと思う。悲しい顔だけは、もうして欲しくないが……。憂いのある表情は、美しいと思った」
「っ、あ、アール……?」
そっと頬に触れられ、甘い言葉を紡がれて、風真はじわりと顔を赤くして戸惑う。
「顔だけの話ではない。私は、お前が愛しい。……フウマのいない人生など、もう考えらない」
名を呼び、愛しげに見つめる澄んだ青の瞳。
いない人生。その言葉が、余計な一言を口から零してしまう。
「……俺がこの世界にこなければ、アールは別の人を好きになってたよ」
主人公である、ケイを。
もしケイが神子としての役目をこなしていたら、アールはケイを好きになっていたはず。そうなるのが、この世界の運命だから。
そっと視線を伏せた風真の顔を、アールの手がグッと上向かせた。
「仮定の話には興味がない。私は今、目の前にいるお前を好きだと言っている」
「っ、アール……」
「お前を知らない私の話などするな。二人でいる時くらい、私の事だけ考えていろ」
「う、うん、ごめん……。でも、ええっと……ユアンさんとトキさんもいる」
アールの言葉が胸を熱くし、また目の奥が痛む。じわりと滲んだそれを誤魔化すように現実に目を向けると、何ともいえない顔をしたユアンとトキがそこにいた。
アールは、二人に視線も向けずに小さく息を吐く。
「気のせいだ」
「うわ、アールの横暴さが進化した」
「私以外は背景だと思え」
「すごい、なんかすごい」
こんな台詞が似合う人間はきっとアール以外いない。堂々とした態度とオーラ。風真に褒められたと思い、自慢げな顔だ。
(アールってほんと王族って感じだよなぁ)
ついまじまじと見つめてしまう。それを惚れたかと良い方向に勘違いしたアールは、そっと口の端を上げ、風真の頬に触れた。
「背景だけど、ちょっと一言いいかな?」
「背景は喋るな」
「最近の背景は喋るらしいですよ」
トキまで一緒になって、にこにこと笑う。
さりげなく風真に触れた手を離させるユアンと、口を噤んだアール。その遣り取りに、風真は小さく笑ってしまった。
「仲良しですね」
「……良くはない」
「悪くもないけどね」
「こうして話すようになったのは、フウマさんがいらしてからですよね」
トキの言葉に、二人は頷く。
「そうなんですか?」
「ええ。神子様の御使いに選ばれたとはいえ、私はお二方とは身分が違いますので、当たり障りのない会話しかしていませんでした」
「トキは神官だし同じ御使いだから気にしなくていいのに、と思ってはいたけど、俺も表面上の付き合いしかしてなかったね」
お互いにその距離感が丁度良くて、二人の仲は良い方ではあった。
「俺とアールは従兄弟だけど会ったら話すくらいで、特に仲がいいわけでもなかったよ。悪くもなかったけど」
「どちらかと言えば、良い方ではありましたよね。ユアン様がちょっかいを掛けて、殿下を不機嫌にさせる光景は微笑ましい時もありました」
「ヒヤヒヤする時の方が多かっただろ?」
「それは、ええ」
トキがクスリと笑う。
「そんな俺でも、アールの態度に口を出した事は何度かあっても、性格を叩き直そうなんて面倒な事をやろうとは思わなかったよ。どうせ俺が言っても聞かないだろうし、わざわざ俺がする事もないと思ってたからね」
アールの側には意見出来る父も母も婚約者もいて、彼らがどうにかするだろうと思っていた。
自分は部下を鍛える事が使命で、アールの事は自分の領分ではない。わざわざ時間と労力を割くほどの関係でもなかったのだ。
「それなのに神子君は、出逢ったばかりのアールにあんなに親身になって……正直、理解が出来なかったし面白い子だなと思ってたよ」
「フウマさんの度胸と粘り強さには、頭が下がりましたね。その熱意と他者を慈しむ美しいお心が、殿下のお心を動かしたのでしょう」
「今はまるで別人のようだよ」
「そうですね。出逢った頃の殿下でさえ、雰囲気が刺々しかったですし」
(ユアンさんとトキさん、普通に仲良かったんじゃ……)
昔話に花を咲かせる二人をそっと見つめた。
「神子君に会うまで、二人がこんなに面白い性格だとは知らなかったよ」
「私もです。お互いに興味がありませんでしたからね」
「アールに至っては、俺たちは置物だったな」
「定例会では静かにお茶を飲んで、挨拶もなく帰られる事が普通になっていましたよね」
(みんな、仲良かったんじゃ……?)
思い出話で盛り上がれるなら、と首を傾げるが、二人にとってはこうして話せるようになった事が、大きな変化だった。
風真に出逢うまでは、必要だから話していた。だが今は、必要ではない会話をして、それを楽しむ事が出来る。
「こんな日が来るとは思ってなかったよ」
「私もです」
二人はそっと笑みを零した。
そこで、今まで静かに聞いていたアールが口を開く。
「……今になって思えば、打算もなく親しげに話しかけて来たのはユアンだけだった。私に興味がない事を隠さずに、機嫌を取ろうともしなかったのはトキだけだった」
互いに興味がなかった。それは、アールにとっては特別な事だったのだ。
「王太子としてではなく、一人の人間として接してくれた。私は……大切な者たちに、冷たく当たっていたのだな」
視線を伏せると、長い睫毛が目元に影を作り、アンニュイな雰囲気を漂わせる。
(わ……すごい、さすが美形……)
憂いのある表情が絵になる。本当に変わったなと風真は感慨深く見つめるが、ユアンとトキは居心地悪そうにそっと視線を逸らした。
「アール……。……違うんだ。俺は、従兄弟に会ったから話してただけで、特に親しげにしたつもりはなかったんだ……」
「私も……そもそも身分が違いますし、私などと言葉を交わす必要性はないと思っていましたので、空気になろうと……」
当たり障りなく接していただけ。二人は妙な罪悪感に胸を押さえた。
「だからだ。私を、特別扱いしなかった。私の側にいれば甘い汁を吸えると考える者とも、権力を欲する者とも違った」
「それは……これ以上権力なんていらなかったから……」
「今の生活に満足していましたし……」
確かに他の者のように利用しようという気はなかった。そもそも利用出来る相手ではなく、アールを使って得たいものもなかった。あったとしても、アールを利用するなど面倒以外の何物でもない。
だが、そんな行動を良い方に捉え、“大切な者たち”と言われると申し訳なさのあまりダラダラと冷や汗が流れてしまう。
「二人はいつも嘘偽りない言葉で答えてくれた。今までの私は、それに気付けなかった」
美形の憂いを最大限に放って優しい物言いをする。少しくすぐったいな、と思いつつにこにこしている風真とは反対に、もうやめてくれとユアンとトキは笑顔のまま固まっていた。
「私が変われたのは、神子のおかげだ」
矛先が突然風真に向き、俺? と首を傾げる。
「まるで生まれ変わったように心が穏やかだ。神子のおかげで、私は大切なものに気付けた。心から感謝する。……フウマ、ありがとう」
「っ、う、うん、そう言って貰えて俺も嬉しいよ」
くすぐったい、と頬を染めて笑う。風真を見つめ、アールもほんのり目元を染めた。
(闇属性から光属性になったみたい……)
キラキラして眩しい。元からあるカリスマ性が更に引き出され、これなら皆に崇められる国王になれる、と風真は嬉しそうに笑う。
その光景にユアンとトキは、微笑ましさと擽ったさと感慨深さと、寒気が……と声には出さずに、自らの腕をそっと擦ったのだった。
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