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どの辺りのアール

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 アールと共に侍医が訪れ、トキは仕事に戻ると言って部屋を出て行った。今までとは違う、微笑ましい表情をアールに向けて。

 侍医は、一晩安静にしていれば回復すると言った。滋養強壮の粉薬を出すと、風真ふうまはギュッと布団を掴む。

「あの、薬はなくて大丈夫です。もう元気になったみたいで」
「飲め」
「アールは黙っててっ」
「私が飲めと言っている」
「アールはお医者さんじゃないからっ」

 正論言ったぞと思っていると、アールが侍医に視線を向けた。

「神子様、今回のようにまた倒れられては大変です。どうかお飲みください」
「っ……、アールずるいっ」

 恐れられている王太子に言われては、従うしかない。医師に圧を掛けるなんてとアールを睨んだ。

「勘違いするな。私が幼い頃からの侍医だ。命じたところで、必要ない物は処方しない」
「そうなの?」

 キョトンとする風真に、初老の侍医は孫を見るように穏やかな笑みを浮かべた。


「消耗した体力を回復させるお薬ですので、今の神子様に必要なものですよ」
「う……、分かりました……」
「少々お待ちください。飲みやすくいたしますね」

 そう言って薬鞄から出したのは、液体の入った瓶と、スプーンと皿。ドロリとした薄桃色の液体を深皿に出し、そこに粉薬を少量乗せて包み込んだ。

(あれ……これ、見たことあるな……)

「噛まずに飲み込んでいただけますか?」
「はい……」

 差し出されたスプーンに乗った液体を、口に含んで飲み込んだ。

「……甘くて美味しいです」
「それはようございました。妻の作った桃のゼリーは、卸しているカフェテリアでも評判なのですよ」

 自慢げに微笑む。

(ゼリーで薬を……うん、見たことあるな……)

 CMや店で見掛けた、粉薬を飲めない小さな子供用のあれだ。


「後は私がやる」

 アールが侍医から皿とスプーンを受け取り、見た通りに薬を包み風真の口元に近付けた。

「口を開けろ」
「んっ、う~ん……」
「私の手からは食べられないとでも?」

 アールに食べさせられるのは、と渋ったものの、冷ややかな視線を向けられ仕方なく口を開ける。開けなければ、粉薬をそのまま口に突っ込まれそうだ。

(ゼリーは美味しい)

 粉薬が舌に触れる事なく、美味しく食べては飲み込む。

「雛のようだな」
「人間ですらなくなった~」
「人間になりたければ、薬くらいそのまま飲めるようになれ」
「人間だからどうしても苦手な味があるんだよ……」

 風真は遠い目をしてゼリーを飲み込んだ。
 薬の苦味は駄目だが、コーヒーや山菜の苦味は平気だ。甘くてもシロップの薬は苦手。

「今まで風邪も滅多にひかなかったから、薬の味に慣れてないってのもあるかも」
「……この世界の空気が合わないのか?」
「え、いやいや、それは大丈夫。ただちょっと慣れない環境なのに張り切り過ぎたせい」

 最後の一口を飲み込み、ふう、と息を吐く。
 侍医はアールから皿とスプーンを受け取り、安静にと言い残して部屋を出て行った。


「あのさ、アール。……迷惑かけて、ごめん。これからはちゃんと体調とか力加減に気を付けて、もう二度と倒れないようにする。神子らしくするから……」
「お前は……、……頑張っている」
「ふえ?」

 聞き慣れない言葉に、間の抜けた声を出してしまった。

「お前が熱を出したのも、倒れたのも、私のせいだ」
「え……あの、アール……?」

 間抜けな声だと馬鹿にされないどころか、俯いたアールは、ぽつりぽつりと力なく言葉を零す。

「勉強も、討伐も、お前のペースでやれ。周りの評価など気にするな。自分の身体を一番に考えろ」

(なんか、アールが別人みたいに……)

「お前は、頭の容量も体力も、私の半分すらないのだろう。自覚も出来ないのなら、私が気付いてやるしかないのだが」

(やっぱりアールだった)

「私は常に傍には居てやれない。私がいない時は、部屋で休んでいろ。もう、お前一人の体ではないのだからな」

(やっぱりアールがアールじゃなかった!)

 気遣いと優しさに、まるで子供が出来たような台詞もついてきた。
 少し前のアールなら、討伐の武器が欠陥品だったと見下して怒りをぶつけてきただろう。
 この数日でアールは変わり始め、今回も情けないと呆れられる程度で済むのでは……と思っていたのに。今の状況が自分の所為だなど、あまりにアールらしくない。


(一体どうした? って訊くのは失礼だよな……)

 動揺のあまりしきりに視線を彷徨わせ、最後は布団を握った手に落とした。

「あの……、……ありがと」

 初めて掛けるであろう優しさに溢れた言葉を、台無しに出来ない。間違った返しをして怒らせても、もう二度と言わないと落胆させてもいけない。

(嬉しい、けど……なんだろう、この、子育てって大変だなって気持ち……)

 言われた事は嬉しくてたまらないのに、ソワソワする。むず痒いような、不思議な気持ちだ。
 アールの手に頭を撫でられながら、このままいけば優しい王様になってくれる、と本来の目的を思い出し、確信した。







 朝、目が覚めると、すっかり熱は下がっていた。体も軽い。

「っ……、アール?」

 体を起こそうとすると、アールが椅子に座ったままベッドに上半身を横たえて眠っていた。一晩中ここで看病をしてくれたのだろうか。風真は動揺のあまりもう一度枕に頭を付け、目を閉じる。

 夢かもしれないと思っていると、ピコンッと音がした。目を開けると、メッセージウィンドウが現れる。クエストクリア報酬の知らせだ。

(ユアンとの遭遇?)

 由茉ゆまが、次はユアンだと言っていた。それにしては……。


 ・発生場所:王宮の廊下


 王宮の廊下で、このゲームらしいハードなイベントなど発生するのだろうか。そもそも王宮の方に行く用事など思い当たらない。傍にアールがいる事が関係しているのだろうか。
 見つめる先で、アールは視線に気付いたのか小さく呻き、目を開けた。

「あっ、アール……」
「……神子? ああ、そうだったな……」

 アールはまだ眠そうにしながら、眉間に皺を寄せ記憶を手繰り寄せる。

「アール、ずっとついててくれたんだよな? ありがと、嬉しい」
「……ああ。転がり落ちても困るからな」
「そっ、それは酔った時だけだよ」
「そうか。……外に出ている間に扉が開かなくなり、そのまま死んでも困る」
「開かなくなるタイミングは俺にも分かんないけど、死ぬ心配ない時に閉まるんじゃないかな?」

 そうでなければこちらが困る。風真は苦笑した。

「でも、アールがずっといてくれるなんて、驚いたよ」
「独りは寂しいのだろう?」
「えっ」

 まさか、最初に熱を出した時のあの記憶は、夢ではなく……。

「寝言で言っていた」
「あ……そっか。やだなぁ、恥ずかしい」

 前回ではなく、今回、寝ている間に言ってしまったのだ。風真は顔を赤くした。

(やっぱりあれは夢かぁ……)

 残念だが、今回こうしてずっと傍にいてくれた事も嬉しくて、まあいいかと笑う。


「熱は下がったな。私は仕事に行くが、すぐにトキを呼ぶ。食事も届けさせるから、それまで寝ていろ」
「うん、ありがと」

 額に手を当てて熱を確認し、布団を肩まで掛ける。
 寂しくないようトキを呼んでくれるのだろう。急激に優しくなったアールに、風真は頬が緩みに緩んでしまった。
 その時……。

「っ! えっ、えっ?」
「行ってくる」
「う、うん、行ってらっしゃい……?」

 アールを見送っても、風真はまだ混乱したまま。

「……キス、された……?」

 額に、唇が触れた。
 勘違いというにはしっかり身を屈めて、髪を払って。

 一気に変わりすぎだ。一体今のアールは、ゲームではどの辺りのアールだろう。

(姉ちゃん、アールだけ、なんか……なんか……)

 冷酷で横暴な王子様は一瞬だった。それで良いはずなのに、風真は体を丸めて呻く。

「アール……もう~……」

 こういう触れ合いに全く慣れていない身には、刺激が強すぎた。顔が熱く、また熱が上がったかもしれないと額にそっと触れ、きつく目を閉じた

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