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討伐クエスト2

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「うわぁ、キメラァ……」

 二回目からキメラとは。

「やはりお前は知っているのか」
「うん、見た目があんなにグロいとは思わなかったけど……」

 頭は獅子で、体は山羊など様々な生物が合体した姿だが、この世界のキメラは継ぎ接ぎしたように結合部が醜い。酷いところはドロリと肉片が垂れていた。
 もしかしたらその姿で生まれたのではなく、継ぎ足されて作られたのではと思わせた。

「痛くないのかな……」
「フウマさん。魔物に情けをかけてはいけませんよ。邪気を取り込みやすくなります」
「……はい、すみません」
「それに、あの姿でも動けているなら、痛みなどないはずです」

 トキが睨む先で、キメラは甲高い雄叫びを上げた。その声とおぞましい姿に、騎士たちも怯む。

(魔物は敵、だもんな……)

 キメラというモンスターは、RPGでも定番。そういう生き物だ。人間側が倒される前に退治しなければならない。


「ユアンさん、みなさんを下がらせてください」
「……ああ、分かったよ」

 ユアンは驚いたように風真ふうまを見るが、真っ直ぐにキメラを見据える瞳に、何も言わずに騎士たちに命令を出した。

「おい、病み上がりが無理をするな」
「えっ……、アールが心配してくれたっ……。やばい、嬉しいっ」
「心配など……。……熱が下がったとはいえ、無理はするな」
「本当に心配してくれてるっ」

 うるっと瞳が潤む。悪態もなく心配など、これも夢ではないだろうか。
 だが、遠くからでも聞こえるキメラの雄叫びは、明らかに現実だった。

「でも大丈夫っ。アールが勉強教えてくれたから、俺、知力めちゃくちゃ上がったし」
「知力?」
「頭良くなると、神子の力も強くなるんだよ」
「そういうものなのか?」

 何を馬鹿な、とは返らず、素直に信じる。それもまた嬉しかった。

「そういうもの。見ててよ」

 ニッと笑ってみせ、青白く光る罠の近くまで走る。
 目の前の画面に表示された文字は、祈りと……。

(深い祈り?)

 一つ増えていた。
 レベルが上がると使える魔法が増えるようなあれだろうか、と風真は画面を見つめる。透けて見えるその向こうには、キメラが三体。


(魔物だけど、これ以上痛い思いさせたくないな……)

 キメラの首から、ボトリと肉が落ちる。恐ろしい光景に思わず目を逸らすが、すぐに真っ直ぐに見据えた。
 深い祈り。その文字から、使用した後で深く眠ってしまう懸念はある。それでもやってみなければ分からなかった。

(深い祈り、を選択)

 表示された知力も体力も充分。カーソルが動き、選択した文字が光る。
 風真の手が胸の前で組まれ、瞼が閉じて頭も下がった。それでも何故かキメラの姿が見えているように頭の中に浮かぶ。

 そして。

『ギッ……!』

 目映い光が広がり、一瞬でキメラの姿が消滅した。それこそ、痛みなど感じる間もないほどに。


「前回よりも、お力が……」
「なんという……」

 騎士たちが騒然とする。風真の傍で警戒していた三人も、目を疑った。あの魔物を、一瞬で屠るなど。

(眠くないし、発動までの時間が長いから深い祈りかな?)

 前回より数倍長くかかった。その分、力も数倍増しだったのだろう。

「アール、どう?」
「……あ、ああ。……さすがは、私の神子だ」

 アールでさえまだ呆然としている。

「俺が強くなれたのは、アールがいっぱい教えてくれたおかげだよ。ありがと!」

 図書室での付きっきり個人授業がなければ、きっとこの選択肢は表れなかった。後半になるにつれ上がりにくくなるなら、熱を出しても覚えた甲斐があったというもの。
 帰ったら知力10を取り戻そう。早く勉強をしたいなど初めてだった。

「アール。何だかんだ言って神子君と仲良くやってるじゃないか」
「……成り行きだ」
「成り行き、ね」

 ユアンは笑顔なくアールを見据え、踵を返して騎士たちに次の命令を出しに向かう。
 トキはその間に風真を労い、もっと、と嬉しそうにする風真を愛犬のように撫でた。


「帰るぞ」
「えっ、待って、まだ撫でられ足りないっ」
「口答えするな」
「わっ!」

 抱き上げられ、馬に乗せられる。その後ろにアールも乗り上げ、風真を抱き抱えるように手綱を握った。

「ユアン、今日はこいつを連れ出すな。まだ熱が下がりきっていない」
「それは大変だ。神子君、残念だけどまた今度一緒に行こうね」
「はい……」

 風真はしょんぼりしながらも素直に頷く。熱、と言われて意識を向けてみれば、確かに少し熱っぽい。

(深い祈りの反動かも……)

 知力を使う祈りが、頭を使うのと同義なら、また知恵熱だ。
 今日は皆と一緒に食堂に行けない。しょんぼりした風真は、ハッとして騎士たちに視線を向けた。


「あのっ、みなさんっ、この間はありがとうございましたっ」

 身を乗り出そうとする風真を、咄嗟にアールが抱きしめる。さすがに落ちるまで身を乗り出す気などなかった風真は、突然抱きしめられ驚いて振り返った。

「いたっ!」
「っ……」
「ご、ごめん……」
「考えて動け」
「ごめん……」

 頭がアールの顎に当たり、ますますしょぼんとする。

「あいつらに言いたい事があるなら言え。帰るぞ」
「あっ、待ってっ」

 風真が騎士たちに視線を向けると、殿下が神子様を抱きしめた? と唖然としていた。

「俺、途中から記憶がなくて、ご迷惑をおかけしてたらすみませんっ」

 良く響く声に、皆すぐに我に返る。見つめる先で、風真はそっと視線を落とした。

「でも、俺、すっごく楽しかったです! またご一緒させて……、……またついて行っても、いいですか……?」
「勿論です!!」

 嫌な顔されるかも、と最後は不安げに眉を下げると、騎士たちは大声で歓迎の意思を伝えた。
 風真の無意識のおねだりは、騎士たちの心臓に良く効いた。跪くふりで心臓を押さえ悶える者も半数近くいる。

「ありがとうございますっ」

 パッと太陽のような笑みを浮かべると、また数名崩れ落ちた。この原因は前回の「みんな、だいしゅきぃ」だが、自覚のない風真は、アールの前だから跪いているのだと思っていた。


 アールは小さく息を吐くと、もう良いだろうと馬を歩かせる。最後の最後まで手を振る風真に、今度は深く溜め息をついた。

「馬鹿みたいに愛想を振りまくな」
「振りまいてるんじゃなくて、名残惜しいんだよ」
「そうだとしてもだ」
「分かったって。王様とかの前では神子らしくするからさ」

 そういう問題ではと言い掛けて、アールは口を噤む。何故苛立っているのか、理由が分からなかった。

「お前はいつも私を苛立たせるな」
「言いたいことがあるなら言えって言ったの、アールなのに」

 拗ねた声を出す。言った事には何も言わないくせに、手を振るのが駄目とは意味が分からない。
 それきり会話はなく、風真は馬の後頭部をじっと見つめた。ゆっくりと駆ける度に動く頭が愛らしい。蹄の音も好きだ。


(……ん? これ、リアル白馬の王子と姫ポジションじゃ……)

 普通に乗っていたが、背にはアールの体温を感じ、手綱を握るその腕に抱きしめられているような。そう気付いた途端、妙に恥ずかしくなる。

「アール、これってなんか、お姫様みたいだなぁ……なんて」

 無言に堪えきれず笑ってみせると、そのまま無言が返された。

「いや、なんか言えよっ、恥ずかしいじゃんっ」
「……帰ったら寝ろ」
「熱のせいじゃなくて、冗談言ったんだよっ」

 文句を言うと、今度は溜め息が返る。

「騒ぐな。熱が上がってきているぞ」
「えっ?」

 ペタリと自分の額に触れた。

「……マジか。気付かなかった」

 自覚するとクラリと目眩が起こる。馬の背に手を付くより早く、アールの腕が風真を抱きしめた。
 走る速度が速くなる。片手で手綱を操りながら、力強く支える腕。細身に見えるアールもしっかりと鍛えているのだと、風真はぼんやりと思った。

「儚げ美少年なら、絵になるのになぁ……」

 もしかしたら、これもイベントの一つかもしれない。ゲームの主人公なら、アールと並んでも姫のように絵になるのだろう。
 絵にならないならせめて、アールの負担が少ないよう、精一杯脚に力を込めて体を支える。眠った人間は子供でも重い。持ち前の体力で何とか帰る着くまで意識を保った。


 馬が止まり、下ろされた途端に気が抜ける。離れのエントランスに入り、部屋までは自力でと脚を踏ん張る。
 だがグラリと視界が揺れ、傾く体を支える力強い腕。使用人たちがざわつき、アールの声も聞こえた。

「っ……、大丈夫……」

 声が遠くに聞こえる。視界が暗くなり、泥の中を進むように脚が重い。
 神子らしくすると言ったばかりなのに、使用人たちの前で情けない姿を見せてしまった。こんな神子では皆が不安になってしまう。

 ふいに浮遊感が襲い、咄嗟に目を閉じる。だが床に衝突するような衝撃もなく、そっと目を開けると、眩しい金色が映った。
 何か言われた声ももう理解出来ず、病み上がりで力を使いすぎたと自覚する。

「っ、神子らしくできなくて……、ごめん……」

 傍にある布を掴み、最後の力で声にする。
 自分の体調すら管理出来ず、言ったことすら実行出来ない。情けなさに涙が零れ、そこで意識は落ちていった。

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