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微熱だって言ってた
しおりを挟む討伐後、今回は倒れるような事はなかった。
熱っぽくはあるものの、離れに着いてもしっかりと立てた。それなのにアールは風真を抱き上げ、部屋まで運んだのだ。意識のはっきりしている時に運ばれながら「侍医を呼べ」と大袈裟にされる事の、なんと居たたまれないこと。
ベッドに寝かされ、肩まで布団を掛けられて、侍医の診察を受けて例の薬も飲んだ。
そして今は、側の椅子に座ったアールに見守られながら、横になっている。
「お医者さんも、微熱だって言ってたのに」
「おとなしく寝ていろ」
「頭良くなったし、これからは熱も出ないと思う」
「今は出ているだろう?」
「前は病み上がりだったから」
「黙って寝ろ」
起き上がろうとする風真の肩を押し、ベッドに戻す。それを何度か繰り返した。
「……そんなにベッドに縛り付けられたいか?」
「!? ごめん! 寝ます!」
立ち上がったアールに見下ろされ、慌てて布団を口元まで引き上げる。トキに縛られた世界。変わったとはいえアールが縛らない確証はない。
トキとの事を知らないアールは、ようやくおとなしくなったとばかりに溜め息をつき、椅子に座った。
「微熱でも、悪化しないとは限らない。お前は神子だ。その身体は替えが利かないのだから、もっと大事にしろ」
その言葉に、ズキリと胸が痛む。
アールは変わった。だが、大事にしてくれる理由は、最初から変わっていないのかもしれない。
違うと思っても否定できず、布団をギュッと握り頭の上まで引き上げた。
「どうした?」
「……アールが心配するのは、俺が神子だから?」
「そうだが?」
「神子じゃない俺なら、心配しない?」
答えを聞くのが怖い。それでも、訊かずにはいられない。何事もはっきりさせたい性格が嫌になる。布団の中で、きつく目を閉じた。
風真の問いにアールは口を開き、一度閉じる。何を馬鹿な事を、と言えば、風真はおかしな方に誤解するかもしれない。
「心配はする。神なら器を入れ替える事も出来るというが、人間のお前には出来ないだろう?」
「……うん」
「だから心配している。それに、神子でなければ力の使い過ぎで倒れる事もないからな。心配する必要もない」
アールは、何か違うと首を傾げる。今の言い方では、冷たく聞こえる気がした。
「どう言えば良いのか……。神子でないお前でも、心配はする。……飼い犬を心配する気持ちに、似ているな」
「犬じゃなくて親友だからなっ」
「ああ、そうだったな」
バッと布団から顔を出した風真に、アールは安堵する。その気持ちは初めてのものだったが、心地がよかった。
「熱で不安になっているのだろうが、今はもう、討伐の道具とは思っていない」
「本当に……?」
「以前なら、私の言う事を信じないお前に苛立っていた。今は、お前に信じて貰いたい。そう言えば安心出来るか?」
「……うん。疑ってごめん」
眉を下げると、アールはただそっと目を細めた。
風真は王族の血で召喚した、大事な存在。だが、体力のある者……例えば、王族の血も流れているユアンの血なら、力を使いすぎて高熱を出す事もなかったのかもしれない。今回の討伐で、そう考え始めた。
王族の血は尊く、特別なものだ。その考えは今も変わらない。
だからといって、その血の流れる者が全てにおいて優れているとは限らない。それは、親族を見ていれば分かる事だった。
自分は世界一優れた存在だと信じて疑わなかった。天才である事は間違いないと、風真も言った。
だが、自分にも出来ない事がある。誰かに劣る部分がある。風真と接して、初めてそれに気付いたのだ。
「他人を心配する事に関しては、お前には負けるな」
きっと神子でなくとも、慈悲深く、太陽のような存在なのだろう。
(アール、なんか様子がおかしい?)
表情は普段と変わらない。だが、どこか違う。
どうしたのだろうと見つめていると、ふいにノックの音が響いた。
「神子様、ユアン様がお越しです」
「え? ユアンさん? どうぞ」
許可すると、扉が開く。そこには、オレンジと黄色の花でいっぱいの花籠を持ったユアンが立っていた。
「神子君、具合はどう?」
「微熱だ。脱走を企てるほど元気だ」
「別に企てては……」
「弱って儚げになった神子君を見に来たんだけど、元気そうで良かったよ」
「なんか、元気ですみません」
苦笑すると、ユアンは本当に元気で良かったと思ってるよと笑う。
「ところで、それは?」
「お見舞いだよ。神子君は太陽みたいだから、明るい花を選んだんだ」
「太陽って……、素直に嬉しいです。ありがとうございます」
明るい、と思って貰えるのは嬉しい。風真が笑うと、ユアンも目元を緩めて笑った。
花籠はそのまま飾れるようになっている。持ち手部分にリボンも付いていて、一気に部屋が華やかになった。
「お花貰ったの初めてで、なんだかくすぐったいですけど、とっても嬉しいです」
「それは良かった。神子君の初めてが貰えて、俺も嬉しいよ」
「えっ」
「おかしな言い方をするな」
「アール、空気を読まない男は嫌われるよ?」
「神子にか? 嫌わないだろう?」
「う、うん」
むしろ変な空気にならずに済んで助かった。
「そのうち他の初めても貰うけどね」
「お前にはやるか。私の神子だ」
「神子としてじゃなく、一人の人間としてだよ」
「あの! 俺、熱上がってきたんで寝ますね!」
「それだけ元気に言っておきながら」
「寝ろって言ったのアールじゃん!」
それだけ元気に言っておきながら、とまたアールは呟き、ユアンは愉しげに笑う。
「元気で可愛いね、神子君は」
「ありがとうございますっ、お見舞いもありがとうございましたっ」
「来たばかりだけど、熱が上がってきたなら仕方ないか」
ユアンはそう言って、もう一つ置かれた椅子に座る。
「起きるまで寝顔を見ていようかな」
「帰れ」
「俺が看病するから、アールは仕事してきなよ」
「後で片付けるから問題ない」
(あれ……なんか、この感じ……)
良くあるヒロインの取り合いのような?
ふと思うが、アールはユアンの態度が気に入らないだけ、ユアンはアールをからかっているだけだと思い直す。
(いやいや、どっちのルートにも入ってないもんな)
ふう、と息を吐き、言い合う二人の声を聞きながら目を閉じた。異世界イケメンの良い声を聞きながら寝るのも、それはそれで贅沢だ。
「神子を疲れさせるな」
「アールもだよ。神子君、ごめんね」
ユアンが風真の頭を撫でると、アールが咎める。また言い合いになる前に、ごめんごめんとユアンは笑って流した。
「神子君。部下たちとの討伐祝いは明日の夜にしたけど、参加出来そう?」
「はい!」
「じゃあ、夕方に迎えに来るよ」
「ありがとうございますっ、それまでに治しますっ」
「その調子なら大丈夫そうだね」
元気な風真に、クスリと笑った。
「無理はさせるなよ」
「へぇ、許可はするんだ?」
「止めても無駄だろうからな」
呆れたように言う。だが、たまには外に出してやらなければ、息苦しさで死んでしまうのではと、以前考えた時よりも深刻な考えになっていた。
「しっかり寝て完治させろ」
「うん。心配してくれてありがと」
嬉しそうに笑うと、アールはそっと目を細める。その表情に、ユアンは驚きに目を見開いた。
(そういえば最初は、アールだけは絶対部屋に入れないって思ってたっけ)
絶対に回収出来る、無理矢理咥えさせスチルがあるから。最近では忘れていたが、まだ発生する可能性はあるのだろうか。
(今のアールなら、無理矢理はなさそうだよな)
靴で踏まれたのが嘘のように、今は乱暴に扱われる事もない。
もしかしたらもう、三人との友情エンドに向かっているのでは。そう思うと嬉しくなり、へらりと頬が緩んでしまった
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