55 / 270
邪気
しおりを挟む翌日。
少し早めに起きて、朝食前に一緒に果物を食べた。風真が夢の報告をすると、願った通りの幸せな夢が見られて良かったとユアンは嬉しそうに笑った。
ユアンがいる朝も、三度目にもなれば慣れたもの。それに今日は二人とも服を着ている。
慌てもせずただ楽しそうな風真に悪戯する気にはなれず、ユアンはしばし話をした後で、頭を撫でるだけで部屋を出た。
また朝食で。そう言って次にこの部屋を出るのは、恋人になった後ならいいなと思いながら。
ユアンを見送り、風真はふと気付く。扉の外の護衛に、大人の意味で朝帰りと誤解されてはいないか。
どうしようと慌てるが、有能な彼らは何も見なかった事にしてくれるはず。実際に、ユアンとは何もなかった。堂々としていればきっと誤解だと思ってくれる。
だが部屋を出る時に気合いを入れすぎて、普段より元気に挨拶をしてしまった。
風真がしまったという顔をした事で、護衛は確信してしまった。ユアンが部屋を出る時に「俺がここにいた事は内緒だよ」と意味深に笑った事もあって。
それでも優秀な護衛は、おはようございますとだけ告げて、普段通りの表情で食堂まで風真を送った。
(多分、誤解って分かってくれた……!)
残念ながら誤解は解けるどころか加速しただけだった。
・
・
・
その翌日。
「うあー……、これが視界がぼやけるってやつか……」
朝食後にベッドの上で本を読んでいると、突然薄い霧が掛かったように視界がぼやけた。
「……いや、見えないし」
視界は徐々に濁り、磨り硝子越しのように物の輪郭しか判別出来なくなった。ひとまず側に本を置き、布団の中に潜り込む。
(落ち着け……、落ち着いて考えよう)
ふかふかの布団の中。目を閉じれば多少気持ちは落ち着いた。
ヒュドラ討伐後に、トキにお祓いして貰った。それ以降は視界に不調はなく、……いや、昨夜、少しだけ目の疲れを感じた気もする。
「やっぱりあの遠隔討伐かなぁ……」
荷物も遠くに届ける方が料金が高い。疲れる分、邪気が溜まりやすくなるだとか、そういう事だろう。だから疲れてその後眠ってしまったのだ。
「そりゃ強い魔物には使えないよな」
――……。
「んあー、文字見えない」
ピコンッと音は聞こえた。何かがある気はするが、文字など当然見えない。
何度か視界がチカチカして文字が変わっている事は分かった。それでも何も見えないまま、メッセージウィンドウらしい輪郭は消えた。
「見えないってばー」
もう、とまた布団に頭まで埋まり、体を丸める。
(……見えない)
聞いていた通り、これでは行動不能だ。部屋の中でも躓いて転んでしまうかもしれない。
(姉ちゃん、怖いよ……)
体は元気だというのに、視界だけが奪われている。もし一生このままだったら……。そう考えてしまうと、心拍数が上がり息苦しさに胸を押さえた。
これ以上独りでいたら、不安に押し潰されてしまいそうだ。
(誰か……)
誰かに、傍にいて欲しい。
ふと浮かんだのは、三人の顔。解決法は分かっている。方法は一つしかない。
三人のうち誰かの、体液を摂取する。
「誰の……」
風真は唸る。
トキは、遠隔討伐の事を知らない。話したところで、お祓いで邪気を払い切れなかったせいかもしれないと悔やむだろう。それは、悪戯をされるよりつらかった。
アールはここでスチル回収……無理矢理アレを突っ込まれる可能性もあるにはあるが、今のアールは、心配のあまり有無を言わせず突っ込みそうだ。
アールを心配させたくない。弱った姿を見せづらいし、頼みづらい。
残るはユアンだが……。
(好きって言われた、けど……)
しっかり状況を説明すれば、他の二人より冷静に理解して貰えるのではと思えた。それでも、本気の好意を踏みにじる事にならないか。風真は心の底から悩んだ。
この世界へ来た頃とは違う理由で、三人とも選べない。それでも選ばなければ、一生このままだ。
「……あの! 護衛さん、聞こえますか!」
扉が何処にあるかも見えない。大声を出すと、外から護衛の声が返ってきた。
「呼んできて欲しい人がっ……」
その名を告げると、護衛は室内にも聞こえる声で「すぐにお連れします!」と答えてくれた。
42
お気に入りに追加
825
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~
朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」
普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。
史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。
その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。
外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。
いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。
領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。
彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。
やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。
無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。
(この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)
仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~
天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄
番外編は11月末までまだまだ続きます~
<あらすじ>
「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」
過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。
二人は親の再婚で義兄弟になった。
ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。
アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ?
柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。
果たして……。
<登場人物>
一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり
戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。
義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。
弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。
一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ
以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。
佐々木 晶 柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。
柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。
この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。
第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に
進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡
☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて
頂きました。根強く愛していただいております。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる