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クエストクリア報酬3:通話
しおりを挟むシャワーを浴び、トキの服を借りて、トキに付き添われながら離れに戻った。
別れ際に頬を撫で「大好きですよ」と泣きそうな顔で伝えられ、その声が、瞳が、忘れられずに風真はベッドへと倒れ込んだ。
そこで、ピコンッと電子音が鳴る。
(今、か……)
宙に現れた通話の文字。空気を読まないのは初めてだと思いながら、電話のマークを押した。
「姉ちゃん……」
「風真? 何かあったの?」
「その、さ……トキさんに、告白されて……」
「えっ!?」
「一人で完結して、諦められた」
端的に伝えただけで、由茉は大体の状況を察する。たった一人の家族だ。声だけでも風真がどんな状態か理解出来た。
「風真は、トキ様のこと好きだったの?」
「……トキさん自体は、好きだよ」
「諦めるって言われて、どんな気持ちだった?」
どんな。風真は思案する。
好きだと言われて、驚いている間に完結された。その時の気持ちは……。
「……驚いて、……ちょっと、ホッとした」
「焦ったりは?」
「焦り、は……しなかった。……これからもイタズラするって言われて、それで……これからも一緒にいられるのが、すごく嬉しかった、よ」
もう近付かない、触れない、と言われていたら。もう笑い掛けてくれなくなったら。そう思うと、寂しくて泣いていたかもしれない。
「風真の好きは、恋じゃないんだね。だから悲しい顔をされたら、応えられない罪悪感で苦しくなる」
「うん……。トキさん、本当に俺のこと好きでいてくれたんだ。だから……苦しいよ」
何をされても許してしまうほど、トキの事が好きだ。恋ではなくても、一緒にいると穏やかな気持ちになる。
「トキ様はきっと、風真を困らせたくて好きだって言ったわけじゃないよ。困らせたい性癖はあるけど、それとは別。好きな人には、例え想いが叶わなくても、笑っていて欲しいものだから」
風真の笑顔には、人を幸せにする力がある。それを曇らせる事を、トキは望んでいないという確信があった。
「……姉ちゃんは、何でも分かっちゃうんだね」
「風真のことなら、声だけでもね」
「そっか。……ありがと、姉ちゃん」
由茉と話して、じくじくと痛んでいた心が軽くなった心地がした。
「それと、……ユアンさんにも好きって言われた」
「えっ!? ちょっと、早くない?」
「俺もなんかそうかなって……。返事はしないでいいって、俺から好きって言わせてみせるって言われて……」
「ユアン、って感じね」
「うん……。女の人に人気あるの、分かった気がする」
言い方がまた格好良かった。
「それで、風真はどう思ったの?」
「驚いたけど嫌じゃなかったし、俺、ユアンさんのこと好きなのかなって、ずっと考えてるところ」
「そっか……。トキ様と違って押しが強いから、風真が流されないか心配」
「俺も心配。本当の好きって、何だろうって悩んでる」
以前に由茉からアドバイスは貰った。それでも、自分の気持ちが分からない。流されないよう考えて、考えて、まだ分からなかった。
「いっぱい悩みなさい。自分の気持ちとしっかり向き合って、納得出来る答えを見つけるのよ。風真はまだ彼らと出逢ったばかりだもの。焦る必要はないわ」
「そう、だよね……。ありがとう、姉ちゃん」
すぐに答えられない事を肯定してくれた。それが何よりも心強かった。
先程より明るくなった声に、由茉はそっと安堵の息を吐く。
「二人から告白されたなら、アール様は?」
「アールとは、親友になれたよ」
「し、親友かぁ。すごいね、頑張ったね、風真」
「ありがと。でも俺はちょっとだけだよ。アールが本当は素直でいい奴だから、俺が友達になりたいって言ったらなってくれたんだ」
嬉しそうに話す。それから、アールが勉強を教えてくれたこと、看病をしてくれたこと、アールは臣下とも上手くやれていることを話し、それを由茉は目元を緩めて聞いた。
風真が悲しい思いをしていなくて良かった。皆が風真の良さを知ってくれて良かった。そう思いながら。
「討伐三回まで終わると候補が二人に絞られるって言ってたけど、アールは違うみたい」
友達、と無邪気に言う声に、由茉はクスリと笑った。
「本当に?」
「えっ」
「アール様も風真のこと、好きになってるかもよ?」
「も、もーっ、そんなこと言われたら意識しちゃうじゃんっ」
「風真は無意識に人タラシだからねぇ」
「タラシてないってっ」
もう! と頬を膨らませる風真の顔がすぐに想像出来て、由茉はごめんごめんと楽しげに笑った。
「もう、姉ちゃんもからかうんだから……。あ。そういえば、ゲームにケイって出てくる?」
「ケイ? いないと思うけど、どんな人?」
「火の魔法が使える魔法使いで、多分俺より年下の男の子かな」
「魔法使い……。いるの……?」
「うん、ヒュドラ倒すの手伝ってくれた」
「ええっ……。魔法のない世界だから、作中には登場してないよ? 主人公が風真になったから、それに合わせて世界が変化してるのかも……」
可能性を口にすると、風真は納得した様子を見せる。
「そっか。みんな優しくなるの早かったし、色々変わってるかもだよね」
「我が弟ながら、順応が早いわね」
「色々あったし、順応力もレベルアップした気がする!」
「そっか。風真頑張ってるものね」
そんな風真だから、これからも大丈夫。そう確信出来た。
「そうそう。私も言いたいことがあったの。調べてみたら、風真は大学で留学扱いになってたよ。進学先は検索にも出ない大学名」
「えっ、怖っ」
「風真が引き落としに使ってた銀行の通帳記帳もしてきたら、残高足りないのにいろんな支払いも勝手に出来てた。税金とかも」
「怖っ……。でも、元からいなかったことにはなってないんだ……」
「うん。風真が帰って来られた時に、そのまま元の生活に戻れるようにかな」
「……そっか」
帰れるかもしれない。それなのに。
(嬉しい、って、それだけ思えなかった……)
帰りたかった。帰れるなら、何があっても帰る方を選ぶと思っていた。
でも、今は……。
(前より痛い、な……)
「……なんだか、風真はただ一人暮らし始めただけみたい」
「うん……、そうだね……」
こうして話していると、もう二度と会えないとは思えない。じわりと涙が溢れ、袖でグッと拭った。
もう会えない。また会えるなら、帰る方を選ぶ。それが正しいはずなのに……。
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