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おやすみ

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「神子君、あーんして?」
「……自分で」

 と言っても、ユアンの笑顔の圧が強い。

(そういえば、ロイさんとも従兄弟いとこなんだよな)

 アールの従兄弟なら、ロイとも従兄弟だ。笑顔の圧はこちらが共通している。引く気のない笑顔に、風真ふうまは諦めて口を開いた。


「んっ、美味しいっ」

 シャク、と梨のような食感で、香りは柚子に似ている。艶やかな白い実にぴったりの上品な甘さだった。
 一口分を飲み下すとまた唇に押し付けられる。もう今更だとユアンの手から食べると、見つめる瞳が甘さを含んだ。

(果物より甘い気がする……)

 居たたまれなさからそっと視線を伏せ、シャクシャクと白い実を堪能した。
 その次は赤い実が触れる。

「んんっ? んっ、ぷるぷるっ」

 弾力のある実は、齧るとぷるんとしてゼリーのようだった。
 味は苺に近い。イチゴジャムに似た甘さだが、爽やかさも感じる不思議な味だった。

 瑞々しく上品な白い実と、甘く食感も楽しめる赤い実を交互に食べる。どちらも美味しくて、もっと食べたくなる。だがもう夜だ。これで終わりにしよう。


「あっ、俺ばっかり食べてすみません。ユアンさんも」
「俺は大丈夫だよ。神子君へのプレゼントだからね」

 箱から果物を取ろうとする風真の腕を掴み、引き寄せる。

「俺はこっちをいただこうかな」
「へっ?」

 驚いているうちに、ユアンの唇が頬に触れる。ただ触れるだけで、柔らかな暖かさはすぐに離れて行った。

「白くて赤い実、美味しかったよ。ごちそうさま」
「っ……」

 白い肌が、ぼんっと赤くなる。誰が上手い事を言えと、と風真はグイグイとユアンを押し返した。

「もう何もしないって言いましたよねっ……んあーっ、でもユアンさんにとっては、っていうかこの世界西洋っぽいし頬にキスくらい挨拶なのかなっ……」
「神子君は元気で可愛いね」

 一人で悶えて完結する風真に、ユアンはクスクスと笑う。
 以前の好みが儚げで消えてしまいそうな美しい人だったのが信じられないほど、元気で伸び伸びとした風真に愛しさが募った。

「神子君は、美味しい美味しいって喜んでくれるから、プレゼントのしがいがあるな」
「だって美味しいですし、異世界っぽくて感動しました。ありがとうございました」

 にこにこと笑う風真の頭を撫でると、ますます嬉しそうな顔をする。
 そんな顔をされたら勘違いをしてしまいそうになるが、風真にとっては喜びを表す笑顔。誰にでも向けるものだと思うと、嫉妬してまた意地悪をしてしまいそう……だが、それは堪えなければ。


「じゃあ、歯磨きして寝ようか」
「磨いてきます!」

 頬を撫でると、風真は慌てて立ち上がりバスルームへと向かう。もう何もしない、その中に健全な仕上げ磨きは入っているのだろうか。きっとそんな事を考えていたのだろう。

「仕上げ磨きか……」

 部下の子供自慢で聞いた時は、親は大変だなと思っていたのだが。
 風真の内側を自らの手で綺麗に……と想像すると、言い様のない感情が込み上げる。子供ではない、一人で何でも出来る風真だからこそ、この手で世話をする事に特別感がある。

 出来れば口だけでなく、全て、この手で綺麗に……。

 そう考えてから、さすがにこれは執着が酷いと苦笑した。





「普段はシャワーで済ませる事が多いけど、今日は湯船に浸かって来たんだ」

 風真が戻ると、ユアンは突然そんな事を言った。

「神子君と一緒に寝ようと思ってね」
「へっ?」
「宿の時みたいに、添い寝するだけだよ」
「えっ、待って、ユアンさんっ」

 ふわりと抱き上げられ、ベッドへと運ばれる。

(みんな俺を軽々と!)

 決して軽くないはずの成人男子。それすらも錯覚かと思わせる。
 だが自分が軽いのではなく、彼らの力が強いだけ。やはり次は体力値を上げようと決めた。


 まるで姫のようにそっとベッドへと下ろされ、優しく髪を撫でられる。

「何もしない。約束しただろ?」
「はい、でも……、魔物討伐の要請が来た時に一緒にいたら……」

 ――今日、明日中は魔物の接近はありません。

「なんで今!?」
「神子君?」

 ユアンとは別の方向に話しかける風真に、さすがのユアンも驚いた顔をした。

「……すみません、ちょっと、天の声が」

 声ではなくユアンの横に現れた文字だが、そこは流す。

「今……もしかして、魔物が?」
「いえ、今日も明日も来ないそうです」
「神がそれを教えてくれるなら、俺が神子君と添い寝する事も認めてくれてるという事だね?」
「えっ、違うと思いますっ」
「違うなら、無理矢理一緒に寝たら天罰が下るのかな」

 ――天罰システムは存在しません。

「なんで急に答え始めてんの!?」
「天の声は何だって?」
「……天罰システムはないそうです」

 嘘をつききれずに素直に答えてしまった。


「神は、俺の味方かな?」

 ユアンは嬉しそうに言って、ベッドへと上がろうとする。それを慌てて止めた。

「聞いてみますから待ってくださいっ。ええっと、ユアンさんと添い寝って、大丈夫ですかーっ?」

 つい敬語になる。だが、画面はユアンの隣にあるものの、何の文字も表示されない。

「添い寝オッケー?」

 言い方を変えても反応はない。

「おーいっ、聞こえるー?」

 ――おやすみなさいませ、良い夢を。

「執事か!」

 思わずツッコミを入れてしまった。この広い部屋でその台詞は、風真の記憶では貴族令嬢の執事だった。

「執事?」
「こっちの話です」
「その様子だと、神も問題ないと言ってそうだね」

 ユアンはベッドに乗り上げ、また風真を軽々と抱き上げて横にさせた。


「おやすみ、神子君」
「え……」

 ユアンも隣に横になり、布団を肩まで引き上げる。
 風真と向かい合わせで抱きしめる体勢だが、二人の間には隙間があった。

「今日はどんな夢を見たい?」
「え……っと……、さっきの果物をお腹いっぱい食べる夢を……」
「それなら、俺が叶えてあげるよ。肉まんを好きなだけ食べる夢もね」

 背を撫でながら、優しく語り掛ける。

「俺に出来る事なら、何でも叶えるから……」

 どんなに贅沢な夢でも、危険な橋を渡って得られる夢でも、現実で叶えられるなら、何だって。

「眠ってからは、夢を見ている間も覚めてからも、幸せな気持ちになる夢を見ようね」

 元の世界に帰る夢は、見て欲しくない。
 覚めなければ良かったのにと、悲しい思いをさせたくない。
 この世界を、共に過ごした時間を、否定するような夢は見て欲しくなかった。


「ユアンさん……」

 言葉から、触れる手のひらから、想いが伝わってくる。

「俺、……やっぱり先に、あの果物をお腹いっぱい食べる夢を見ますね。起きたら一緒に食べましょ。俺は今日は寝ても覚めても美味しい夢を見ます」

 そう宣言して、ニッと笑った。

「寝ても覚めても美味しい夢か。いいね」

 ユアンも笑みを零す。風真らしく可愛い夢だ。
 風真の明るい声と気遣いに、そっと空いている距離を縮めた。

「神子君。好きだよ」

 君の笑顔が、俺だけのものになればいいのに……。

 そう口にしたらきっと、困らせてしまう。だから。

「……おやすみ、フウマ。良い夢を」
「っ、え……あ……おやすみなさい……」

 不意打ちで名を呼ばれ、戸惑っているうちに抱き寄せられた。


(あったかい……)

 その暖かさにホッとする。
 まだ返事も返せていない。それなのに駄目だと思う気持ちごと、ユアンの体温が全て許して包み込んでくれる。

(あったかい、な……)

 暖かくて、力強い。何故かじわりと視界が滲み、もそ……とユアンの方へと体を寄せた。



 その日見た夢は、暖かな犬や猫たちに抱きつかれながら果物を食べる、とても幸せな夢だった。

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