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クエストクリア報酬4

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「……寝てた」

 翌朝。
 むくりと体を起こした風真ふうまは、グッと背伸びをしてベッドを下りた。
 冷たい水で顔を洗い、重い頭をすっきりさせる。ふと鏡を見ると。

「うわ、腫れてる」

 赤くなった目と、自分でも驚くほどにパンパンに腫れた瞼。慌ててタオルを水に浸け、固く絞って目に当てた。

「こんなの見せたら、心配されるよなぁ」

 ひんやりしたタオルが心地好い。これは今までで一番の腫れかもしれない。

「……心配」

 三人共が心配してくれると、当たり前のように考えている。以前なら更に不細工になったなと嫌味を言っただろうアールも、今ではただ心配してくれるだろう。

(まだ、納得も諦めもできないけど……)

 このままずっと泣き暮らしたところで、三人を心配させるだけ。
 ケイを憎んだとしても、憎む自分に自己嫌悪するだけだ。
 今はただ、心がついてくるまで深く考えないようにしたい。

(俺は、俺に出来ることをしよう)

 勉強をして、身体を鍛えて、魔物を討伐して、今はただ、それだけ。


 ――条件が達成されました。

「え?」

 ――クエストクリア報酬:愛ある慰め。

「愛?」

 慰めはともかく、愛とは何だろう。
 そう思ったところで、控えめなノックの音が響いた。


「フウマさん、起きてますか?」
「トキさん?」

 タオルを置いて、部屋の方へと戻る。

「神子君、ご飯を持ってきたよ」
「ユアンさんも?」

 ユアンも扉をノックした。
 どうしよう、と迷う。瞼の腫れたこの顔は、とても見せられない。

「フウマさん、そこにいらっしゃいますね?」
「えっ、どうして分かるんですかっ?」
「私は神職ですから」

 トキがくすりと笑った。
 扉とはまだ距離がある。それなのに神職だと位置まで分かってしまうのかと慌てる。
 だがトキはただ、洗面所の扉が閉まる音で起きていると分かっただけだった。

「えっと、その、まだパジャマなので……」
「今更だ。ここを開けろ」
「アールもいるっ」
「いたら悪いか? 四の五の言わずに、開けろ」

 どうしよう、とまた慌てる。だが今日は、扉を蹴ったあの時とは違い、ただただ優しい声だった。

「……ごめん、昼は、ちゃんと食べに行くから」
「無理に部屋を出ろとは言っていない。昼もまた運んでやる。だが、少しでも良い。顔を見せてくれ」

 優しいアールの声に、眩しい微笑みまで思い出す。
 柔らかく名を呼ぶユアンと、トキの声。二人の笑顔もいつも暖かかった。


(……会いたい、な)

 会いたい。
 みんなに、会いたい。

(でも、駄目だ……今開けたら、心配させる……)

 きっと皆、心配して、優しくしてくれる。その優しさを心が欲しがっているのに、心配させたくなくて。

(駄目、なのに……)

 それでも、少しだけならと、弱った心が脚を動かす。震える手がドアノブに触れ、そっと扉を開けた。
 小さく開けた隙間から覗くと、こちらを見つめる三人の姿。胸がぎゅうっとなり、飛びつきたくなる。でもそれは駄目だと俯き、衝動を抑えた。

「フウマさん、失礼します」
「えっ、わっ!」

 突然扉が動き、バランスを崩した体をトキが抱きとめる。
 状況が理解できないうちに、顔色を変えたトキに腕を引かれ、ソファへと座らされた。そしてそっと頭を撫でられる。

「タオルと水を持ってきますね。ユアン様、フウマさんに飲み物を」
「ああ」
「殿下は、……フウマさんを撫でていてください」
「撫で? ああ、分かった」

 それだけで良いのかと首を傾げながら、言われた事を律儀に守り風真の頭を撫で始める。

(アールって、真面目なんだよな)

 右隣に座り、真剣に頭を撫で続ける。それを見たユアンは笑いそうになり、咳払いをした。

「まずはお茶より、水分補給からだね」

 ユアンはグラスに持参したレモン水を注いで風真の左隣に座り、口元にグラスの縁を近付ける。仄かな柑橘系の香りが、沈んだ気持ちを少しだけ上向かせてくれた。

 半分ほど飲んだところでトキが桶に水を張り戻ってくる。そして水に浸したタオルを風真の目元に当てた。


(気持ちい……)

 ひんやりとした温度が、腫れた目と共に心を鎮めてくれる。
 結局、この顔を見られてしまった。三人に心配そうな顔をさせてしまった。
 心配してくれた事が、こうして世話を焼いてくれる事が、不謹慎だが嬉しいと思ってしまう。こんなにも優しくされて、大事に想って貰えて……。……そうされるのは、ケイだったはずなのに。

 彼がゲームを知らなければ、神子の役目を続けていたら、この暖かさを受けるのは彼だった。
 今自分がいる場所には、彼がいた。
 そして自分は、アールたちの事も知らずに、元の世界で生きて……。

(俺にとってアールたちは、ただのゲームの登場人物だった……)

 姉がプレイしていたゲームの、とんでもない攻略対象者たち。この世界に来なければ、ただそれだけの存在だった。

(もし、元の世界に戻れるとしたら……)

 そしたら、元のように画面の中だけの存在になる。数年後にポスターやグッズを見て、本当は優しい人たちなのに、と懐かしく思って……。

「っ……」
「神子?」

 横暴で冷酷な王太子は、実は真面目で嘘がつけないだけ。
 悪戯好きで執着心が強い騎士も、心配性で世話焼きなところがあって。
 一番危険な神父も、暖かく包み込んでくれる優しさがある。

 そう知るまでの日々を、共に過ごした時間を、ただ懐かしいと思い返せる日が来るのだろうか。
 今抱いているこの気持ちが、思い出のように薄れる日が来るのだろうか。

(俺……思ってた以上に、みんなのことが好きだ……)

 元の世界に戻ったら、二度と会えないとしたら、今度はこの世界を、アールたちの事を、恋しいと想い泣いて暮らすのだろう。


「神子君……」

 抱きしめてくれる力強い腕と、暖かな体温。落ちたタオルに吸い込まれていた涙が、ユアンの肩口を濡らした。
 髪を撫でるアールの優しい手と、名を呼び、労るように握ってくれるトキの暖かな手。

 こんなに、優しいから。
 こんなに、大事にしてくれるから。

(知らなかった頃にも、戻りたくない……)

 そう思うと、ストンと腑に落ちた心地がした。
 それは、由茉ゆまの言ったような恋心に気付くものではなかったけれど、大切な事に気付けるものだった。


「神子君……。何があったのかは、無理には訊かないけど……どこにも行かないで。お願いだから……ここにいて」

 ユアンの手が、まるで縋るように腕の中の存在を抱きしめる。震える声に、泣いているのかと風真はそっとユアンの背に腕を回した。

「君に残酷な事を言っているのは分かってる。言わないようにしようと思ったよ。でも……」

 そこで言葉が途切れ、頬を擦り寄せられる。

「フウマさん……」

 トキの悲しげな声と、アールが髪にキスをする感触。まるで、本当に帰る時のような……。

(……もしかして)

「あの……帰れる方法が見つかった、とかですか……?」
「……ケイとの話は、元の世界へ帰る手段ではなかったのか?」
「え、違うけど、もしかして勘違いさせた?」

 そう言うと、三人はピタリと動きを止めた。
 帰れると知っての嬉し泣きか、アールたちを置いて帰る心苦しさで泣いていたと思われたのだろうか。だから扉を開けるのを躊躇ったと。風真はそう、正しく解釈した。


「……じゃあ、神子君はどこにも行かない?」
「行かないですよ。俺は、……ユアンさんたちにこんなに大事にして貰って、好きになって貰えて、もうどこにも行けなくなっちゃいました」

 神子の役目がなくなったとしても、離れられなくなってしまった。風真はそっと目を閉じる。

「もし神様の気紛れか何かで帰れるとしても……俺は、この世界で生きていきます」

 言葉にすると、心の中に重く支えていたものが一つ、溶けて消えた心地がした。

(姉ちゃん、ごめん……)

 それだけは、一生消えない想い。それでも、この気持ちを分かってくれる。応援してくれる。そんな、悲しくて優しい確信があった。

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