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図書室と誤解

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 それから三日、風真ふうまは図書室でせっせと勉強していた。
 アールから教えて貰ったところはもう完璧に頭に入っている。今は世界地図を眺め、交流のある国を中心に、それぞれの特色を覚えているところだった。

(カレーあるじゃん……あ、これトムヤムクン?)

 世界の料理という本を見つけ、美味しそうな料理のイラストを見ながら、地図で国の位置を確認する。香辛料を使ったものは南方の国だ。
 パエリアやリゾット、ワッフルなどはこの国と、西の国。今更ながら米がある事をありがたく思う。

(今度お願いして、おにぎり作らせて貰おう)

 醤油や海苔はないだろうが、塩と米だけでも充分美味しい。米は万能食材だ。
 ざっと見たところ、日本食はなかった。元はゲームの世界。異世界らしさを出す為に、設定を西洋に寄せたのだろう。

(でも、全く交流ない国が日本っぽかったりする時あるよな)

 欲を言えば、緑茶と抹茶デザートが欲しい。すき焼きも食べたい。醤油が欲しい。
 だが料理本を幾つも持ってきては読みふけるが、目当ての物は見つからなかった。
 ふと、肉まんを思い出す。ユアンは食に詳しいようだった。今度訊いてみよう、と思っていると。


「シェフにでもなる気か?」
「ひぇ!」
「相変わらず間抜けな声だな」
「急に話しかけるからだよ! ってか耳元でしゃべるなっ」

 ユアンのような事をしないで欲しい。耳を押さえギャンギャン怒鳴るが、アールは聞きもせずに椅子を持ってきて側に座った。

「食い意地の張った神子の為に、この私が自ら持ってきてやったぞ」
「えっ、わっ、美味しそうっ」

 机に乗せられた大きな木のカゴ。上に掛かった布を取ると、様々な種類の焼き菓子とサンドウィッチが入っていた。

「ありがたく思え」
「アール様、最高~! ありがと!」

 目をキラキラさせてカゴの中を見つめる。

「……敬語で」
「アール殿下っ、さすがですっ」
「私の目を見て言え」
「アール様、ありがとうございますっ、さすが世界一の王子!」

 満面の笑みで褒め言葉を口にする。

「お前にはプライドは、……いや、お前に敬わせるには食べ物を使えば良いのか」
「前みたいに見下した言い方じゃないから腹も立たないんだよ。てか、料理本見てたらお腹空いた~。もう食べていい?」

 最初はサンドウィッチか、ジャムやチェリーの乗ったクッキーか、白いメレンゲ菓子か。フィナンシェやガレットも美味しそうだ。どれにしようと見つめていると、スッとアールの手が目の前に出された。


「待て」
「いや、そんな犬みたいな」

 手の上げ方も位置も完璧、と苦笑する。

「……お手」
「いやいや、犬じゃん」
「お手」
「も~っ、はい、お手」

 ぽん、と拳にした手を乗せると、もう片手を出される。そこにも乗せると、アールは満足そうに口の端を上げた。

(わ、笑った……?)

 笑顔とまではいかないが、今までで一番の表情だ。出来れば違う事で笑って欲しかったけど、と風真は複雑な気持ちでそっと手を下ろした。

「アールって犬飼ってたんだよな。俺も飼ってたけど、犬ってほんと可愛いよな」
「ああ。何も考えてなさそうなところが良い」
「それは無邪気で可愛いって言えばいいんだよ」
「……そうだな」
「え……なんで俺を見るの」
「……なるほど。飼い犬か」
「人間ですけど? 神子様ですけど?」

 犬と思われた事に気付き、人権を主張する。だがアールはまじまじと見つめるだけ。
 そしてカゴに手を伸ばし、ジャムの乗ったクッキーを摘み風真の口に近付けた。


「は? アール?」
「犬が嫌なら、雛のように食べてみせろ」
「人間だってば!」
「嫌なら、これは持って帰る」
「あーっ待って! 食べるから!」

 カゴを手に取るアールを必死で止める。食い意地というより、美味しい事が分かっているものを空腹時に取り上げられるのがつらい。

「口を開けろ」
「あー」

 今度は素直に口を開ける。

「初めからおとなしく従っていれば良いものを」

 そんな事を言いながら、アールはそっと風真の口にクッキーを差し入れた。

(言ってることは変わんないけど、優しくなったよなぁ)

 口調も、視線も、召喚時とは別人のようだ。感じ方が変わったのではなく、確実にアールの雰囲気が変わった。

「美味いか?」
「んっ」

 コクコクと頷くと、そっと目を細める。こんな顔も、今までしなかった。アールは気付いているのだろうか。
 二つ目のメレンゲ菓子もアールの手から食べさせられ、今度は風真がクッキーを手に取った。


「今度はアールな」
「っ、私はいい」
「ほら、食べさせられるのって恥ずかしいだろ?」

 ニヤニヤと笑う。

「ほらほら。食べないともう討伐行かないからな?」
「私を脅すのか?」
「そうだよ。てか、それしか交渉材料ないから食べてくれ~」

 他に脅せるものがない。素直に言ってアールの口にクッキーを近付けた。
 最後の武器だと自ら明かすなど、冗談の中であってもアールには信じられない事だ。楽しげに見上げる黒の瞳。拒否したとしても「やっぱりだめか」と笑うのだろう。

「やはり、お前は犬のようだな」

 保身など考えず、愚かなほど無邪気に懐いてくる。召喚時にあれほど怒って泣いて傷付いていたというのに、すっかり忘れたように。

「っ、食べた……」

 ただそれだけで、感激して嬉しそうに笑う。その笑顔に、アールはまた目を細めた。

「アールが食べてくれたー! やった! 美味しい?」
「……ああ」

 あまり喜ばれると、食べる前より恥ずかしくなる。口元を押さえ顔を横向けると、風真は勘違いしてにこにこと笑った。

(うーん、可愛いな)

 普段クールなアールが恥ずかしがる姿は、思いの外可愛い。ロイの可愛さとはまた違うものがある。
 アールが変わったからだろうか。それとも、主人公とは真逆のせいだろうか。もう横暴でハードなイベントは発生しないのではと思えた。



 二人で焼き菓子を摘みながら、地図を眺める。
 風真の興味に合わせて、今日は各国の料理や食材の話をした。そこから他国間の交流や経済状況に繋げると、風真は以前よりすんなりと覚えた。
 その者の興味の対象を知り、それに合わせれば理解も早い。今まで気にもしなかった事が全て新鮮で、実になる事に思えた。

 ふと、アールが口を噤む。
 どうしたのかと首を傾げると、アールは地図に視線を落としたまま、ぽつりと呟いた。

「王位争いには興味がないそうだな」
「えっ」
「誰が王になろうと、お前には関係のない事か」

(ええっ!? ロイさーん!?)

 言っちゃったの、と風真は困惑する。

「神子を王宮の廊下で見たと女官が騒いでいたからな。私の許可なく連れ出せるのは王族だけだ。私に報告が来ないなら父と母ではなく、弟だろうと思い、問い詰めた」
「問い詰めた、って……」
「上から目線で全ての人間は自分に従って当然という態度が気に食わない。平民を見下す態度では民からの支持を得られるとは思えない」
「っ……」
「あいつからはっきり聞いた訳ではないが、やはりお前はそう言ったのか」
「言ったけど、それは会ったばかりの頃の話でっ」
「そうか」

 溜め息をつかれ、風真はビクリと震えた。


「私は王に相応しくない、弟に王位を奪われても当然だ、と思っているのだろう?」
「違うっ、それはっ」
「民からの支持がそれほど重要か? 無能な王では他国から搾取され、いずれ国を奪われる。お前にはそんな事も分からないのか」
「だから違うって!」

 否定しても、全て嘘だと思われる。信じて貰えない。
 最初の頃は当たり前だったアールの態度が、今は胸に刺さる。痛くて、悲しくて、違うのだと腕を掴んだ手を乱暴に振り払われた。

「そうか、分かる訳がないな。お前には関係ないのだから」
「アールっ」
「どうせお前は、違う世界の人間だ」

 その言葉を聞いた瞬間、風真の中でプツリと何かが切れた。

「アールの馬鹿!! 違うって言ってるだろ!!」

 勢い余ってアールの頬を両手で挟むと、バチン! と乾いた音が響いた。

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