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解除

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「それはそうと、見え方はどう?」
「まだちょっとぼやけて……あ、見え……あれ?」

 一瞬見えたものの、またぼやける。

「量は足りてるはずだけど……」
「ちょっと待ってください、見えそう、見えそう」

 もう少し摂取しておこうか、と言い出す前にユアンを止める。

「見えそう~、見え……もうちょい、あとちょっと」

 ゲームなら、摂取したらすぐに回復して欲しい。それこそポーションのような即効性を期待していた。
 じわじわと霧が晴れていく感覚はあっても、まだ見えない。こんなところをリアルにしなくても良いのに。


「見え……、見えました!」

 霧が完全に晴れ、ユアンの顔がくっきりと見えた。

「っ、近いです!」

 イケメンの突然のアップは心臓に悪い。思わず押し返すと、ユアンはその手を掴み、顎も掴んで顔を近付けてきた。

「本当に見える?」
「ひえっ、みえ、ます」
「目を逸らさないで。ちゃんと俺を見て?」
「見てますっ、もうしっかり見ました!」

 ただ添い寝した朝とあんな事をした後では、ユアンの見え方が違う。恥ずかしい。居たたまれない。ギュッと目を閉じると、瞼に柔らかいものが触れた。

「ちょっ……」
「治って良かった……」

 抱きしめられ、風真ふうまは言葉を失くす。
 心配してくれていた。その事が嬉しくて、申し訳なくて、良かったと繰り返すユアンの背に、躊躇いながらそっと腕を回した。

「使いとしての力で分かっていても、本当にこんな方法で治るのか疑ってたんだよ」
「それは、……すみません、俺もです」

 いくらゲームの設定とはいえ、現実で効果があるのか少しだけ疑っていた。

「本当に治療薬だったんだ。
「強調しないでくださいっ」
「今、神子君のお腹の中にいるんだね」
「あの、言い方」
「俺と神子君の子なら、元気な子に間違いないね」
「元気そうですけど、これで出来てもミラクルすぎてちょっと」

 キスで子供が出来ちゃう! と似たものを感じる。
 そっと体を離し、腹を撫でられ、本当にいるみたいな事されても……と困ってしまう。そもそも神子の子は、女性のように腹で育てるものなのだろうか。


「このまま子供が出来ないかな……」

 ユアンの手が、愛しげに腹を撫でる。

「君との子が、欲しいよ」

 家族の暖かさなど知らない。家族などいらない。ずっとそう思っていた。だが彼との子が欲しいと願ってしまう。彼とならきっと、彼の言う温かで優しい家庭が築ける。

「ユアンさん……。あの、俺……」

 どう返せば良いだろう。否定も肯定も、今は出来ない。まだ答えは決まってない。
 戸惑う風真に、ユアンはそっと笑った。

「やっぱり神子君の瞳は、忙しなく動いてる方が可愛いよ」
「ふぇっ?」
「見えるようになって本当に良かった」

 頬を両手で挟まれ、もみもみと捏ねられる。

「柔らかいなぁ。神子君はまだ子供だし、家庭を持つ話なんて気が早すぎたね」

 子供じゃないと言いたくても、口の端まで捏ねられて上手く口が開かない。
 可愛い、とまた抱きしめられ、風真はホッと息を吐いた。

 ユアンは優しい。風真が戸惑うと、気を遣わせないよう誤魔化してくれる。そんなユアンが零すのは、溢れて零れ落ちた想いだ。

(好き……って、返せればいいのに……)

 こんなにも求めてくれる人に、答えを返せない。この暖かさに好意を感じていても、それがユアンと同じものか、今はまだ分からなかった。


「神子君、ごめん……」

 ユアンの手がそっと背を撫でる。

「俺が自分でして、出す時に飲んで貰えば良かったんだけど」
「え……あっ!」
「俺も気付いたのはさっきなんだ。神子君に咥えて欲しいあまりに、気付けなかったよ。ごめんね」
「いえ……俺も、全然気付きませんでしたし……」

 衝撃だ。普通に、最初から咥える気しかなかった。自分のモノとは違う大きさと固さに憧れたりして、普通にえっちな事をしてしまった。
 体液摂取なら、ただ飲めば良いだけ。それなのに。

(なんかもう、俺、駄目すぎる……)

 アレからの摂取なら、咥えなければ。気持ちいいからもういいや……など。考えが及ばなかった事より、気持ち良い事に弱くて思考停止など、駄目すぎる。ガクリと項垂れた。

「……ユアンさんは、気持ちよかったですか?」
「っ、それは、勿論だよ」
「それなら良かったです……」

 ユアンが良かったなら、それで良しとしよう。


「でも次は摂取のみでお願いします……」
「次も俺を選んでくれるんだ。嬉しいな」

 頬を撫でられ、頬にも目元にも柔らかいものが触れる。ついでに頬も頭も撫で回された。

「嬉しいけど、邪気が溜まらないように気を付けようね」
「そうでした」
「俺がお祓い出来ればいいんだけど」

 残念そうに言うユアンに、そうですね、と返す。
 溜まる前に定期的にトキにイタズラ込みのお祓いをされるか、邪気が溜まってからユアンの体液摂取をするか。
 回数で言えば後者の方が少ないが、前者は体液を摂取しなくて済む。

(究極のニ択……)

 粉薬のようににジャムでも塗れば美味しくいただけるのだろうか。そう考えてから、人様の大事なモノになんてことを、と頭を抱えた。
 腹を括って、おとなしくお祓いを受けよう。トキもそう何度もイタズラはしてこないかもしれない。そう信じたい。


「ユアンさん、ありがとうございました」

 まだお礼を言っていなかった事に気付き、風真は深々と頭を下げた。

「こちらこそ選んでくれてありがとう、神子君」

 頬を撫で、甘い瞳で見つめる。

「俺を選んだのは間違いじゃなかった?」
「はいっ」

 好きだと言ってくれる事への申し訳なさは消えないが、ユアンを選んで良かったと心から思う。

「それじゃ、治療薬を提供したお礼を貰っておこうかな」
「え? わっ、わ!」

 服を捲り上げられ、腹と胸元に唇が触れる。それから、首筋にも。
 熱い吐息とチクリとした感覚だけで、他は何もされずに服を整えられた。

「やっぱりいいな。神子君は俺のもの、っていう証」
「証?」

 風真は整えられた服を捲り、腹を見る。そこには紅い痕が二つ。胸元にも二つ。

「あっ、キスマーク! こうやって付けるんですねっ」
「え……神子君、知らなかったの?」
「はい、ぼんやりとしか。そっちの知識はほとんどなくて」
「……そっか。……そうだろうね」

 知っていたら、脚にも付けた朝に、もう少し慌てたり恥ずかしがっていたはず。
 だが今も平然と……いや、感動すらしている風真が、果たして恥ずかしがってくれるだろうか。

「もう少し雰囲気出して付けた方が良かったかな」

 もっと厭らしく、これは性行為の一部だと分からせるように。
 それでも、紅い痕に触れて「鬱血かな、痛くない……」とツンツンしている風真を見ると、ずっとこのままでいて欲しいような、複雑な気持ちだった。

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