比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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突然の通話

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「姉ちゃん……、なんか、ゲームと違ってきた……」

 アールが恋愛の意味でデレるのは、まだまだ先だと聞いていたのに。

 あの後、アールにまた丁寧に謝罪され、もう二度と酷い扱いはしないと誓ってくれた。
 眠るまで傍にいたいと言われ、動揺のあまりスッとベッドに横になると、そっと布団を掛けられ、髪を撫でられた。
 あまりの甘い雰囲気に思わず目を閉じ、寝たふりをすると、おやすみ、と優しい声と共に髪にキスをされた。

 アールは恋愛など知らず、好きだと気付いたのはさっきのはずが、この完璧な甘さと仕草。
 天才はこんなところも天才なんだな、などと動揺した頭で思ったが、今思えば、寝たふりだと気付いて気を遣ってくれたのかもしれない。

(優しいんだよなぁ……)

 気遣いを覚えてからは、みるみる優しさを発揮してくる。やはり天才は天才だ。


「何かあったの?」

 由茉ゆまの心配そうな声が聞こえる。
 アールが出て行き、すぐに通話ボタンが現れた。画面は今回は空気を読んでくれた。頭の中がぐちゃぐちゃで、今すぐに姉と話したくてたまらなかったのだ。

「まだ討伐三回終わったとこだけど……アールが、めちゃくちゃ甘い……」
「えっ、もうっ?」
「うん……。アールに好きって言われて、すごい優しい声とキラッキラした微笑み向けられて……」

 親である国王ですら腰を抜かすのではと思うほどの微笑みだった。まるで少女マンガのキラキラ背景を背負った王子様だ。

(いや、王子様だけどさ……)

 最初の頃の横暴王子はどこへ行った。

「ゲームでは、討伐五回終わったところでそうなるはずだけど……」
「だよねぇ……」

 まだ、討伐二回分も時間がある。

「なんか……もしゲームの力でそうなってて、無理矢理俺を好きになってくれたなら……申し訳なくて……」

 主人公は真逆の人間に変わった。それなら、自分を好きになる必要はない。
 男が恋愛対象ではない三人共が好きだと言ってくれるなど、彼らの気持ちを捻じ曲げているのではないか。
 そう思うと、申し訳なくて……胸が痛かった。


風真ふうま。そんな風に考えるのは、彼らに失礼だよ」

 由茉は迷いもせず、強い口調で風真を窘めた。

「ゲームと違ってきたなら、その流れを変えるほどの想いだと私は思うよ。彼らは、ある時突然優しくなったわけじゃないでしょ?」
「……うん」
「風真は、自分で思ってるよりもずっと魅力のある人間だよ。そんな風真と過ごして、その時間の中で好きな気持ちが積み重なっていったんじゃないかな」

 好きだと気付くのは突然だとしても、そう想えるまでに積み重なるものがある。

「ゲームの強制力じゃなく、風真のことを知って、彼らの気持ちで好きになったんだと私は思うわ」

 風真が彼らとの生活を楽しそうに話してくれる声を、ずっと聞いてきた。そんな風に楽しいと思って過ごしてくれる相手を、好きにならないはずがない。
 それが恋でも、友情でも、芽生えた感情は本物だ。

(俺のことを、知って……)

「……そう……だったら、嬉しい……な」

 誰かに好きになって貰える事が、嬉しい。それが彼らである事が、嬉しい。
 その喜びがどんな感情からくるものか、まだはっきりとは分からないけれど……。


『君の事が可愛くて仕方ないんだ』

『俺は本気だよ。……フウマを、愛してる』


 突然ユアンの声が脳内再生され、ビクリと震える。


『部屋に飾るなら、お前の好きなものが良い』

『私は、もっとお前の事が知りたい』

『……お前の全てが、愛しい』


「んあ~~っ!」
「風真っ?」

 アールの甘い声まで再生され、顔を覆って悶えた。


『ん……、上手だよ、神子君』


 の声と光景まで蘇り、芋蔓式にトキとのあれこれも蘇る。

「うあーっ、わあーーっ!」
「ちょっと風真っ?」

 由茉の焦る声が聞こえた時は、例のおもらし事件の光景だった。

「あーっ、姉ちゃんっ、そういえば、唯一の良心って言ってたキャラはっ?」

 話題を三人以外に向けたくて、思い出したのがそれだ。確か攻略対象は三人以外にもいた気がする。

「うーん、風真が恥ずかしい時に逸らす話題、時々地雷踏みがちなんだよねぇ」
「えっ、ごめんっ」
「私はいいのよ。でも、彼らの前で他の男の話題とか出したら嫉妬されるし怒らせると思うから、気を付けなさいよ?」
「うんっ」

 元気な返事が返るが、きっとその時になると言ってしまうのだろう。風真は天然なところがあるから。由茉は困ったように笑った。


「ジェイはね、全ルートクリア後に現れるエクストラモードよ。今までごめんね、って意味でただただ普通に溺愛されるやつ」
「クリア後?」
「そう。召喚の間に召喚された時点で、ジェイルートは閉鎖されてるの」

 最初からジェイルートで始まるのではなく、アールたちに出逢った時点で、風真はもうジェイルートには入れない。

「召喚じゃなく、主人公が事故に遭って森の中に転移して出逢うのよ。ジェイは王都の外れで食堂をやってる設定なんだけど……、今はジェイルートじゃないから、そこにはいないかもしれない」

 他の三人のルートの時は、ジェイの話は一度も出ない。ジェイは御使いではなく、ただの一般人だ。当然権力者とは接点がない。

「そっか……」
「風真。ジェイに会いたいの?」
「……会えるなら、会ってみたいかな」

 少し考え、そう答えた。

「普通にただ溺愛してくれる人って、どんな人なんだろうって気になるし……。こんな旦那が欲しいって姉ちゃんが言ってたから、男としては、そう思われる理由を知りたいなって……」

 ユアンかアールを選ぶにしても、女性になるわけではない。男として、結婚相手としての魅力を見て学びたかった。

「……風真は、風真のままでいいのよ」

 風真は真剣だ。料理上手で毎日ご飯作ってくれる旦那いいなー、と軽い気持ちで言ったなどとは言えない。
 それに、確かにジェイは男としての魅力があり、他の攻略対象と違い、筋肉隆々で線の太い男前だ。それこそユアンより体格が良い。男も惚れる男を体現しているような人物だ。


「ジェイに会ったら、風真も好きになるかもね」
「っ……」
「風真?」
「……どうだろ。俺、好きって何なのか分からなくなってて」

 ジェイに会って、好きになったら。そしたら、ユアンとアール、どちらも選ばない事になる。
 一緒に過ごして、好きだと言ってくれた。彼らの気持ちを蔑ろにする事など……。

「……俺、ジェイには会わない」
「二人のどちらかを選ばないといけないから?」

 由茉の言葉に、妙な違和感を覚えた。

(選ばないといけない……?)

 他の選択肢があっても、彼らのうち一人を選ぶことが“義務”のように聞こえる。
 ジェイに会ってどう感じるかは、会ってみなければ分からない。もし由茉の言うように好きになってしまったらと、その可能性に怯えたのは……。

「……多分、俺……どっちも、好きなんだ」

 ぽつりと呟いた。

「アールとユアンさんだけじゃない。トキさんのことも……三人のことが好きだから、他の誰かを一番にしたくない」

 そう気付けば、ジェイに会ったところで恋に落ちるなどないと思えた。
 だが。


「……誰が、恋愛の好きなんだろ……」

 気付いたのは、三人の事がこの世界で何より大切だという事。好きになるなら三人以外は嫌だという事。

「どうしよう……」
「どうもしなくていいよ。今はね。いっぱい考えて、いっぱい悩んで、そのうちにきっと、好きだなって腑に落ちる瞬間がくるから」
「姉ちゃん……」
「出逢った瞬間に運命の人だって分かるなんて、そうないと思うよ。オメガバの世界じゃないんだから」
「オメガバ?」
「あ、こっちの話」

 由茉は誤魔化すように笑った。

「私も、何年も経ってからだもの。あんなに一緒にいたのにね」

 両親が亡くなった時も、風真と引き離されるかもしれなかった時も、仕事で疲れて自暴自棄になりそうだった時も、ずっと傍にいてくれた。全てを受けとめて、包み込み、励ましてくれた。
 それでも恋だと気付いたのは随分後で、「由茉ちゃん、やっと気付いてくれた」と言われたのだ。こちらが気付かない気持ちを、彼はずっと前から知っていたらしい。


 姉弟だな、と思う。
 風真の気持ちもきっと、彼らの方が先に知る事になるのだろう。

「風真はただ、素直でいればいいのよ」

 素直に受け入れて、感じて、心の声に耳を澄ませばきっと分かる時がくる。

「それでも頭で考えるなら、この人になら全てを見せられる、この人となら苦労してもいい、一緒に生きていきたい、一緒に幸せになる道を探せる……。そう思えたら、それが運命の人だと私は思うわ」

 突然降ってくる運命ではなく、二人で過ごす時間の中で、紡ぎ上げる運命。それは何より強い絆だと思えた。


(運命の人……)

 由茉の言いたい事は、風真にはきちんと伝わった。運命になるまでを、傍で見てきたから。
 姉と義兄あにのような絆を、運命を、自分も作り出す事が出来るだろうか。

(俺も、姉ちゃんたちみたいになりたい)

 互いを信頼し、想い合い、幸せだと笑い合える、そんな関係に。

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