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祝杯とユアン

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「今日も隊長のおごりでーす!!」
「ありがとうございます!!」
「一生ついて行きます!!」

 これは恒例の掛け声なのかと、風真ふうまはにこにこする。

「では~、かんぱ~い!」
「かんぱーい!」

 その声で、今日はビールに挑戦した風真も木のジョッキを掲げた。

「ん~っ、おいし~!」

 グッとビールを呷り、ぷはっと息を吐く。
 日本のビールより素材の味が強く、広々とした黄金の麦畑が目の前に広がるようだ。度数も少しだけ高めで、これをジョッキで何杯も飲む騎士たちは凄い、と尊敬の眼差しを向けた。

「神子君。今日はあまり飲み過ぎたら駄目だよ?」
「はいっ」
「飲むより食べる方を多くね」
「はいっ。どれも美味しそうで楽しみですっ」

 騎士たちがあれもこれもと取り分けた料理が、風真の皿にてんこ盛りになっている。
 皆のお勧めを順に食べては「おいし~っ」と幸せそうな顔をする風真に、騎士たちもほっこりした気持ちになる。頬を染めながらリナと一生懸命話す姿にも癒され、風真の幸せを願ってやまなかった。





「返事はいいんだけどね」

 ふにゃふにゃになった風真に、ユアンは苦笑した。

「神子君、またやったね?」
「ん~、やっちゃいましたぁ」
「何をやったのかな?」
「う……?」

 こてん、と首を傾げる風真に、騎士たちが胸を押さえて悶える。

「楽しそうだし、まあいいか。神子君、俺の事は好き?」
「はぁい、だいしゅきれしゅっ」
「ううん……相当飲んだね」

 前回よりベロベロだ。もう呂律も回っていない。
 風真は突然ピンと背筋を伸ばし、両手をバッと上げた。

「みんなぁ、だぁいしゅき~」

 元の世界の飲み会でも披露した技。効果は抜群、騎士どころか店員までダメージを受けた。


「……ダブルの部屋を」
「た、隊長、ダブルですかっ?」
「神子君は、酔うと転がり落ちるんだ」
「それは……心配ですけど安心してダブルを取ってこれます」
「神子の心配だけしていろ。こんな状態の人間に手は出さないさ」

 ユアンに全体重を預け、へにゃへにゃと笑っている人間にはさすがに何もしない。

「ゆあん~、しゅきぃ」

 呼び捨てになり、甘える仔犬のようにスリスリと擦り寄る。
 ユアンは一瞬固まり、ふっと真顔になった。

「本当に君は、無防備だな……」
「隊長! マジトーンやめてください!」
「心配してるだけだ」
「今のは安心出来ないやつでした!」
「君は、彼が神子という事を忘れているようだな」

 わざと大袈裟に溜め息をつき、片手を上げて店員を呼ぶ。

「ここの支払いは彼に」
「あーっ!! すいませんでした!! 隊長のこと世界一信じてます!!」

 机に両手をつきペコペコと頭を下げる騎士に、店員は見慣れた光景とばかりにクスクスと笑った。





 風真をベッドに下ろし、前回同様、服を脱がせようとしてユアンはふと動きを止める。
 眠っていても幸せそうに見える顔。つん、と頬をつつくと、むにゃむにゃ言いながら寝返りを打った。

「ふぁ……、ひゃ……」

 晒された首筋を撫でると、擽ったそうに首を竦める。

「やんっ、ひゃぅんっ」

 仰向けに転がし、両手で脇腹を撫でると、盛大に喘いで身を捩った。

「あっ、あぅ……」

 手を離せば甘えた吐息を零す。

「……この子は、抱いたらどんな声で鳴くのかな」

 脇腹を擽ってこれなら、情事の時はどれほど愛らしく鳴くのだろう。逆に押し殺した喘ぎだろうか。それはそれでそそられる。
 元のように幸せそうに寝息を立てる風真を眺め、頬をつついた。


「神子君。俺の事、好き?」
「ん~……しゅきぃれしゅ……」

 ふにゃりと笑顔を浮かべる。

「ユアンの事は、好き?」
「んぅ……ゆあん……、しゅきぃ……」

 舌足らずに答え、頬をつつく手にスリスリと擦り寄った。

「そんな事されたら誤解するよ?」

 頬を撫でると、嬉しそうに笑う。
 相手が自分だから、と思いたいが、アールやトキでも、もしかすると騎士たちでも同じ反応を返すのかもしれない。そう思うと、胸の奥に暗く重いものが広がった。

 その感情は、初めてではない。
 それが何かを、ずっと考えていた。

「……やっぱり、で合ってるのかな」

 名前を付けるとあまりに陳腐で、笑いが込み上げる。だが、以外であるはずがないと思えた。

「神子君。君が無防備なのが悪いんだよ」

 納得と同時に、諦めに似た感情が湧き起こる。
 そして、ふと、聞いてみたくなった。
 きっとまだ誰も聞いた事がない、優しく抱かれる最中の声。きっと今以上に愛らしく鳴いてくれるのだろう。

 安心しきって眠る風真のシャツに手を掛け、一つ、二つ……と、ボタンを外した。







 風真が目を覚ますと、視界にはくっきりと浮かんだ喉仏があった。
 その上には、見覚えのありすぎる、整った顔面。

「おはよう、神子君」
「おはようございます……。またしても大変なご迷惑を……」

 やらかした。
 風真は瞬時に状況を理解して、逞しい腕枕から下りようとする。だが、前回同様しっかりと抱きしめられて身動きが出来なかった。

「昨夜は、とても可愛かったよ」

 ちゅっと額にキスをされる。風真はそれを甘んじて受けた。

「お見苦しいところを……」

 きっとまた「だいすきー!」と騒いで寝落ちして、ベッドから転がり落ちそうになったのだろう。それを可愛いで済ませてくれるユアンは優しい。


「神子君、昨夜のこと覚えてない?」
「はい……。でも想像はついてます」
「そうじゃなくて。今回は、前と違うところがあるんだ」
「違うところですか?」

 風真は目を瞬かせる。するとユアンは風真の顎を掴み、顔を上げさせた。

「俺に抱かれた事、覚えてない?」
「うえっ!?」

 大声を出すと、ズキンと頭が痛む。

「驚かせて悪かったね。後で薬を貰ってくるよ」
「すみません……」

 今回も二日酔いだ。そう思っていると、ユアンはクスリと笑った。

「無理をさせたから、頭痛もそのせいかもしれないね」

 たくさん泣いたから、と目元をそっと撫でる。

(泣いた……? 抱か、れ……?)

 風真はパニックになり、視線を彷徨わせた。
 互いに体は汚れていない。だがそれは、ユアンが綺麗にしたのかもしれない。
 その間も髪にキスをされ、背を撫でられる。直に触れる指先に、ぴくりと震えた。


(抱かれた……抱かれた……?)

 何度も考え、ふと、気付く。

「……嘘ですね?」
「どうして?」

 ユアンの手が腰を撫で、目元に唇が触れた。

「だって、腰も喉も痛くないです。俺だって知ってますよ。えっちの後は色々痛いんです」

 今は頭以外、どこも痛くない。風真は堂々と言い切る。するとユアンは、僅かに眉間に皺を寄せた。

「神子君は、処女じゃないの?」
「そもそも女の子じゃないです。処男? です」
「処男か」

 ユアンは思わず笑ってしまった。

「それにユアンさんは、泥酔してる相手に手を出すような人じゃないです」
「何故そう言い切れるのかな」
「ユアンさんはえっちですけど、優しいし騎士だし、みんなのことも大事に思ってて……とにかく、俺は信じてます。抱くなら起きてる時に正々堂々と落としにくる人だと思ってますし」

 きっぱりと言い切る。ユアンの瞳を、真っ直ぐに見つめて。


「正々堂々、か」

 しばしの間の後、ユアンは小さく笑った。

「神子君は、俺の事を信じてるんだね」
「はい」
「そっか。……でも、雰囲気だけは出させて貰ったよ」
「っ、これって……」

 体を離され、これ、と胸元をつつかれる。
 そこにあったのは、……キスマークだ。胸や腕、太股にも、くっきりと紅い痕が付いている。

「雰囲気だけでも、君を俺のものにしたくてね」
「うわぁ……先にこれ見せられたら、ちょっと信じちゃったかもです……」
「しまったな。そうすれば良かった」
「でもやっぱり最終的には嘘だって気付きましたけど」

 風真はユアンの胸を押し、コロリと転がり、背を向けた。

(まさかのキスマーク……困ったな……)

 ユアンなら付けそうで、嫌悪感はないが、これは困った。もしアールやトキに見られたら大変な事になりそうだ。
 せめて首筋に付いてませんように。そう願いながら、付いていたら寒さを理由にストールでも巻こうと決めた。


「君の事を、面白い玩具だと思っていたけど……訂正するよ」

 ユアンは風真を背後から抱きしめ、髪に頬を寄せる。

「俺は、君が好きだ」

 柔らかな声。今までとは違う音に、風真は戸惑う。

「……ありがとうございます」

 人間として好きになってくれたのかな、と解釈して礼を言うと、ユアンは困ったように笑った。

「俺は、君に、恋をしてしまった。その好きだよ」
「えっ……」
「好みの子とは全く違うのに、君の事が可愛くて仕方ないんだ」

 身を固くする風真を、逃がさないとばかりにきつく抱き寄せる。

「俺は本気だよ。……フウマを、愛してる」
「っ……」

 耳元で囁かれ、びくりと震えた。

(好き……? 愛……?)

 いつものようにからかわれているだけ、と思うには、声が、腕の強さが、背に触れるユアンの胸から伝わる少し速い鼓動が、本気なのだと告げてくる。
 いつから、ユアンルートに入っていたのだろう。ルート、と言うには、ユアンの暖かな体温は現実だった。


「……あの、俺」
「薬を貰ってくるよ」

 風真が口を開く前に、ユアンはそっと離れてベッドから下りる。

「返事はしなくていいよ」

 戸惑いに揺れる黒の瞳に笑ってみせ、優しく髪を撫でた。

「君から好きだと言わせてみせるから、覚悟してて」
「!」

 唇に触れないギリギリ、口の端にキスをして、ユアンは部屋を出て行った。

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