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建国時の神子

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「でしたら……」

 ケイがぽそりと呟く。

「今からお話することは、偶然知ったことだと……信じてください」
「ああ、信じよう」

 あまりに軽くて心配になるんじゃ、と風真ふうまは思うが、ケイはそれで安心したらしい。

「……魔物は、この土地の気に引き寄せられております」
「この土地の? この森にか?」
「国土、全てです」

 アールは息を呑む。

「この国へ続く北以外の道は、魔物が嫌う鉱石で出来ております。北……そしてこの森には、その鉱石がないのです」
「ならば、北もその鉱石で道を造れば良いのか?」
「……北以外の道が出来たのは、いつ頃でしょう」

 静かな問い。アールは視線を伏せ、そっと息を吐いた。


「……そういう事か」
「え? どういう事?」
「国の北部は山だった。そこに道を通したのは、三百年前だ」
「うん」
「それ以外の道が出来たのは、建国時。つまり千年以上前だ。その頃にあり、今はない鉱石もあるが……問題は、鉱石の種類ではないのだろう」
「種類じゃないって……」

 二人だけ分かっているのもモヤモヤする。視線を伏せると、ケイが口を開いた。

「……建国時の神子様のお力が、今もこの国を守っておられるのです」

 やはりそうか、とアールは小さく呟く。混沌とした世界を鎮めた神子なら、魔物を寄せ付けない力を石に宿す事も出来るだろう。

「それなら、俺の力でも出来ますか?」

 国の殆どを守る力はなくとも、北側だけなら何とかなるかもしれない。
 だがケイはそっと首を横に振った。

「……鉱石は、……神子様のお体が、石となったものです。……青く輝く、美しい鉱石だったと聞いています」

 ケイは静かに答えた。


「じゃあ……俺も死んだら、石に……?」
「いえ、神子様は人としての死を迎えられるのではと」
「それなら俺は、この国を守れない……?」
「死んで守ろうとするな。生きて守れ」
「…………そう、だよね」
「私がお前を守るのだから、死なせはしない。自ら死を選ぶ事は許さないぞ」
「……うん、ごめん」

 両手で頬を包み、真っ直ぐに風真の瞳を見据える。その光景に、ケイは唇を震わせた。
 これが、あの王太子。横暴で冷酷な面はなく、以前会った時よりも柔らかで人間らしくなっている。何より、神子にだけ……。
 ケイはグッと拳を握り、フードの下から二人を見据えた。


「この国の気は、魔物を活性化させます。決して中に入れてはなりません。北以外の道を掘り起こす事もなさらないでください。討伐は今まで通りの方法で続けていただくようお願いいたします」
「ああ、分かった。……採掘場の鉱石がすぐに回復するのも、土地の力か? 神子の力か?」
「それは、土地の力です。建国の神子様のお力は、国を守る以外には作用しません」
「そうか。だが何故お前がそのような事を、……偶然知ったのだったな」

 愚問だった。アールは小さく息を吐いた。

「僕の話を、信じてくださるのですか……?」
「魔物の襲撃状況と今の話の内容から、疑う必要性を感じないからな。嘘だとしても、こちらに不利益はない」

 冷静に答える。知ったところで、今までと何も変わらない。
 国の土を全て入れ替える事も出来ず、北の道に神子を埋めたとしても効果はないのだろう。元より魔物を中に入れる気もない。
 気を付けるとすれば、北以外の道を掘り返さないようにするだけだ。

「だが、魔物が北側からのみ襲ってくる理由が分かりすっきりした」

 本気ですっきりした顔をするアールに、ケイは一瞬息を呑み、「お役に立てて良かったです」と小さく呟いた。


「ぁ……あの……恐れながら、ひとつ、お願いが……」
「何だ?」
「……神子様と、……二人きりでお話したいことが、ございます」
「俺?」

 風真はキョトンとする。

「いいですけど」
「駄目だ」
「えっ」
「二人きりにする訳にはいかない」
「う、うーん……すみません、誰か一緒じゃ駄目ですか?」

 困ったように言うと、ケイはふるふると首を横に振った。

「……神子様の、世界のことですので」
「世界、って……」
「他の方に聞かれると、神子様の不利益になるかと……」

 神妙な声。風真はアールへ視線を向けた。
 元の世界へ帰れる話かもしれない。真っ先にそれが頭に浮かんだ。アールも同じ事を考えたのか、眉間に皺を寄せる。

「アール、お願い。話を聞くだけだから」
「だが、二人きりにさせる訳には……」

 そう言ったところで、黒の瞳は引かないと訴えている。こうなった風真は何がなんでも実行に移すだろう。
 光で目眩ましでもされて逃げられるよりは、扉の外に護衛を配備した場所を用意する方が安全だ。アールは深く溜め息をついた。


「ケイ。顔を見せろ」
「……承知しました」

 それで許可が貰えるなら。ケイは二人にだけ見えるように、そっとフードを外した。

「っ……主人、公……?」

 風真が唖然として声を零す。
 髪も瞳も薄い茶色だが、その顔は、確かに……。

「知っている者か?」

 アールの問いにも答えられないまま、ケイを見つめる。
 知っている。今、はっきりと思い出した。

「なん、で……?」

 震える唇から紡がれた言葉。
 ケイはただ、寂しげな瞳を、そっと伏せた。

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