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討伐クエスト3
しおりを挟む「本当にヒュドラだぁ……」
翌日。由茉の言った通り、九つの首の大蛇が襲撃してきた。
ヒュドラは水辺に生息しているはず。数キロ先から歩いてきたのだろうか。地図を見て地理を覚えた風真は、多分あの湖かなと推測する。
わざわざそこから移動して襲ってくる理由は、とふと思うが、一番近い街がこの王都だ。それともただ、ゲームの設定に合わせて動いているだけなのだろうか。
(って、考え事してる場合じゃなかった)
風真が馬から下りると、ヒュドラと戦っている騎士たちが安堵の声を上げた。
首を斬ると二つに増え、胴体を攻撃しようにも首に邪魔される。こんな魔物は初めてだ。剣と弓矢で攻撃して押し留めているが、解決の糸口が見つからないと戦況を伝える。血を浴びた騎士もいるが、どうやら毒はないようだ。
ピコン、と現れた選択肢。すぐさま“祈り”を選んだ。攻撃対象はランダムで選ばれ、ヒュドラの首が一つ光に包まれる。
だが。
「うえっ!? 浄化しても増えるっ、聞いてたのと違うっ」
「神にも間違いがあるのか」
「今頃、しまったなぁって思ってるかもね」
「お二人とも。不謹慎ですよ」
トキも同じ事を思いつつ、神官として二人を窘めた。
(連なる祈り、って連続攻撃かな……)
現れた新たな選択肢。迷わずそれを選ぶと、最初の光が頭を落とし、次の光が切り口を浄化した。
「これなら、生えてこない……?」
再生する様子もなく、次の首も同じように浄化する。
「これはっ……」
「さすがは神子様!」
騎士たちが歓声を上げる。その声に応え、三つ、四つと浄化していくが、元は九つだった首は、今は倍以上になっている。騎士たちが有能な証拠でもあった。
(……エノキみたい)
密集してわさわさと動く首。このまま一つずつ浄化していては、いくら知力が基準より高くとも、途中で倒れてしまうかもしれない。それは風真にとって、体液摂取より避けたい事だと気付いた。
「神子。他に方法はないのか? あまり無理をすると倒れるぞ」
「うん……今、それを考えてたとこ」
やはり騎士に斬り落として貰い、そこを浄化するしかない。彼らは強い。到着するまでも、こんなに首が増えるまで斬り落とせていたのだ。
だが、負傷した者もいる。酷く血が出ている者も。初めて見る大量の血が、風真の決断を鈍らせた。
(後どれくらい使えるかも表示されればいいのに……)
RPGのように、HPとMPの表示が欲しい。浄化を続けながら、疲労が溜まっていく感覚にそっと息を吐いた。
宙の画面に表示された、“助けを求める”の文字。これでユアンを選べば良いだけ。それでも、もう少し数を減らしてから、と浄化を続けてしまう。
「神子君。君は、他の方法を知ってるよね?」
「っ……」
「迷うのは、この場の誰かを危険に晒すから?」
ユアンには、気付かれている。その方法も、黙々と首の数を減らす理由も。
「……もう、誰にも怪我して欲しくないんです。だから、もう少しやらせてください」
もうすぐ元の数まで減らせる。そうすれば。
「駄目だよ」
「えっ」
腕を掴まれ、慌てて振り払おうとする。当然出来るはずもなく、このままでも浄化を、と画面を見るが、“祈り”の文字は暗くなり選択出来なくなっていた。
「ユアンさん! 離してください!」
「首を斬るまでは、剣でもいいんだよね?」
「それはっ……」
風真の反応で、ユアンは確信する。
「待ってください! まだあの数じゃ……」
止めようとする風真を無視し、ユアンが騎士たちに命令しようとした、その時……。
「えっ……、火……?」
何処からか放たれた炎が、ヒュドラの首を一つ包み込んだ。
もがき苦しみ、周囲に土埃が舞う。パチパチと弾ける火は徐々に収まり、ブルッと首を振ったヒュドラは焼け爛れた頭で雄叫びを上げた。
「やっぱりこれじゃ駄目か……」
木の陰から、小さな声が聞こえる。風真にしか聞こえなかったのか、騎士たちは即座に風真を囲んだ。
「まさか、罠を突破されたのかっ?」
「神子様、我らから離れませんよう!」
「あのっ、でも、俺たちを助ようと……」
「あのような威力の炎を使うなど、魔物の証拠です!」
この世界に魔法はない。魔物の中でも火を吐くものは、力が強く邪悪とされている。それが罠の内側へ入ったとなれば、大惨事を免れない。
そう言っている間にも、炎がヒュドラに放たれる。その位置から場所を割り出し、騎士が素早く“魔物”と思われる者を捕縛した。
「待ってください! その人は人間です!」
風真が大声を上げる。
地面に押し付けられた、小柄な人物。旅人のようなベージュのマント。フードを深く被り顔は見えないが、確かにあの位置から声を聞いた。やっぱりこれじゃ駄目か、と。つまり、ヒュドラと戦った事があるということ。
「神子。あれは安全なのか?」
「うんっ、だからアール、お願い」
「……神の啓示だ。その者を起こせ」
アールは風真を信じ、騎士たちに命じる。
万が一に備え警戒は緩めず、騎士たちはアールを下がらせる。駆け出そうとする風真はユアンが捕まえて、背後に隠しながらその人物に近付いた。
「あのっ、酷いことをして申し訳ありません!」
風真は大声で謝罪する。
「でもっ、お願いしますっ、あれを倒すのを手伝っていただけませんか!」
「っ……」
「ヒュドラの首は、切れば二つに増えますっ。でも、傷口を焼けば生えてこないんですっ」
「あなたは……ヒュドラを知って……」
「後で詳しくご説明しますっ。俺が首を切ったら、切り口を焼いて欲しいんですっ」
「……承知しました」
フードの中から聞こえた声は、柔らかく、少年のようだった。
だが今はまず、ヒュドラを退治しなければ。弓矢で押し留めているが、そろそろ限界だ。
「連続でもいけますか?」
「はい……」
その返事で、風真は新しい選択肢“数多の祈り”を選んだ。今度はカーソルが現れ、左から順に三つ選ぶ。
すぐに光が首を落とし、炎が切り口を焼いた。
「黄金の炎……?」
「神子様のお力と、炎が……」
光と炎が重なり、皆の目には目映い神の炎に映る。
松明や火矢にはここまでの火力はなく、何よりあの炎でなくてはならないように思えた。
「……最後の首は、不老不死です」
戸惑う声が聞こえる。
最後の首。不老不死だというあれは、焼いても生えてくる。だが、風真の目には切り札が見えていた。
最大の祈り――。
その選択肢が現れたなら、それを選べば倒せるのだろう。だが、きっとまた、熱を出して倒れてしまう。
(それでも、選ぶ以外ないよな)
トキは、倒れても信頼を失うなどないと断言してくれた。アールは、幻滅するどころか看病までしてくれた。ユアンは……神子として働けるなら特に気にしないのだろう。
由茉にだけは、申し訳なく思うが……。だからといって、やめる訳にはいかない。
例え倒れても、皆は嫌わずにいてくれる。それならいくらでも頑張れる。
風真は気合いを入れて選択肢を選んだ。
「っ……、すごい……これが……」
目映い光がヒュドラを包み、跡形もなく消してしまう。不死の首が、肉片一つ残さず消えたのだ。
その光景に小さく震えながら、マントの中でギュッと拳を握った。
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