比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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訓練場

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 その勢いのままに、風真ふうまは訓練場を訪れた。
 今日は体力強化に努めたいと護衛に伝えると、案内されたのは、第一部隊が使用している場所だった。
 離れには本格的に運動出来る場がなく、王宮と離れの間にあるここが神子の使用可能な場所らしい。

(図書室がアール、訓練場がユアンさんかな)

 ゲームで行き先を選択してイベントが起こる画面を見た事がある。トキは教会で、どれを選んでもハードなイベントが起こる仕様だ。

(いや、まあ……今は起きないかもだし?)

 今朝あんなことがあって、それでも手を出してくるなどないかもしれない。
 あったとしても、今日は走り込みをして体力強化するんだ、と強い意志を持って訓練場に脚を踏み入れた。


 広々としたそこには陸上競技場のようなトラックがあり、中央では騎士たちが剣術の稽古をしている。

「神子様!?」

 運動着を着た風真の突然の訪問に、騎士たちがざわつく。昼のこの時間、当然騎士たちも使用している。
 護衛からは、「共用となりますがご容赦ください」と事前に伝えられていた。騎士たちも、神子が使用する事もあると理解していると。
 それでも、全員に驚いた顔を向けられると戸惑ってしまう。

「えっと……突然お邪魔してすみません、俺も一緒に使わせていただいてもいいですか?」
「勿論です!」
「神子様、いらっしゃいませ!」
「こちらへどうぞ!」

 居酒屋みたいだな、と思いながら、騎士たちの方へと歩いていく。するとすぐに囲まれた。

「今日は走り込みですか? 剣術稽古でしたら、私たちがお教えしますよ」
「剣術稽古っ、お願いします!」

 すぐさま食いつき、キラキラした瞳で騎士を見上げる。
 うっ、と後ろで声がする。見つめられた騎士も笑顔のまま内心で悶えた。この屈強な男どもの中で見るにはあまりに眩しい。
 騎士は一つ咳払いをする。


「神子様は、剣を握った事はありますか?」
「いえ、それが、一度もなくて。元の世界では博物館に展示されてるのを見たくらいしか……」
「そうですか。神子様の世界は、素晴らしいところだったんですね」

 皆、安堵して、神子様に相応しい世界だと賞賛した。
 実際に戦っている彼らに対して不謹慎だったと風真は眉を下げるが、騎士たちは風真の世界が危険ではなかった事に心から安堵していた。

「でしたら、まず持ち方からお教えしましょう」

 騎士がそう言うと、もう一人が新しい剣を差し出す。

「軽量鉄の刃のない剣ですが、当たるとそれなりに痛いので扱いにはお気をつけくださいね」
「はいっ」

 風真は剣の柄をギュッと握った。
 刃がなくとも見た目は剣そのものだ。テンションが上がり、ワクワクしながら刀身に顔を映したり、刃を触ったりする。
 その姿を騎士たちは、まるで初めて剣を持った息子を見るような微笑ましい表情で見つめた。

(異世界で勇者体験!)

 勇者のように剣を掲げて、満足そうに剣を下ろす。本物の騎士が練習に使う剣でこれが出来るなど、素晴らしい異世界体験だ。


「あっ、すみませんっ、ついテンションが上がってしまってっ」

 風真が我に返り騎士たちに視線を向けると、口元を押さえ悶えていた者たちはスッと姿勢を正した。

「いえ、剣を手に馴染ませるには形状を知り、沢山触れるのが一番ですから」

 騎士はにっこりと笑い、風真の剣の刀身を持ち上げた。

「では、まず持ち方ですが、左手を……」

 風真の手を取り、正しい位置で掴ませる。もう一人が隣に立ち、見本を見せてくれた。

「剣を振るうのは力より、重心を意識して……」

 言葉でのアドバイスを受け、目の前ではお手本を見て、風真はその通りに剣を振るう。
 関節の動かし方や、筋肉で力を込める部分、脚の位置や姿勢も、触れながら調整していく。
 最初におかしな癖が付くと後々直しづらい。筋肉も傷めやすくなる。だからこその教え方だが。

「副隊長、教え方は上手いんすけど……」
「神子様にあれは……」
「隊長に見られたら大変だよなぁ」

 他の騎士たちが囁き合う。教えられる側が気にしないなら、初心者には最も分かりやすい教え方ではある。
 見たところ風真は気にしていない。それどころかみるみる形が良くなっている。どうやら体で覚えるタイプのようだ。

「神子様が気にしてないなら、まあ……」
「隊長にバレなければ、まあな……」

 相手との剣の合わせ方まで覚え、キンッ、と鳴る金属音に瞳を輝かせている。そんな風真を前に、水を差すような事は言えなかった。


「神子様は飲み込みが早いですね」
「ありがとうございます! とても分かりやすく教えていただいたおかげです!」

 元気に返す風真に、騎士……副隊長は嬉しそうに笑う。部下なら良いのにと思うほど教え甲斐のある子だとばかりに。
 その後もしばらく打ち合いをして、良い運動だったと思える程度で副隊長は稽古を終わらせた。普段使わない筋肉を使う剣は、最初はやりすぎると筋肉を傷めやすくなる。

「神子様は体力も柔軟性もありますし、後は体幹を鍛えるともっと動きやすくなりますよ」
「体幹……」
「鍛えるには、やはり乗馬ですね」
「お勧めっすけど、アール殿下がお許しになるかですよね!」
「殿下もですけど、隊長も過保護なとこありますしねぇ」
「俺たちと扱いが違い過ぎるよな」

 だよな、と笑い合う。

「そんなに違うんですか?」
「そりゃもう、神子様にはデレデレですからね。俺たちなんて特訓厳しすぎて倒れてたら蹴られるくらい雑な扱いですよ」
「いい人には間違いないんですけど、野郎の扱いはほんと雑で」
「だよなぁ」
「……俺も男なんですけど」
「神子様は神子様ですから」

 な、と今度は頷き合う。
 そして急にピタリと動きを止めた。


「……神子様は、神子様で」
「王族と同等の地位のお方と、分かってはいるんですが……」
「なんだかこう、……息子のような可愛さがあり、つい」
「えっ、急にどうしたんですか?」
「……酒の席では無礼講もありますが、ここはそうではありませんので」

 神子様は神子様。自分たちの言った言葉でふと不安になる。
 討伐で気が昂ってもいない、酒も入っていない神子に、この態度はどう思われているのかと。


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