39 / 270
図書室と誤解3
しおりを挟む「お前や臣下が無能なのではなく、私が天才なのだと気付いてからは、私なりにレベルを合わせるよう努力している」
「そっか……うーん、一言余計なんだよなぁ」
椅子に座り、元のように話すアールに苦笑する。
「何故分からないのかと叱責するのをやめ、どこが分からないのかと問うようにした。分からない理由が分からずとも、お前に教えたように根気強く原因を探り、納得するまで説明しているつもりだ」
おお、とこれには風真も感動する。仕事の方でも大きな変化があったようだ。
「最初は余計に萎縮させたように思う。だが、徐々にだが、使える者が増えてきた」
言い方が良くないんだよな、と風真はまた苦笑した。
「お前を見ていて分かった。これが、人を育てるという事なのだな」
アールは晴れやかな顔をする。
困らせるつもりで始めた事で、己に変化が起きるとは思ってもいなかった。今は、風真のように素直に学ぼうとする者には、より丁寧に教えようという気持ちが芽生えている。
「アール、頑張ってるじゃん」
「ああ。生まれて初めて努力している」
「んんっ、言ってみたいっ」
生まれてこのかた努力ばかり。いいな、と見上げる風真の頭を、アールは宥めるように撫でた。
「だが、何故弟と会った事を黙っていた?」
「ごめん……言っても構わないって言われたけど、兄弟仲が悪くなりそうで言わなかったんだよ。どういったらいいかも分からなかったし」
「弟に惚れたからでは?」
「は? ないない」
風真はパタパタと手を振った。
「弟は、全てにおいて私に劣っている。だが、社交性があり、人の心が分かり、良く笑い、共にいて居心地が良いという」
(それって、婚約者さんに言われたのかな……)
「やはりお前も、あいつの方がいいのか?」
その言葉に、咄嗟にアールの手を掴んでいた。
「俺はアールがいいよ」
もしも生まれた時からの婚約者に言われたのなら、傷ついたはずだ。それが誰かの噂でも、きっと。
「ロイさんはいい人だし優しいけど、俺は、アールの方がいい」
「私の何が良くて……」
「真っ直ぐにぶつかって来てくれるところが俺に合ってるっていうか、素直すぎて放っておけないなって思うし、……アールと親友になれたらなって思ってるよ」
てれ、と恥ずかしそうに笑う。
「親友か……」
「えっ、ごめん、いきなり馴れ馴れしすぎた?」
「それは最初からだろう」
何故これほどショックを受けているか分からず、アールは顔を覆い溜め息をついた。
「あ、じゃあ、友達からお願いします……?」
「……いや、いい」
「えっ」
「もう親友でいい。勝手にそう思っていろ」
呆れたように言ってから、アールは思い直す。何でも分かったふうの風真でも、言葉が足りなければ誤解するのだろう。
「お前がそうなりたいなら、それでいい。私には友人らしい友人がいないからな。お前が唯一の友で親友だ」
「アールっ……」
溢れる程の感動と、友達がいないという事への哀れみ。友人の必要性は価値観の違いだと分かってはいるが、唯一の友として頑張ろう、と風真は気合いを入れた。
「今日から親友、よろしく!」
「友とは、こうしてなるものなのか?」
握手、と風真に手を差し出されおとなしく握ると、上下にブンブンと振られた。
「アールはもっといろんな考えを知った方がいいと思うんだ。今度一緒に街に行こうよ。自分の国の人がどんな風に暮らしてるのか、庶民になったつもりで体験するのも色々気付けていいんじゃないかなって」
「親友になった途端に偉そうだな。いや、元々か」
まだブンブンと腕を振りながら話す風真に、肩を竦める。
「街にさ、美味しそうな店いっぱいあったんだよ。でも、御使いがいないと食べちゃ駄目って護衛さんに言われて」
「そうか。それで? お前はいつ私に無断で外に出た?」
「あっ……」
しまった、と風真の手が止まり、そっと離される。それをアールがガシッと掴んだ。
「うえっ!? ちゃんと護衛さんについてきて貰ったよっ」
「私に報告がなかった事が問題だ」
「忘れてたんだってばっ。てか窓があるの食堂だけだし、せっかく異世界に来たんだから異世界体験したいんだよ~。外の世界見たいよ~」
軟禁生活は嫌だ。そう解釈したアールは、珍しく困惑した。
風真の行動力なら、護衛を巻いて逃げる事も出来るかもしれない。最高の環境が整えられているのに何が不満だと思っていたが、風真には息苦しいのだろう。
「街に出たければ私に言え。一人で勝手に行くな」
「ごめんってば。今度からちゃんと言うよ」
「分かればいい。外の景色が見たければ、私の部屋に来い。寝室の方なら窓がある。不在でも、神子なら鍵がなくとも扉は開くからな」
「えっ、いいの?」
「ああ。だが、窓の外には衛兵が控えている。開けてもいいが、逃げられるとは思うなよ」
「逃げても行くとこないって。てか開けてもいいんだ、やった~」
風真は嬉しそうに笑った。
「……それから、ベッドの上で物を食べるのだけはやめてくれ」
「しないって~」
あはは、と笑う。自分のベッドではやってしまうが、まさか他人のベッドでする訳がない。
「食べるなよ?」
「しないってば。ちゃんとテーブルで食べるよ」
「こぼすなよ?」
「分かってるよっ」
小さな子供じゃないんだから、と拗ねる。その姿を、アールはそっと目を細めて見つめた。
(わ、笑った……)
初めてきちんと、穏やかに笑った。思わず凝視してしまう。それに気付き、アールはわざとらしく視線を地図に落とした。
主人公なら、誤解されて何も言えないままハードなイベントが発生していたのかもしれない。だが、今はこうしてアールの親友にまでなれた。
アールがそっと差し出したメレンゲ菓子をぱくりと食べ、このまま友情エンド目指せそう、と風真はにこにこと笑った。
86
お気に入りに追加
827
あなたにおすすめの小説
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
仔犬のキス 狼の口付け ~遅発性オメガは義弟に執心される~
天埜鳩愛
BL
ハピエン約束! 義兄にしか興味がない弟 × 無自覚に翻弄する優しい義兄
番外編は11月末までまだまだ続きます~
<あらすじ>
「柚希、あの人じゃなく、僕を選んで」
過剰な愛情を兄に注ぐ和哉と、そんな和哉が可愛くて仕方がない柚希。
二人は親の再婚で義兄弟になった。
ある日ヒートのショックで意識を失った柚希が覚めると項に覚えのない噛み跡が……。
アルファの恋人と番になる決心がつかず、弟の和哉と宿泊施設に逃げたはずだったのに。なぜ?
柚希の首を噛んだのは追いかけてきた恋人か、それともベータのはずの義弟なのか。
果たして……。
<登場人物>
一ノ瀬 柚希 成人するまでβ(判定不能のため)だと思っていたが、突然ヒートを起こしてΩになり
戸惑う。和哉とは元々友人同士だったが、番であった夫を亡くした母が和哉の父と再婚。
義理の兄弟に。家族が何より大切だったがあることがきっかけで距離を置くことに……。
弟大好きのブラコンで、推しに弱い優柔不断な面もある。
一ノ瀬 和哉 幼い頃オメガだった母を亡くし、失意のどん底にいたところを柚希の愛情に救われ
以来彼を一途に愛する。とある理由からバース性を隠している。
佐々木 晶 柚希の恋人。柚希とは高校のバスケ部の先輩後輩。アルファ性を持つ。
柚希は彼が同情で付き合い始めたと思っているが、実際は……。
この度、以前に投稿していた物語をBL大賞用に改稿・加筆してお届けします。
第一部・第二部が本篇 番外編を含めて秋金木犀が香るころ、ハロウィン、クリスマスと物語も季節と共に
進行していきます。どうぞよろしくお願いいたします♡
☆エブリスタにて2021年、年末年始日間トレンド2位、昨年夏にはBL特集に取り上げて
頂きました。根強く愛していただいております。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる