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邪気

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 翌日。
 少し早めに起きて、朝食前に一緒に果物を食べた。風真ふうまが夢の報告をすると、願った通りの幸せな夢が見られて良かったとユアンは嬉しそうに笑った。

 ユアンがいる朝も、三度目にもなれば慣れたもの。それに今日は二人とも服を着ている。
 慌てもせずただ楽しそうな風真に悪戯する気にはなれず、ユアンはしばし話をした後で、頭を撫でるだけで部屋を出た。
 また朝食で。そう言って次にこの部屋を出るのは、恋人になった後ならいいなと思いながら。


 ユアンを見送り、風真はふと気付く。扉の外の護衛に、大人の意味で朝帰りと誤解されてはいないか。
 どうしようと慌てるが、有能な彼らは何も見なかった事にしてくれるはず。実際に、ユアンとは何もなかった。堂々としていればきっと誤解だと思ってくれる。

 だが部屋を出る時に気合いを入れすぎて、普段より元気に挨拶をしてしまった。
 風真がしまったという顔をした事で、護衛は確信してしまった。ユアンが部屋を出る時に「俺がここにいた事は内緒だよ」と意味深に笑った事もあって。
 それでも優秀な護衛は、おはようございますとだけ告げて、普段通りの表情で食堂まで風真を送った。

(多分、誤解って分かってくれた……!)

 残念ながら誤解は解けるどころか加速しただけだった。





 その翌日。

「うあー……、これが視界がぼやけるってやつか……」

 朝食後にベッドの上で本を読んでいると、突然薄い霧が掛かったように視界がぼやけた。

「……いや、見えないし」

 視界は徐々に濁り、磨り硝子越しのように物の輪郭しか判別出来なくなった。ひとまず側に本を置き、布団の中に潜り込む。

(落ち着け……、落ち着いて考えよう)

 ふかふかの布団の中。目を閉じれば多少気持ちは落ち着いた。
 ヒュドラ討伐後に、トキにお祓いして貰った。それ以降は視界に不調はなく、……いや、昨夜、少しだけ目の疲れを感じた気もする。

「やっぱりあの遠隔討伐かなぁ……」

 荷物も遠くに届ける方が料金が高い。疲れる分、邪気が溜まりやすくなるだとか、そういう事だろう。だから疲れてその後眠ってしまったのだ。


「そりゃ強い魔物には使えないよな」

 ――……。

「んあー、文字見えない」

 ピコンッと音は聞こえた。何かがある気はするが、文字など当然見えない。
 何度か視界がチカチカして文字が変わっている事は分かった。それでも何も見えないまま、メッセージウィンドウらしい輪郭は消えた。

「見えないってばー」

 もう、とまた布団に頭まで埋まり、体を丸める。

(……見えない)

 聞いていた通り、これでは行動不能だ。部屋の中でも躓いて転んでしまうかもしれない。

(姉ちゃん、怖いよ……)

 体は元気だというのに、視界だけが奪われている。もし一生このままだったら……。そう考えてしまうと、心拍数が上がり息苦しさに胸を押さえた。
 これ以上独りでいたら、不安に押し潰されてしまいそうだ。


(誰か……)

 誰かに、傍にいて欲しい。
 ふと浮かんだのは、三人の顔。解決法は分かっている。方法は一つしかない。

 三人のうち誰かの、体液を摂取する。

「誰の……」

 風真は唸る。
 トキは、遠隔討伐の事を知らない。話したところで、お祓いで邪気を払い切れなかったせいかもしれないと悔やむだろう。それは、悪戯をされるよりつらかった。

 アールはここでスチル回収……無理矢理アレを突っ込まれる可能性もあるにはあるが、今のアールは、心配のあまり有無を言わせず突っ込みそうだ。
 アールを心配させたくない。弱った姿を見せづらいし、頼みづらい。

 残るはユアンだが……。

(好きって言われた、けど……)

 しっかり状況を説明すれば、他の二人より冷静に理解して貰えるのではと思えた。それでも、本気の好意を踏みにじる事にならないか。風真は心の底から悩んだ。

 この世界へ来た頃とは違う理由で、三人とも選べない。それでも選ばなければ、一生このままだ。


「……あの! 護衛さん、聞こえますか!」

 扉が何処にあるかも見えない。大声を出すと、外から護衛の声が返ってきた。

「呼んできて欲しい人がっ……」

 その名を告げると、護衛は室内にも聞こえる声で「すぐにお連れします!」と答えてくれた。

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