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人畜無害2

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 トキは風真ふうまの上から降りると、まだ呼吸の荒い風真の肩までそっと布団を掛ける。そして元のように椅子に座り、小さく笑った。

「私は、貴方の泣き顔や困った顔が、とても愛らしく見えるのです。具合が悪いというのに、抑える事が出来ませんでした。それでも私は、貴方を人間として見ていると言えますか?」

 普段の穏やかな笑みとは違う。自嘲と、戸惑う風真に対する恍惚とした笑み。


「……トキさんが、そんな人だとは思いませんでした」

 もう何もされない気配だが、風真は布団をぎゅっと握り、口元まで隠した。
 穏やかで優しく、ふわふわした暖かな雰囲気。悪い事など何も考えていない、天使のような人。そう思っていたのに。

「いじめっこ、というか……ユアンさんに負けず劣らずのイタズラ好きだったんですね」

 手加減のなさはユアン以上だ。風真は頭の上まで布団を引き上げた。
 召喚された日に思い出したゲーム画面のトキは、擽っている時のような愉しげな表情だった。だから違和感があったのだ。
 トキだけはやめなさいと由茉ゆまが言ったのはこういう事だったのかと、風真は解釈する。

「ユアンさんのはちょっとえっちな感じですけど、トキさんのは子供みたいです」
「子供、ですか……?」

 異世界の子供は、こんな歪んだ悪戯をするのか。風真の反応で連続で衝撃が襲い、上手く言葉が出てこなかった。

「大人は多分、本気でくすぐったりしないです」
「それは、そうですが……」

 特に擽りたいだけではない。トキはどう説明するべきかと思案する。


「私は、フウマさんを……遊び道具のように、思っているのではと……」
「俺をそんな風に思ってるなら、心配そうな顔したり、看病したりしてくれないですよ」

 自覚のない言い方に、アールと同じで赤ん坊なのかな、と風真はつい小さく笑ってしまった。
 布団から顔を出し、揺れる海色の瞳を見つめる。

「いつも俺の話をきちんと聞いてくれる時点で、ちゃんと人として見てくれてるんです。そのうえでの意地悪なら、俺は気にしませんよ。……加減はして欲しいですけど」

 ハッとして付け足す。するとトキは目を丸くして、信じられないとばかりに風真を見つめた。

「加減すれば、困らせても良いのですか……?」
「うっ、うーん……いいというか、出来ればしないで欲しいですけど、されても理由が分かってるなら安心というか……」

 もしこれ以上の意地悪をされても、嫌いになったのか、バッドエンドフラグかと心配しないで済む。

「……フウマさんは、あまりに純粋で心配になります。警戒して二度と会わないと仰っても宜しいのに……」
「それは困ります。俺はトキさんに会いたいですし、トキさんのこと、好きですもん」

 サラリと言って笑う風真に、トキは目を見開き……ふっと肩から力を抜いた。


「私も、フウマさんの事が好きですよ」

 そっと髪を撫で、目を細める。
 泣き顔と困り顔と、息も絶え絶えに悶える顔が好きだ。だが嬉しそうに笑う太陽のような笑顔も、心が暖かくなる。

「……私はフウマさんの事が好きだから、どのようなお顔も好きなのでしょうね」

 そう言葉にすると、腑に落ちた心地がした。

「っ、あの、トキさん?」

 頬から首筋に触れ、以前触れた時よりも速い脈動を感じる。
 生きている証。体温。それが風真のものだと思うと、言いようのない感情が湧き起こる。

「今は、駄目ですね……。また熱が上がっては大変です。意地悪をするのは元気になられてからにしますね」
「そんな予告されたら警戒しちゃいますからっ」

 慌てる風真に、しばし考え、トキはただにっこりと良い笑顔を見せた。

 いつされるのかと緊張してオドオドする風真もきっと愛らしい。ユアンやアールの前で何気なく触れるのも良いかもしれない。見せつけたいと言ったユアンの気持ちが理解できてしまった。


 トキの手が離れ、それ以上何もされない気配に風真はホッと息を吐く。

「あ……。そういえば俺、倒れたと思うんですけど、どうやってこの部屋に?」
「アール殿下がお連れしたと聞いておりますよ。侍医を呼べと大きな声で命じられて、姫君のように大切に抱き上げて運ばれたと」
「うわぁ……。ごめんアール……」
「フウマさんのおかげで、使用人やメイドの間で殿下の印象が変わったようです。殿下にも人間の血が流れていたのかと感激しておりましたよ」
「そこまで……いえ、それは良かったです……」

 人間の血を感じただけで感激するほど、アールの印象は最悪だった。分かってはいたが、こうして聞くと何とも言えない気持ちになる。
 アールは良い人だと皆に分かって貰えたなら、アールに迷惑を掛けてしまった事もマイナスだけではない。少しだけ安堵した。

「殿下も先程までいらしたのですが、フウマさんが目を覚ましそうだからと出て行かれてしまって」
「あー、心配したって思われるのが恥ずかしいんですね」
「ふふ、そうでしょうね。殿下のあのようなお顔は初めて見ました」
「俺も見たかったです」

 アールの印象が変わったのは使用人たちだけでなく、トキもだ。二人は顔を見合わせ、クスクスと微笑ましく笑った

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