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図書室と誤解3

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「お前や臣下が無能なのではなく、私が天才なのだと気付いてからは、私なりにレベルを合わせるよう努力している」
「そっか……うーん、一言余計なんだよなぁ」

 椅子に座り、元のように話すアールに苦笑する。

「何故分からないのかと叱責するのをやめ、どこが分からないのかと問うようにした。分からない理由が分からずとも、お前に教えたように根気強く原因を探り、納得するまで説明しているつもりだ」

 おお、とこれには風真ふうまも感動する。仕事の方でも大きな変化があったようだ。

「最初は余計に萎縮させたように思う。だが、徐々にだが、使える者が増えてきた」

 言い方が良くないんだよな、と風真はまた苦笑した。

「お前を見ていて分かった。これが、人を育てるという事なのだな」

 アールは晴れやかな顔をする。
 困らせるつもりで始めた事で、己に変化が起きるとは思ってもいなかった。今は、風真のように素直に学ぼうとする者には、より丁寧に教えようという気持ちが芽生えている。

「アール、頑張ってるじゃん」
「ああ。生まれて初めて努力している」
「んんっ、言ってみたいっ」

 生まれてこのかた努力ばかり。いいな、と見上げる風真の頭を、アールは宥めるように撫でた。


「だが、何故弟と会った事を黙っていた?」
「ごめん……言っても構わないって言われたけど、兄弟仲が悪くなりそうで言わなかったんだよ。どういったらいいかも分からなかったし」
「弟に惚れたからでは?」
「は? ないない」

 風真はパタパタと手を振った。

「弟は、全てにおいて私に劣っている。だが、社交性があり、人の心が分かり、良く笑い、共にいて居心地が良いという」

(それって、婚約者さんに言われたのかな……)

「やはりお前も、あいつの方がいいのか?」

 その言葉に、咄嗟にアールの手を掴んでいた。

「俺はアールがいいよ」

 もしも生まれた時からの婚約者に言われたのなら、傷ついたはずだ。それが誰かの噂でも、きっと。

「ロイさんはいい人だし優しいけど、俺は、アールの方がいい」
「私の何が良くて……」
「真っ直ぐにぶつかって来てくれるところが俺に合ってるっていうか、素直すぎて放っておけないなって思うし、……アールと親友になれたらなって思ってるよ」

 てれ、と恥ずかしそうに笑う。


「親友か……」
「えっ、ごめん、いきなり馴れ馴れしすぎた?」
「それは最初からだろう」

 何故これほどショックを受けているか分からず、アールは顔を覆い溜め息をついた。

「あ、じゃあ、友達からお願いします……?」
「……いや、いい」
「えっ」
「もう親友でいい。勝手にそう思っていろ」

 呆れたように言ってから、アールは思い直す。何でも分かったふうの風真でも、言葉が足りなければ誤解するのだろう。

「お前がそうなりたいなら、それでいい。私には友人らしい友人がいないからな。お前が唯一の友で親友だ」
「アールっ……」

 溢れる程の感動と、友達がいないという事への哀れみ。友人の必要性は価値観の違いだと分かってはいるが、唯一の友として頑張ろう、と風真は気合いを入れた。

「今日から親友、よろしく!」
「友とは、こうしてなるものなのか?」

 握手、と風真に手を差し出されおとなしく握ると、上下にブンブンと振られた。


「アールはもっといろんな考えを知った方がいいと思うんだ。今度一緒に街に行こうよ。自分の国の人がどんな風に暮らしてるのか、庶民になったつもりで体験するのも色々気付けていいんじゃないかなって」
「親友になった途端に偉そうだな。いや、元々か」

 まだブンブンと腕を振りながら話す風真に、肩を竦める。

「街にさ、美味しそうな店いっぱいあったんだよ。でも、御使いがいないと食べちゃ駄目って護衛さんに言われて」
「そうか。それで? お前はいつ私に無断で外に出た?」
「あっ……」

 しまった、と風真の手が止まり、そっと離される。それをアールがガシッと掴んだ。

「うえっ!? ちゃんと護衛さんについてきて貰ったよっ」
「私に報告がなかった事が問題だ」
「忘れてたんだってばっ。てか窓があるの食堂だけだし、せっかく異世界に来たんだから異世界体験したいんだよ~。外の世界見たいよ~」

 軟禁生活は嫌だ。そう解釈したアールは、珍しく困惑した。
 風真の行動力なら、護衛を巻いて逃げる事も出来るかもしれない。最高の環境が整えられているのに何が不満だと思っていたが、風真には息苦しいのだろう。


「街に出たければ私に言え。一人で勝手に行くな」
「ごめんってば。今度からちゃんと言うよ」
「分かればいい。外の景色が見たければ、私の部屋に来い。寝室の方なら窓がある。不在でも、神子なら鍵がなくとも扉は開くからな」
「えっ、いいの?」
「ああ。だが、窓の外には衛兵が控えている。開けてもいいが、逃げられるとは思うなよ」
「逃げても行くとこないって。てか開けてもいいんだ、やった~」

 風真は嬉しそうに笑った。

「……それから、ベッドの上で物を食べるのだけはやめてくれ」
「しないって~」

 あはは、と笑う。自分のベッドではやってしまうが、まさか他人のベッドでする訳がない。

「食べるなよ?」
「しないってば。ちゃんとテーブルで食べるよ」
「こぼすなよ?」
「分かってるよっ」

 小さな子供じゃないんだから、と拗ねる。その姿を、アールはそっと目を細めて見つめた。

(わ、笑った……)

 初めてきちんと、穏やかに笑った。思わず凝視してしまう。それに気付き、アールはわざとらしく視線を地図に落とした。


 主人公なら、誤解されて何も言えないままハードなイベントが発生していたのかもしれない。だが、今はこうしてアールの親友にまでなれた。
 アールがそっと差し出したメレンゲ菓子をぱくりと食べ、このまま友情エンド目指せそう、と風真はにこにこと笑った。

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