48 / 270
お出かけ
しおりを挟む「神子。出掛けるぞ」
朝食後。部屋に籠もるか図書室に行くかと考えていると、アールが訪ねて来た。
どこに、と思っている間にクローゼットを開けられ、その中で一番地味な茶色のベストとジャケットを渡される。今日はアールも刺繍のない、白のジャケットを着ていた。
「街へ行く」
「街!」
「共に出掛ける約束をしたからな」
「覚えててくれたんだ。へへ、嬉しい」
「そんなに嬉しいか?」
「うんっ」
へらりと笑うと、そうか、とアールもそっと目元を緩めた。
・
・
・
二人でベージュのマントを羽織りフードを被って、怪しく見えるのではと危惧したが、街にはちらほらと同じ格好の者がいた。
王都には世界中から人が訪れる。長旅にはこのマントが理に適っているらしく、王都の商売人にとっても一目で旅人と分かるのは都合が良かった。
「んーっ、おいしーっ」
フードを被ったまま串焼き肉に噛みついた風真は、満足げに声を上げた。
風真が食べたがっていた物を護衛から聞いたアールが、わざわざそこまで連れて来てくれたのだ。嬉しさと相俟って美味しさが増す。
バーベキューのように串に刺さった肉は、知らない名前だった。アールが言うには、羊に似た生き物らしい。
風真があまりに美味しそうに頬張るものだから、躊躇っていたアールもおそるおそる口にする。
以前なら、下賤の者の食べ物など、と蔑み決して口にしなかった。だが。
「……肉質は良くないが、味付けが良いな」
今は、きちんと料理として考えられる。
平民、つまり元の風真と同じ階級の者が食べているものだと考えれば、躊躇っていたのが嘘のようにすんなりと受け入れる事が出来た。
普段食べている最高級の肉は、薄味で調理される事が多い。だがこの串焼きは、ハーブとソースで濃いめに仕上げている。それが肉の臭みを上手く消していた。
「これが平民の知恵か」
金がなければ知恵を使えば良い。平民とは、そうして生活しているのかと目から鱗が落ちる心地がした。
「普段の料理には及ばないが、この素材と価格、それも路面店でこのクオリティは……」
ぶつぶつ言いながら、二本目を袋から出す。
(アールが褒めてる……)
少し前なら、下賤の者の食べ物など、と見下していただろう。それを思うと、本当に変わったなと風真は嬉しそうにアールを見つめた。
風真も二本目を取り出し、街を眺める。
通りには様々な服装の人たちが行き交っている。路面には異国情緒溢れる土産物や料理店が並び、異世界らしさを伝えてきた。
「異世界だなぁ」
目で堪能し、ぱくりと肉を食べて舌でも堪能する。
「……私にも、異世界のようだ」
アールも目の前の光景を眺め、ぽつりと呟いた。
「花壇のレンガに座り、平民の食べ物を口にするなど、お前に出逢わなければ一生経験する事はなかっただろう。このように、私を恐れず生活する者たちの姿も、知る事はなかった」
街に下りる事は滅多になく、視察で訪れる際には皆、頭を下げ震えていた。冷酷な王太子という噂が流れている事は知っていたが、気にもしなかった。民を人とも思っていなかったのだ。
「外で物を食べた事も、誰かとこのように近い距離で並んで座る事もなかった」
風真を見つめ、そっと目を細める。そして、空を見上げた。
「空の青さが眩しい。太陽の下では、冷たい風も心地良い。雑踏も、人々の声も、賑やかで……楽しい。きっとこれが、お前の見ている世界なのだな」
何もかもが楽しいとばかりに目をキラキラさせて、風真はいつでも世界を楽しんでいる。
風真の見ているもの、感じているものに目を向ければ、今まで無彩色だった世界に鮮やかな色が付いたようだった。
「アール……」
楽しい、と言ったアールに、胸が熱くなる。
国民の生活を知って、皆も同じ人間だと、その生活を守りたいと思って貰えたらと、そう考えていた。すぐには無理でも、少しずつで良いからと。
「街を眺めたり、友達と食べ歩きしたり、店を見て歩いたり、何でもないことで笑い合ったり……。俺はそれが、楽しかった。それをアールにも楽しいって思って貰えて、嬉しいよ」
どう言葉にすれば良いか分からず、思いついた事を伝えて、明るく笑った。
「お前には、これが“普通”だったのだな」
腰の高さにあるレンガに座る姿も、ぎこちない自分とは違う。脚を伸ばして座る自然体の風真が、眩しく見えた。
「お前はいつも楽しそうだ。どうすればそうなれる?」
「え、ええっと……。俺は、美味しいものとか珍しいものとか綺麗なものとか、何にでもすぐ興味持っちゃうから、かな……同じ料理でも、日によって微妙に味付けが違うとそれも楽しいし」
意識して楽しんでいる訳ではなく、無意識だ。難しい質問に風真は懸命に答える。
「知ってるようで知らないこともいっぱいあるし、興味を持って見てみると、今まで気付かなかったことにも気付けるから……」
一言で言えば、好奇心旺盛な性格だから。それを懸命に説明する風真の声に、アールは耳を傾ける。
王になる為に必要のない事に興味を持つのは、今までのアールには難しい事だった。
「……私は今まで、全てが低俗で下らないと思っていた。その考えが、目を曇らせていたのだな」
風真が見つめていた先には、見た事のない菓子が並んでいる。それが何か、名前は、味は。風真は、どんな顔をして食べるのか。そう考えると、知りたくなる。
通りを歩く者の纏う西国の民族衣装も、鮮やかな色の糸で織られて綺麗だと、初めて思えた。
大勢が並んでいる店には何があるのか。あの女性たちは何を見てあんなにも楽しそうに笑っているのか。
何故。何故だろう。
「そうか、これが……」
興味を持つ事の、楽しさ。
それに気付くと、目に映るもの全てが新鮮で輝いて見えた。
「神子。あの四角いもの食べてみないか?」
「あ、俺も気になってたっ」
「その隣の丸い物は何だ?」
「あれはー……ドーナツみたいな、この国の南部のおやつ! 本で見たことあるっ」
「私よりお前の方が詳しいのか……」
これは王太子としていけない気がする。そう思った瞬間、風真の言う、民にとっての良き王への道が見えた気がした。
・
・
・
気になる料理がたくさんあり、二人で半分ずつ食べることにした。それもアールには未知の体験だったが、風真は慣れた様子。
元の世界では、友とこうして食べ合いをしていたのか。そう思うと言いようのない苛立ちが起こる。だが、美味しそうに食べ物を頬張る風真を見ると途端に胸がスッとして、アールは首を傾げた。
食べた後は店を見て回り、風真は殺風景な部屋に飾るものを幾つか買った。
西国の鮮やかな織物のクッションカバーと、角度によって色の変わるキラキラとした星形のオーナメントが付いたガーランドは、一目惚れだ。
アールも色違いのクッションカバーと、同じガーランドを買い、「友と出掛けた際には思い出になる物を買うのだろう?」と真剣に言った。
それはデート、とは言えなかった風真だが、あの何もない部屋にアールの私物が増えるのは良い事だと思う。ついでに机の上に置く用に、手のひらサイズの可愛らしい犬の置物もお揃いで追加した。
74
お気に入りに追加
840
あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる