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ロイという人物は
しおりを挟む「しかし、意外でした。神子様は、兄の事を呼び捨てにするほど仲がよろしいのですね」
「! 対等に扱って貰う第一歩です!」
途中からうっかりアールと呼んでしまった事に気付く。元気に答えると、ロイは含みのある笑みを浮かべた。
「そうでしたか。てっきり、兄とは恋仲かと」
「ないです!!」
「ないのですか?」
「ないです! っ、あのっ、顔が近いです!」
「とても兄の血で召喚されたとは思えませんね」
クスクスと愉しげに笑い、風真の両手をまた掴んで唇を寄せる。
「兄ではなく、私と仲良くしていただけませんか?」
「うぇっ!? ふ、普通の友達なら……!」
「友達ではなく、私のものになりませんか?」
「なりません! あ……もしかして、アールの婚約者さんのことも……」
ふと気付き、訝しげな視線を向ける。
アールの今までの言動が原因で婚約者が愛想を尽かしたならともかく、アールを傷付ける為に奪ったのなら、許せないと思った。
だが、ロイは目を瞬かせて。
「ああ、いえ、兄が彼女に婚約破棄すると宣言したので、咄嗟に私の婚約者にと申し出たのです。 ずっと私の片想いだったのですが……彼女もつい最近、私を好きになってくれました」
テレ、と照れる。どうやら策略などなく、本気で仲睦まじいようだ。
「……それはもしかして、夜会で?」
「神子様のお耳にも入っていらしたのですね」
「はい、その……アールが破棄した理由って」
「言動を口煩く咎めるからだと。彼女は兄上の事を思って、窘めていただけだというのに……」
(アール、主人公不在の王子様だった……)
下手をすれば、王位を奪われ、国外追放の可能性もある。今のアールなら大丈夫だと思っていたが、あのポジションだとすると油断は出来ない。
「彼女の事に関しては、兄があのような性格で良かったと思っています」
「そうですか……」
もう一切隠す気なく、腹黒さを全開で見せる。いっそ清々しいほどに。
「あ。でも、婚約者さんのこと好きなのに、俺に自分のものになれって言うのは良くないと思いますよ」
何気なく言った言葉は、ロイに刺さった。
「…………私の神子になってくだされば、支持は私に傾くかと」
ロイは一瞬固まり、にっこりと笑う。
(あれ? これって、もしかして)
「それなら、指にキスしなくても良かったですよね?」
「それは、王族の嗜みです」
「アールにも王様にもされたことないですけど」
「そうですか?」
「……婚約者さんに訊いてみま」
「駄目です!!」
勢い良く立ち上がり、風真の前に片膝をついた。
「その、下心はないのですが、神子様の反応が大変愛らしく……」
「それ、浮気する人の言い訳っぽいですよ」
「浮気など……私は彼女一筋です」
キラキラと爽やかな笑みを浮かべるが、風真は真顔でロイを見下ろした。気分は、アールだ。
するとロイは笑みを消し、視線を彷徨わせ始める。そして。
「神子様!! 彼女にだけはどうか内密にお願いいたします! ようやく両想いになれたのです! 彼女一筋である事は神に誓って嘘ではありません!」
ガバッと頭を下げ、床に額を擦り付けた。
「うぇっ!? ちょっ、顔を上げてください!」
慌ててソファから下り、ロイの肩を掴む。
(えっ、な、泣かせた!?)
顔を上げたロイは、ポロポロと大粒の涙を零していた。
「申し訳ありません……兄上の神子様が私の言動で動揺されるお姿に、兄上に勝てたような気がして……調子に乗りました……」
めそ、と泣きながら懺悔する。
「兄上は天才なうえに、異世界の神子様まで召喚なされるという偉業を……同じ血が流れているというのに、私は出来損ないで……うっ……」
(えっ、待って、ロイさんってこんな感じ!?)
「僕なんて……兄上や父上のような威厳も、威圧感もなく……こんな僕じゃすぐ彼女にも愛想を尽かされ……」
一人称も変わりポロポロと涙を零し続けるロイに、風真はそっとハンカチを差し出した。
「っ……、神子様は……お優しいのですね……」
眉を下げ、涙に濡れた瞳で見上げる。
(うわ、あまりにも美少年……)
綺麗な泣き顔とはこの事。涙が宝石のように輝いて見える。
同い年と聞いていたが、こうして泣いていると年下にしか思えなかった。
「ロイさんは、威厳も威圧感も、充分あると思いますけど」
メソメソしているロイの傍に屈み、視線を合わせる。
「さすがアールの兄弟だな、と……ちょっと怖いなって思う時もありましたし」
「本当ですか……?」
「はい。目力が強くて、笑顔での圧がすごいというか……猛禽類に狙われた獲物みたいな気分でした」
真顔で言うと、ロイはパッと笑顔になった。
「兄上みたいでしたか?」
「えっ、はい、思わず震えちゃいました」
ロイはまた嬉しそうにして、ほんのり頬を染めた。
(んん~っ、兄ちゃん大好きじゃんっ)
可愛い、と唇を引き結ぶ。飼い犬のように抱きしめたい気持ちをグッと堪えた。
「兄上の事は、尊敬してはいるのです。民や臣下に対する態度は一切好きになれませんが、堂々とした風格と王としての才があり……。私にはないものを、全て持っているのです……」
「ロイさんは、アールにないものを持ってますよ」
「私が?」
「国民を一人の人として大切に思う気持ちと、笑顔が柔らかくて優しいところと……何より、ロイさんの力になりたい、と思わせる雰囲気があります」
「……頼りない、という事では」
「それとは違って、支えになりたいというか、……この人の下で働きたい、この人となら頑張れる、と思わせる雰囲気です」
こんな店長の店で働きたい。店長が困っていたらシフトでも仕事でも力の限り頑張れる。風真はその気持ちを端的に言葉にした。
「それは……神子様も、私の神子様になっていただけると……?」
「……すみません、俺がアールの神子なのは変えられないので」
話が戻り始めた。もう手は握られないが、食い入るように見つめられる。
「それでも、神子様がつらい思いをしていらっしゃるなら」
「あ、それは大丈夫です。俺にとっては、アールも何だかんだ可愛いというか、……悪い奴じゃないんです」
可愛いと言った瞬間のロイの顔があまりに驚愕したもので、最後はボソボソと小声になってしまった。
「兄上は、神子様の前ではそのような姿を見せるのですね……。神子様と御使いには、見えない絆があられるのでしょうか」
羨ましい。そんな寂しげな表情を浮かべる。だがすぐにハッとして顔を上げた。
「私もこのような姿を見せてしまいましたから、兄上も神子様の慈悲深いお心に触れ、弱さも全て曝け出してしまうのでしょうね」
ロイは少し恥ずかしそうに微笑み、風真の心に打撃を与える。
(儚げ美少年っ……この人が主人公なんじゃ……)
もしロイが主人公で自分が攻略キャラなら、ここで落ちている。溺愛ルートまっしぐらだ。
現実は、こんな弟が欲しい。そこで風真はハッとした。
(……アールと結婚したら、ロイさんが俺の弟に……?)
ふと浮かんだ可能性。だが、その為にアールを利用するなど言語道断。そっと息を吐き、気持ちを落ち着けた。
二人して座り込んだままだ。風真はロイの手を取り立ち上がらせ、ソファに座らせた。
「大変お見苦しいところをお見せして申し訳ありません。彼女の事になると、自制が利かず……」
「婚約者さんの事、大好きなんですね」
「はい。……ですが、私が泣いた事は彼女や兄上には……」
「誰にも言いませんよ」
「ありがとうございます」
華が綻ぶような笑みに、風真は笑顔のまま目を細めた。
眩しい。あまりにも眩しい。王子として凛として振る舞うより、この笑顔の方が人心を掴むのでは。
そう思っても、良い方向に変わり始め、王になるべく日々仕事をこなしているアールを思うと、何も言えなかった。
その後、ロイに爽やかな笑顔で見送られ、風真は部屋を後にした。
(なんか、……普通にいい人だった)
心がほっこりした。好感度も急上昇だ。
到底そうは思えないが、もしもあれが演技で、王になる為に神子を懐柔しようとしているなら大したものだ。素直にぶつかっていくアールが今後もこのままなら、負けてしまうかもしれない。
王位争いに口を出す気はないが、アールの良さが知られないまま王位を剥奪されるのは……と思うと。
(俺、思ってたよりアールのこと応援してたんだな)
そう認めると、アールの為に今後も頑張ろうと心を新たにした。
護衛の後に続き廊下を歩いていると、ピコン、と電子音が鳴る。
――条件クリア。
――クリア報酬【ユアンとの遭遇】が発動しました。
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