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お出かけ
しおりを挟む「神子。出掛けるぞ」
朝食後。部屋に籠もるか図書室に行くかと考えていると、アールが訪ねて来た。
どこに、と思っている間にクローゼットを開けられ、その中で一番地味な茶色のベストとジャケットを渡される。今日はアールも刺繍のない、白のジャケットを着ていた。
「街へ行く」
「街!」
「共に出掛ける約束をしたからな」
「覚えててくれたんだ。へへ、嬉しい」
「そんなに嬉しいか?」
「うんっ」
へらりと笑うと、そうか、とアールもそっと目元を緩めた。
・
・
・
二人でベージュのマントを羽織りフードを被って、怪しく見えるのではと危惧したが、街にはちらほらと同じ格好の者がいた。
王都には世界中から人が訪れる。長旅にはこのマントが理に適っているらしく、王都の商売人にとっても一目で旅人と分かるのは都合が良かった。
「んーっ、おいしーっ」
フードを被ったまま串焼き肉に噛みついた風真は、満足げに声を上げた。
風真が食べたがっていた物を護衛から聞いたアールが、わざわざそこまで連れて来てくれたのだ。嬉しさと相俟って美味しさが増す。
バーベキューのように串に刺さった肉は、知らない名前だった。アールが言うには、羊に似た生き物らしい。
風真があまりに美味しそうに頬張るものだから、躊躇っていたアールもおそるおそる口にする。
以前なら、下賤の者の食べ物など、と蔑み決して口にしなかった。だが。
「……肉質は良くないが、味付けが良いな」
今は、きちんと料理として考えられる。
平民、つまり元の風真と同じ階級の者が食べているものだと考えれば、躊躇っていたのが嘘のようにすんなりと受け入れる事が出来た。
普段食べている最高級の肉は、薄味で調理される事が多い。だがこの串焼きは、ハーブとソースで濃いめに仕上げている。それが肉の臭みを上手く消していた。
「これが平民の知恵か」
金がなければ知恵を使えば良い。平民とは、そうして生活しているのかと目から鱗が落ちる心地がした。
「普段の料理には及ばないが、この素材と価格、それも路面店でこのクオリティは……」
ぶつぶつ言いながら、二本目を袋から出す。
(アールが褒めてる……)
少し前なら、下賤の者の食べ物など、と見下していただろう。それを思うと、本当に変わったなと風真は嬉しそうにアールを見つめた。
風真も二本目を取り出し、街を眺める。
通りには様々な服装の人たちが行き交っている。路面には異国情緒溢れる土産物や料理店が並び、異世界らしさを伝えてきた。
「異世界だなぁ」
目で堪能し、ぱくりと肉を食べて舌でも堪能する。
「……私にも、異世界のようだ」
アールも目の前の光景を眺め、ぽつりと呟いた。
「花壇のレンガに座り、平民の食べ物を口にするなど、お前に出逢わなければ一生経験する事はなかっただろう。このように、私を恐れず生活する者たちの姿も、知る事はなかった」
街に下りる事は滅多になく、視察で訪れる際には皆、頭を下げ震えていた。冷酷な王太子という噂が流れている事は知っていたが、気にもしなかった。民を人とも思っていなかったのだ。
「外で物を食べた事も、誰かとこのように近い距離で並んで座る事もなかった」
風真を見つめ、そっと目を細める。そして、空を見上げた。
「空の青さが眩しい。太陽の下では、冷たい風も心地良い。雑踏も、人々の声も、賑やかで……楽しい。きっとこれが、お前の見ている世界なのだな」
何もかもが楽しいとばかりに目をキラキラさせて、風真はいつでも世界を楽しんでいる。
風真の見ているもの、感じているものに目を向ければ、今まで無彩色だった世界に鮮やかな色が付いたようだった。
「アール……」
楽しい、と言ったアールに、胸が熱くなる。
国民の生活を知って、皆も同じ人間だと、その生活を守りたいと思って貰えたらと、そう考えていた。すぐには無理でも、少しずつで良いからと。
「街を眺めたり、友達と食べ歩きしたり、店を見て歩いたり、何でもないことで笑い合ったり……。俺はそれが、楽しかった。それをアールにも楽しいって思って貰えて、嬉しいよ」
どう言葉にすれば良いか分からず、思いついた事を伝えて、明るく笑った。
「お前には、これが“普通”だったのだな」
腰の高さにあるレンガに座る姿も、ぎこちない自分とは違う。脚を伸ばして座る自然体の風真が、眩しく見えた。
「お前はいつも楽しそうだ。どうすればそうなれる?」
「え、ええっと……。俺は、美味しいものとか珍しいものとか綺麗なものとか、何にでもすぐ興味持っちゃうから、かな……同じ料理でも、日によって微妙に味付けが違うとそれも楽しいし」
意識して楽しんでいる訳ではなく、無意識だ。難しい質問に風真は懸命に答える。
「知ってるようで知らないこともいっぱいあるし、興味を持って見てみると、今まで気付かなかったことにも気付けるから……」
一言で言えば、好奇心旺盛な性格だから。それを懸命に説明する風真の声に、アールは耳を傾ける。
王になる為に必要のない事に興味を持つのは、今までのアールには難しい事だった。
「……私は今まで、全てが低俗で下らないと思っていた。その考えが、目を曇らせていたのだな」
風真が見つめていた先には、見た事のない菓子が並んでいる。それが何か、名前は、味は。風真は、どんな顔をして食べるのか。そう考えると、知りたくなる。
通りを歩く者の纏う西国の民族衣装も、鮮やかな色の糸で織られて綺麗だと、初めて思えた。
大勢が並んでいる店には何があるのか。あの女性たちは何を見てあんなにも楽しそうに笑っているのか。
何故。何故だろう。
「そうか、これが……」
興味を持つ事の、楽しさ。
それに気付くと、目に映るもの全てが新鮮で輝いて見えた。
「神子。あの四角いもの食べてみないか?」
「あ、俺も気になってたっ」
「その隣の丸い物は何だ?」
「あれはー……ドーナツみたいな、この国の南部のおやつ! 本で見たことあるっ」
「私よりお前の方が詳しいのか……」
これは王太子としていけない気がする。そう思った瞬間、風真の言う、民にとっての良き王への道が見えた気がした。
・
・
・
気になる料理がたくさんあり、二人で半分ずつ食べることにした。それもアールには未知の体験だったが、風真は慣れた様子。
元の世界では、友とこうして食べ合いをしていたのか。そう思うと言いようのない苛立ちが起こる。だが、美味しそうに食べ物を頬張る風真を見ると途端に胸がスッとして、アールは首を傾げた。
食べた後は店を見て回り、風真は殺風景な部屋に飾るものを幾つか買った。
西国の鮮やかな織物のクッションカバーと、角度によって色の変わるキラキラとした星形のオーナメントが付いたガーランドは、一目惚れだ。
アールも色違いのクッションカバーと、同じガーランドを買い、「友と出掛けた際には思い出になる物を買うのだろう?」と真剣に言った。
それはデート、とは言えなかった風真だが、あの何もない部屋にアールの私物が増えるのは良い事だと思う。ついでに机の上に置く用に、手のひらサイズの可愛らしい犬の置物もお揃いで追加した。
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