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*グレー

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 数日後。
 昼食を終え、そろそろ体も鍛えようかと考えていると、ピコンッと電子音が鳴った。
 目の前の画面には。


 ――第三部隊が討伐に苦戦しています。

「えっ?」

 ――遠隔支援しますか?

「遠隔支援? します」

 ユアンのいる第一部隊ではない。知っている者はいないが、助けない、という選択肢は風真ふうまにはなかった。
 わざわざ伝えてくるなら、命の危険があるのかもしれない。それなら、彼らが楽に倒せるくらい……出来れば全て浄化してしまいたい。

 そう考えていると、普段通り指が胸の前で組まれる。瞼が閉じ、目の前に魔物の姿が見えた。
 オーク三体のうち、一体がやけに大きい。第一部隊と比べれば攻撃の軽い騎士たちは、傷を与えても致命傷には至らなかった。
 それでもさすがは王宮騎士。側には倒した数体のオークの姿があり、巨体のオークが繰り出す強烈な攻撃も避ける。

(すごい……けど、やっぱり残りは俺が全部……)

 出来るなら全て浄化したいと願うと、光が魔物を包み込んだ。
 魔物が全て光になって消えるところまでで映像は途切れる。画面に討伐成功の文字が出て、ホッと息を吐いた。


「今度は遠隔とか。いろんなことが出来るようになるなぁ」

 ――必要と判断しました。

「えっ、答えたっ?」

 だが、それには反応はない。

「……強い魔物は遠隔支援出来ないの?」

 ――出来ません。

「ちょっと塩対応ぽいな」

 それにも反応はない。

「これからも遠隔支援って出来る?」

 ――必要と判断されれば可能です。

「そっか。でも必要なくても全部討伐したいんだけど」

 ――出来ません。

「んー、塩対応。そこを何とか」

 そう言っても反応はない。その後は何を言っても反応はなく、終了、と表示されて画面は消えた。
 最初の頃のアールの方が良く喋ったぞと画面に文句を言ってしまう。


「そういえばこれって、誰が出してるんだろ」

 今更ながら疑問が湧く。
 ゲームにないなら、それ自体のシステムではない。となると、この世界の神様? 制作者ではなく、本当に“この世界”の神か、それとも元の世界の神か。

「……神様がいるなら、これからも姉ちゃんとずっと通話させてください」

 ぽつりと呟き、ソファに寝転がった。
 帰りたい、とは言えなかった。ソファの上で抱き抱えたクッションが、壁飾りが、言葉を紡ぐ事を躊躇わせる。
 朝食の時の楽しい会話も、優しくなったアールの声も、ユアンの甘い瞳も、トキの穏やかな笑顔も……全てを捨てて帰るには、存在が大きくなり過ぎてしまった。

(帰りたい、けど……今はまだ、帰れない……)

 もし願いが叶うとしても、今はまだ、帰りたいとは願えない。
 帰れないと知っているのに、帰れる日が訪れる事に怯えている。

(みんな、優しいもんな……)

 だから今はまだ、このままでいたい。







「神子君、起きてる?」
「ユアンさん?」

 夕食後。風呂に入って後は寝るだけ、という時になってユアンが訪ねて来た。
 扉を開けると、ユアンは安堵した顔をする。

「ごめんね、寝るところだった?」
「いえ、大丈夫ですけど、ユアンさんがこんな時間に来るって珍しいですね」
「他に誰か、珍しくない人がいるのかな」
「いませんけど、……いませんよっ?」
「慌てるなんて怪しいな」
「いませんっ」

 腰を抱かれ、慌ててユアンを押し返す。

「本当に?」
「本当ですっ」
「良かった。安心したよ」

 パッと手を離され、またからかわれた、と風真は拗ねた顔をした。


「今日のうちに、君に訊いておきたい事があって」

 そう言い、ふと壁に視線を向ける。以前訪れた時には何もなかった壁に、そしてソファに、華やかな物が飾られていたからだ。

「それは?」
「あっ、この布綺麗ですよねっ。そっちのキラキラしたのも一目惚れで。アールと一緒に街に行った時に買ったんですっ」

 ついはしゃいでしまい、風真はハッとする。いくら友人相手でも、好きだと言ってくれているユアンの前でこれは良くなかった。
 そっとユアンを窺う。だが予想に反して、ただぼんやりと壁飾りを見つめていた。

「……神子君がいなくなったら、君がいた証だけが残されるんだね」

 静かな部屋でなければ聞こえなかった、微かな呟き。

「ユアンさん……?」

 いつもと違う。そっと声を掛けると、今にも泣き出しそうな、揺れる瞳が向けられた。

「大丈夫です。俺、帰れませんし……」

 帰りません、とは言えなかった。
 まだ、元の世界を捨てられない。この世界も、捨てられない。それでも、帰る選択肢を選んだ日の片鱗を見せられ、そっと視線を落とした。

「……ごめん」

 ユアンの腕が、風真を抱き締める。もう慣れてしまった体温に安堵した事に、罪悪感を覚えた。
 まだ答えは返せない。望む答えを返せないかもしれない。それなのに、暖かさだけを求めてしまう。
 駄目だと思ってもこの腕を振り払えず、ごめんなさい、と小さく呟いた。


「こんな事を言うつもりはなかったのに、ごめんね、神子君」

 ユアンは困ったように笑い、風真の頬を撫でた。

「もう一つ考えた事もあるよ。アールとデートだなんて、妬けるな」
「でっ、デートじゃないですっ」
「本当に?」
「本当ですっ」
「それなら、今度は俺とデートしよう?」
「で……デートという名前じゃなければ……」

 傷付けたい訳ではなく、ただその単語が恥ずかしい。
 風真の中でデートといえば、恋人同士が仲睦まじく出掛ける事。手を繋いで歩いたり、見つめ合ったり、同じものを二人で分けて食べたり、食べさせ合ったり、お揃いの物を買ったり。

(ん……? あ、あれ……?)

 今挙げたものには覚えがある。それはもう、手を繋ぐ以外。

(あれ……? やってることは、デー……)

 いやいや、あれは恋人同士がするからデートであって、友人ならただ遊びに行っただけという……。そう思っても、元の世界で友人と二人でそれをしたかと言われたら……。

「後で詳しく聞かせて貰おうかな?」
「えっ」

 何を、と思っている間に手を引かれ、ソファに連れて行かれる。ストンと座ると、ユアンも隣に腰を下ろした。あまりに近い位置に。


「ひえっ!」

 腰に回った腕でがっしりと固定され、もう片手が首筋を撫でる。そのまま指先で撫で下ろされ、風真は慌てた。

「んッ、ちょっ、ユアンさん!」
「ここへ来た理由なんだけど」
「先に手を離しっ、ひんッ」
「神子君、前より感度良くなった?」
「知らな……あッ、いっあ、あッ」

 胸の尖りを摘み上げられたかと思うと、指の背で擦られる。固い節の部分で執拗に刺激され、ビクビクと震えた。

(なんかっ、変っ……)

 いつもより早く身体に熱が溜まり、下肢があっさりと反応を示す。

「前はこんなにはならなかったよね?」
「っ、ユアンさんがっ……ふあっ、んンッ」

 指の腹で優しく捏ねられ、甘えた声が漏れる。
 ユアンが、トキが、執拗に触るから。他人に触れられる気持ち良さを知った身体は、悦んで快楽を受け入れた。

「俺のせい?」
「いッ、っ……!」

 吐息と共に甘い声で囁かれ、グッと尖りに爪を立てられる。それだけで、目の前に星が散りビクンッと大きく跳ねた。


「え……」

 ユアンの唖然とした声。胸からそっと手が離れ、風真はぷるぷると震えながら勢い良く立ち上がった。

「ユアンさんの馬鹿っ! もうお風呂入ったのに!」
「え、あ、ああ、ごめん……」
「シャワー浴びてきます!」
「行ってらっしゃい……」

 一緒に入ろう、とすら言えなかった。
 そのまま見送る先で、風真はバスルームに入り、一度出てきてクローゼットから着替えを取ってから、バスルームへと消えた。

 不謹慎だが、パタパタと動く姿が可愛いと思ってしまう。ちらりと見えた下着はグレー。それだけを身に着けた風真を想像してしまい、ユアンは顔を覆って項垂れた。

「……グレー」

 訓練後の着替えの際に、男の下着など見たくもないと思っていたあの日の自分に教えてやりたい。
 そう遠くない未来、男の何の変哲もないグレーの下着に興奮する日が来るという事を。

 それも、目の前に自ら転がりこちらを求めてくる相手ではなく、想像だけで済まさなければならないという、悲しい状況。
 漏れ聞こえるシャワーの音に、想像はシャワー室でのシーンに変わった。


「ガキか……」

 深く息を吐き、妄想を振り払う。
 グレーの下着を着たままの風真にシャワーを当て、下の形が浮かび上がり恥ずかしそうにする姿を……などという、思春期の少年のような展開を想像してしまった。

 もう一つ息を吐く。
 今日はただ話をするだけのつもりだったというのに、嫉妬をして手を出してしまった。
 まだ恋人でもないのに。恋人になれるよう、彼の心をこちらへ向かせなければならないのに。これでは逆効果だ。

 嫌いになっただろうか。そう思うと、途端に恐ろしくなる。
 何でも許してしまう彼の優しさに甘えてはいけない。嫌がる事をしてはいけない。ただ穏やかに、彼を想う気持ちを伝えて、ただ好きなのだと知って貰いたい。

「……厄介だな」

 大切にしたいと思うと同時に、今すぐに抱いて自分のものにしたい気持ちが湧き起こる。
 誰かを好きになるという事はこんなにも厄介で、……愛しい。

 困ったな、と呟き、ソファの背に体を預け天を仰いだ。

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