比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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クエストクリア報酬2:通話

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「姉ちゃん……ユアン、ヤバイ奴だ……」

 肉まんとピザまんが美味しくて忘れていたが、ユアンにされた事は酷かった。その晩の通話で、風真ふうまは重々しい声を出した。

「そうなのよね……。物置で隠れて膝で、ってイベント、主人公が泣きながらやめてって言ってもやめないのよ」
「鬼か」
「今のユアンはまだ、人の心が分からないから」
「アールだけじゃなくて」
「ユアンは両親も兄弟も全く干渉しない家で育ったの。仲が悪いわけじゃないけど、家族の暖かさとか知らないのよね。部下とは仲がいいけど、家族とか恋人はまた違うじゃない?」
「ユアンさんが……」
「でも、安心して。終盤には主人公に感化されて、ユアンルート以外でも人の心を知るよ」

 ユアンルート以外でも。風真は安堵した。


「まあ、トキ様よりはマシかな。ちょっと意地悪したらすぐ抱き上げて部屋まで送ってくれたでしょ?」
「え?」
「え? え? 風真?」
「…………かなり長かったけど、抱き上げて送ってはくれた」
「え、何があったのっ?」

 由茉ゆまの焦った声が響く。だが、乳首の開発までされました、とは口が裂けても言えない。

「俺が泣かないし元気そうだから、愉しくなって長引いたのかも……。送ってくれる時にわざと人通り多いとこ通って、女の人たちの興味を俺に向かせたり酷かったけど……」
「ええっ……ゲームでは、誰にも会わないようにしてくれたんだ、って主人公の好感度が上がるところなのに」
「真逆っ、そこまで真逆なのっ?」
「風真は怖がる演技した方が、イベント短くて済むのかも」
「……今更無理な気がする」

 散々元気に反応してしまった。そうか、抵抗するからヒートアップするのか。覚えておこう。


「色々ゲームと違うのは俺のせい。そういえば、第二王子ってゲームに出てきた?」
「あの美少年? 婚約者連れて挨拶に来るよ」
「リアル公爵令嬢、綺麗だった~。その後、王子に話がしたいって呼ばれて」
「え?」
「え? ゲームでは呼ばれない?」
「うん……アールと一緒にいる時に、何度かチクッと嫌味言いにくるくらいよ」
「え……」
「……風真。何したの」
「何もしてないよ?」
「風真は無自覚に好かれるからなぁ……。第二王子とは何もなかったのよね?」
「うん、普通に話して、普通にいい奴だって分かっただけ」

 嘘は言っていない。彼みたいな弟が欲しい、と笑う声に、由茉は心底安堵した。

「攻略対象以外からは変なことされないみたいで良かった」
「出来れば誰にもされたくないけどね」

 風真が苦笑すると、由茉はそうだねと同じように笑った。


「次の報酬はトキ様だから、教会には近付かないようにね」
「それが、必ず発生する力があるみたいで……」
「……それなら、頑張って耐えるのよ。痛いことはないから、ただ縛られてちょっとえっちな触られ方して、放置プレイされるだけだから。イベント発生する前には必ずトイレに行くのよ。出されたお茶は飲み過ぎないで」
「うえぇ、トキさんのイベントぉ……」
「あれ? ちゃんと聞こえた?」
「ネタバレじゃないからいいのかな……」
「えっ」
「……なんか、そんな気配を感じてた。ユアンさんに羽交い締めされて擽られた時に」

 実際はそこで気付いてはいないのだが、由茉は信じたようだ。そして、もしかしたらお祓いの時に縛られたのもわざと? と風真は気付いた。

「ていうか、またお漏らしイベント?」
「そう」
「シナリオ書いた人……」
「性癖が詰まってるよねぇ」
「どこが報酬なの……」
「プレイする側の報酬、って意味」
「あ~っ、そっかぁ……」

 内側に入っているから忘れていた。ゲームの報酬とは、プレイ側が喜ぶものだ。

(アールの報酬、めちゃくちゃ優しかったんだな……)

 言い換えれば、まともなのはアールだけ。アールルートを推す理由が良く分かった。

「姉ちゃん、次の通話までに、クリア報酬以外にもなんか発生する?」
「うーん……メモしてるけど、警戒するようなのは特にないよ」
「そっか」
「今までも話せない項目は何個かあったけど、絶対避けてってのはなかったし」

 それなら、発生しているのはゲーム以外の出来事だろうか。主人公が真逆の人間に変わってバグが出ているのかもしれない。
 だがひとまず、危険なものはない。安心した。


「あ、これは言っていいやつだ。次の魔物はヒドラ……ヒュドラ? だよ」
「ヤマタノオロチみたいな形で、頭切ったら増えるやつ?」
「そう、それ。本来は切ったとこを焼かないと生えてくるんだけど、このゲームでは浄化すれば生えてこないの。一本ずつしないとなんだけどね」
「面倒そう~」
「ここではユアンに助けを求めると、騎士たちが切ってくれて、それを複数選択で浄化も出来るよ。血とかに毒もないみたい」
「そっか……。……でも、俺が出来るなら俺がするよ」

 騎士たちを危険な目に遭わせるくらいなら、面倒とは思わない。風真の言葉に、由茉は溜め息をついた。

「風真。あんたは、他人のために動きすぎ。何でもかんでも一人でやろうとしないの」
「でも、騎士さんたちに怪我して欲しくないし」
「怪我しないようにサポートするくらいでいいの。あんたが怪我したら、騎士たちが怒られるのよ。神子は国の宝なんだから」

 その事には思い至らなかった。風真は唇を引き結んだ。

「何より、私が心配だから……。絶対に無理はしないで」
「うん、分かった。ごめん……」

 由茉の声に切実なものが混ざる。もし討伐で命を落としたら。次の通話が来なかったら。それを思うと不安で眠れない日も、悪夢に魘される日もある。
 こうして風真の声を聞いて、元気に生きている事を知って、ようやく安堵出来るのだ。
 由茉はそっと息を吐き、いつも通りの明るい声を出した。


「それにね、邪気も一本ずつで溜まるから、体力がギリギリだと一気に体液摂取イベントよ?」
「うえぇっ!?」
「今の風真の体力なら大丈夫だけどね。でも、油断しないで。あの三人のうち誰かの、体液摂取よ」
「ひぇっ、気をつける……」

 想像して、ブルッと震える。誰を選んでもキス程度で終わる気がしない。

「それも踏まえて、騎士の力を借りることも選択肢に入れておきなさい」
「分かった……。あれ? そういえばユアンさんが戦ってるとこ見たことないや」
「あー、主人公と行動する時は出番がないのよね。でも神子を呼ぶ必要ないくらいの魔物は、一人でほとんど倒してるはずよ」
「え……俺が呼ばれる時以外にも魔物来てるの?」
「結構頻繁に来てる。各部隊が持ち回りで警備して討伐してるけど、大抵は楽に倒せるってどこかで見たよ」

 そっか、と風真は視線を落とした。
 呼ばれない間も、ユアンと騎士たちは戦っている。出来ればその全てを浄化したいが、大物が現れた時に使えない神子では大惨事になる。由茉の事も、心配させてしまう。
 力の使い所を間違えてはいけない。風真はそっと息を吐いた。

(せめて、ユアンさんにもっと優しくしよう)

 あの悪戯も、討伐の合間の息抜きかもしれない。それなら、多少の事は受け入れようと思った。


「あ。これは話していいやつ。設定上、神子が現れてからは短期間に集中して大物が襲ってくるの。でも五回討伐後は、一年に一回くらいのペースになるから安心して」
「そっか、良かった……」
「他にも、中ボスレベルは半年に一回くらい、小物は月一回くらいになる。神子の祈りの力で頻度が減るっていう……、風真が聖女になるんだよ!」
「えっ! 俺が聖女に!? 待って、姉ちゃん、俺は聖女になりたいんじゃなくて会いたい方だよ」

 キレの良いノリツッコミに、由茉は楽しげに笑った。
 風真は何も変わっていない。元気に前向きに生きている。そんな風真が心配しないよう、自分も前を向いて生きていかなくては。由茉は宙の画面に手を伸ばし、感触のないそれをそっと撫でた。

 声だけでなく、顔が見えるようにして欲しい。そしていつか、また会えたら……。
 そう願いながら、楽しかった出来事を話す風真の明るい声に、耳を傾けた。

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