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討伐クエスト4
しおりを挟む数日後。
久々の討伐要請は夕方だった。
紅い陽に照らされた魔物の禍々しい姿に、風真は眉をしかめる。
「確か、あれ……ええっと、……マンティコアっ」
由茉から聞いていた名だ。
体は獅子で、顔は老人のような人間の顔。ぬめりのある翼と、サソリの尾を持った魔物。動きも素早く、第一部隊の騎士ですら苦戦する相手だった。
「ユアンさん、みなさんを下がらせてください」
風真がそう言うと、ユアンは退避命令を出す。
……だが。
「ぐっ!」
逃がすまいと振るわれたマンティコアの尾が、騎士の肩に突き刺さった。
「が……、ぁ……」
「なんだこれはっ……」
致命傷ではなく、血の量も多くない。それなのに、負傷者はもがき苦しみ口から泡を吹き始めた。
「っ、尻尾に猛毒があるんですっ」
風真の声で、医療班が解毒剤を打つ。だが強い毒は効果を僅かに弱めるだけだった。
(解毒能力ないの!?)
ピコンッと音がして、解毒の文字が現れる。すぐさまそれを選ぶと、毒を受けた騎士を光が包み込んだ。
(治療はっ?)
――出来ません。
(神子なのにっ?)
――出来ません。
淡々とした声に、風真は唇を噛み締める。騎士の肩からはまだ血が流れている。気を失い、顔も真っ青だ。
「すみませんっ……、俺に治癒能力は……」
「充分だよ。ありがとう、神子君。彼を救ってくれて」
ユアンは風真の頭を撫で、額にキスをする。優しい笑みを残して、他の騎士たちの負傷状況を確かめに行った。
「神子。魔物の浄化を」
「っ、うん!」
グッと涙を拭い、顔を上げる。
神子の役目は、魔物を浄化する事。冷静なアールの声に、気持ちがスッと落ち着いた。
目の前に現れた画面。そこには、通常の“祈り”の文字しかない。
深い祈りも、最大の祈りもない。それで倒せる相手には見えず、風真は動揺した。
「神子様、援護しますっ」
「ケイ君!?」
突然現れたケイに驚いている間に、ケイは大きな火球を作り出す。風真も慌てて祈りの選択肢を選んだ。
光に包まれる魔物に、ケイは炎をぶつける。二つの力が混ざり合い、黄金の炎の柱が天まで昇った。
「何度見ても、これは……」
アールが小さく呟く。あまりに強大な力。他国が知れば、喉から手が出るほどに欲するだろう。
だが、それを阻止するのが使いであり、王太子としての役目。神子である風真と……炎の力を持つあの人物を、他国へ渡してはならない。
魔物が消滅し、騎士たちは歓喜に湧く。その声を背後に聞きながら、風真はそっと息を吐いた。
「神子。良くやった」
「うん、ありがと……」
素直に褒められ肩を叩かれると何だか恥ずかしくて、そっけない返事になってしまう。それでもほんのりと染まった目元に、アールはそっと目を細めた。
風真の頭を撫で、アールはケイの元へ。ビクリと震えるケイを見下ろし、これ以上怯えさせないようにとゆっくりと言葉を紡いだ。
「ケイ、と言ったか。助力、感謝する」
「っ……、はい……」
(名前呼んだ……)
あのアールが。
胸に嫌な靄が生まれ、無意識に胸元を押さえた。
だが、名前で呼ばれていないのは自分だけだと気付く。そして、最近は二人きりの時は呼んでくれると思い直し、細く息を吐いた。
「その力のおかげで、神子が強力な力を使わずに済んだ。出来れば今後も援護を頼みたい」
「……僕で、お役に立てるのでしたら……」
「助かる。ならば神子の援助者として、王宮に部屋を用意させよう」
「っ……、それはっ……」
「討伐時に現れるなら、この辺りに住んでいるのか?」
「っ、その……」
「ああ、家族がいるなら彼らには」
「アール!」
「神子?」
突然腕を掴まれ、アールは目を見開く。
「何を怒っている?」
感謝を伝え、口調も抑え、威圧的にならないよう言葉も選んだ。それなのに何故怒っているのか。
目を瞬かせるアールに、風真はハッとして手を離した。
(俺、なんで……?)
何を怒っているのか、自分でも分からなかった。これが怒りなのかも。
「えっと……なんか、ごめん、勢い余った」
「怒ってはいなかったのか?」
「うん。ケイさんの意見も聞かないと、って言おうとしただけだよ」
「……そうか。そうだったな」
アールは納得した様子を見せる。つい最近、俺の意見も聞いてくれるようになったと褒められたばかりだった。
「王宮で暮らす気はないか?」
「……申し訳ありません。僕は……魔物が近付けば、すぐに駆けつけられますので……王宮には行けません……」
「そうか。ならば、それで良い。……困った事があればいつでも訪ねてこ……来てくれ。支援は惜しまない」
気遣いと口調。アールは言葉を選びながら口にする。
ぎこちないが、アールは嘘をつかないと知っている風真は今度は嬉しそうにその姿を見つめた。
(さっきまでモヤモヤしてたのに、変なの)
すっかり元通り。風真はそっと息を吐いた。
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