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葛藤と優しさ
しおりを挟む二日酔いの薬を飲み、頭痛が治まってから離れに戻った。
幸いアールはもう仕事に出ていて、朝帰りとは、と小言を言われる事もなかった。
部屋に戻り、風真はベッドに仰向けになる。見慣れた天井にホッと息を吐き、そっと目を閉じた。
(ユアンさんが、俺を……)
あまりに突然で、理解が追いつかない。何故。そればかりが頭の中でぐるぐるとしている。
ユアンの好みは、主人公のような儚げな人。ユアンが美しいと思う対象とは真逆の自分を何故、とそればかり考えてしまう。
それでも、可愛いとユアンは言った。好みとは違うと自覚してもなお、好きだと言うのだ。
「俺、何かしちゃったのかな……」
泥酔している間に、何かしてしまったのだろうか。
記憶がない事が怖い。それでも、もし何か重大な事があったならユアンは教えてくれるはず。そう信じている。
(管理型執着エンド、だったっけ……)
そう考えて思い返せば、服が皺になるからと言ってわざわざ脱がせてハンガーに掛けていた。神子の服はメイドが洗って綺麗にアイロンまで掛ける事を知っていながら。
二日酔いの薬は包装シートから出して渡し、水も飲みきれるだけ注がれていた。朝食も部屋までユアンが運んで来た。二日酔いでも食べられる、さっぱりとしたスープ味のリゾットだった。
服も着せようとして、それは断ったのだが、髪はユアンの手で整えられた。
(管理、されてた……)
ごろんと寝返りを打ち、横向きになって体を丸める。
知らないうちにユアンに管理されていた。これはもう、ユアンルートに入ったと考えて良いのだろうか。
そこでふと気付く。
アールも、自分の神子だからと行動に口を出し、窓がないと言えば自室の利用を許可し、勉強も教えて、菓子も自ら食べさせた。体調を悪くすれば看病までして。
(アールにも管理されてる?)
そう思えば、ユアンルートが確定とは言えない。ただ二人が優しくなっただけかもしれない。
それに、謎の多いトキルートも閉鎖されたと言えないのだ。
「ルートか……」
ルート、と呼ぶには道が見えない。風真にとっては現実で、フラグが立ったとしてもその通りに進むとは思えなかった。
主人公なら、バッドエンド以外、必ず誰かを選ぶ。誰かを好きになり、一緒に幸せになる。それなら、自分は?
(誰かを、好きになれるのかな……)
三人のうち誰かと、と考えてもピンとこない。リナや、騎士の誰かと? それとも、これから出会う誰かと?
(ユアンさんと、恋人になる……)
そう考えても、やはりいまいちピンとこない。
抱かれるという未知の壁の先は想像しきれないが、その手前、顔にキスもされ、裸で抱き合って、キスマークを付けるところまでされた。それはどれも嫌ではなく、誰かの体温に安心する感覚しかなかった。
ユアンにも言われた。キスマークを付けられても許してしまうのかと。
だが、寝ている間に付けられても、困ったなとしか思わなかった。
好きな相手がいれば、その相手への罪悪感に苛まれるのだろうか。その人以外には触れられたくないと思うのだろうか。
(好き……って、なんだろ……)
元の世界でも恋人はいた。本気で好きだったはずなのに、今は違うような気がしてくる。
『フウマを、愛してる』
今朝の記憶が蘇り、ますます体を丸めて自らを抱きしめた。
愛される事が、嬉しかった。
好きになって貰えた事が、嬉しかった。
昔からそうだ。誰かに好かれる事が嬉しくて、誰かの喜ぶ顔が好きで、……だから、気持ちに応えてきた。
好きだと言ってくれる人の好意に応えて、良いところを見つけて、好きになった。恋人になって、それでも、それ以上が出来なくて。
(好きだったのに、違ったのかな……)
キスすら出来なかったのは、恥ずかしいからではなく、本気で好きではなかったからだろうか。
(俺、最低だ……)
無意識だから余計にたちが悪い。謝ろうにも、もう二度と彼女には会えない。
心の中で何度も謝まり、きつく目を閉じる。彼女は素敵な人だった。きっと、本当に愛してくれる人と出会えている。そう考えるのも、本気ではなかったからだろうか。
ユアンにも、好きだと言われ続けたら応えてしまうかもしれない。ユアンは優しくて気さくで楽しくて、良いところがたくさんある。
ユアンの事は好きだ。もし今までの自分の行いに気付かなかったら、次に好きと言われた時に応えていたかもしれない。
(俺の、好きな人……)
好き。
好き、とは何だろう。
この世界は現実だ。待っているだけで、時が来れば自然に誰か一人と結ばれる、そんな事は起こらない。
ゲームの力が働いたとしても、起こらない。そんな確信があった。
「ユアンさん……」
好きだと、恋だと、はっきりと自覚していたユアンが、強く格好良く思えた。
翌日。
心配させてしまうため体調不良の言い訳は使えず、朝食の席に顔を出した。
今は、ユアンに好きだと言われたくない。好きだと思いたくない。自分の気持ちが、信じられない。
だが、心配させたくなくて元気に挨拶をして、席に着いた。美味しいと言って朝食を食べたが、ユアンに見つめられると緊張して味が良く分からなかった。
「神子。何かあったのか?」
「っ……」
元気なふりは、アールには通じなかったようだ。びくりと肩を震わせてしまい、その問いを肯定してしまった。
「酔ってまた迷惑をかけたと、気に病んでいるんだよ」
そこにユアンが助け船を出す。その優しさに、笑顔を作ろうとして、出来なかった。
「気に病むくらいならもう飲むな」
「うん……。禁酒する……」
言い返しもせずに俯く風真に、アールは眉間に皺を寄せる。
「それほどまでに大変な失態をしたのか?」
「いや、してないよ。この前と同じ、酔って転がり落ちそうになっただけ」
「それで、何故ここまで落ち込んでいる?」
「神子君が優しいから、かな」
ユアンは立ち上がり、背後から風真を抱きしめた。
「ユアンさんっ……」
「困らせてごめん」
二人には聞こえないよう、耳元で囁き、そっと耳にキスをする。そして。
「うひゃっ! ひゃふっ、ひゃ、はははっ!」
「神子君は笑ってる方が可愛いよ」
「やっ、やめっ、ひゃう!」
弱い脇腹を擽られ、声を上げて笑い出した。
「食堂で喘ぐな」
「喘いでな……ひゃん! ひゃあ、やっ」
「フウマさんの喘ぎ声、愛らしいですね」
「喘いっ……あっ、もっやだぁ!」
ひゃんひゃん言いながらユアンの腕を掴むと、ようやく解放される。
「は……はぅ……」
ぐったりとした風真をユアンが支え、優しく髪を撫でた。
「神子君は今まで通りでいいんだよ。難しい事は考えないで、……今まで通り、俺の悪戯に怒って、可愛い顔を見せて欲しいな」
そっと頬を撫でられ、また脇腹に手が触れた。
「ちょっ……! もう駄目です!」
「そうそう。それでいいんだよ」
ユアンは普段通りの笑みを浮かべ、席に戻る。からかうような視線に、風真は視線を逸らして紅茶を呷った。
そんな風に気を遣われたら、好きになってしまう。錯覚してしまう。
そもそも、昨夜風呂に入った時から、良い人だと思っていた。見える場所には痕を付けていなかったからだ。
以前のユアンなら、アールをからかう為に、わざと首筋や鎖骨に付けただろう。それをしなかった事で、ユアンの気持ちは本物なのだと思い知らされた。
ユアンは、優しい。好きにならない理由がない。
だがそれは、恋なのか。それが問題だった。
「神子。何を考え込んでいるか知らないが、慣れない事はするな。また熱が出るぞ」
「……もう出ないもん」
「可愛く言っても駄目だ」
「可愛くないしっ」
反射的に言い返すと、トキがクスリと笑う。
「フウマさんは可愛いですよ?」
「うん、可愛いね」
「可愛いな。犬のようで」
「人間ですけど!?」
人権を主張する。そこからはもう今まで通りの和やかな雰囲気で、風真はそっと息を吐いた。
そうだ、慣れない事はするものじゃない。もしユアンを好きだと思っても、じっくり考えれば良い。元の世界のように、すぐに返事をしなければという雰囲気ではなかったのだから。
(しっかり考えよう……)
ユアンの為にも、自分の気持ちとしっかり向き合おうと、前を向いた。
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