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回復

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 翌日。

「おはようございます! 昨日はご迷惑とご心配をおかけしました!」

 三人の揃う食堂に入り、風真ふうまは深々と頭を下げた。

「おはよう、神子君。もう熱は下がった?」
「はいっ、すっかり元気です!」

 にぱっと笑う。明るい笑顔にその場の皆が安堵し、癒された。

「トキさん、昨日はありがとうございました」
「いえいえ、元気になられて良かったです。食事はとれますか?」
「はい」

 今日はトキの隣だ。席に着き、トキを見てまたにっこりと笑う。

「フウマさんが笑ってくださると、私まで嬉しくなります。ああ、もっと笑顔になれるものが届きますよ」
「わあっ、これエッグベネディクトですよね、初めて食べますっ」

 美味しそう、と目をキラキラさせる風真に、料理を届けたメイドは、抱きしめて撫で回したい衝動を必死に堪えた。


 風真はナイフとフォークを取り、ハッとする。

「あっ。アール」
「何だ?」
「昨日、部屋に来てくれた?」
「いや」
「そっか。じゃあ、あれは夢かぁ」

 しょんぼりと肩を落とす。現実だったらとても嬉しいと思っていたのに。

「神子君。アールの夢って、どんな夢?」
「えっと、すごくあったかくて、幸せな夢でした」
「アールの夢が?」
「はい」

 目元を緩めふわりと笑う風真に、ユアンは目を丸くする。トキは何があったのかとソワソワして、アールは視線を逸らして食事をとり始めた。
 風真も冷める前にと、料理に手を付ける。

「んっ、おいし~」

 マフィンには塩味の利いたベーコンとアボカドが乗せられ、ポーチドエッグにナイフを入れると、とろりと黄身が溢れ出した。
 ここの料理は相変わらず最高だ。出来れば上にもマフィンを乗せて、バーガーのように手で掴んでモリモリ食べたい。

「うあ~、幸せ~」

 昨日は夕方にスープを飲んだだけだ。栄養の足りない体に食事が染み渡る。

「フウマさん。食欲がない時に備えて作ってらした、リゾットもあるそうですよ」
「えっ、食べたいですっ」

 元気に返すと、端に控えていたメイドは微笑ましく笑って「すぐにお持ちいたします」と隣室へと戻って行った。


「トキは、神子君の呼び方が変わったね?」
「はい。フウマさんがご許可くださいまして」
「トキさんともっと仲良くなりたかったんです」

 悪気なく答える風真に、ユアンとアールがピクリと反応する。

「神子君。俺の事もユアンと呼び捨てにして?」
「……トキさんもさん付けなので、ユアンさんもユアンさんで」
「残念だな。じゃあ、アールの事もそう呼んだらどうかな」
「アールは俺の名前も呼んでくれないので、さん付けなんてしません」

 拗ねた声に、ユアンはクッと笑った。

「アール。呼んであげたらいいのに」
「お前も神子呼びだろう」
「それもそうだな」

 神子君と親しみを込めて呼んでいるつもりだったが、確かに名前は呼んでいない。


 席を立ち、一番遠い風真の席まで素早く移動する。逃げようと立ち上がる前に、風真は背後から動きを封じられてしまった。

「フウマ」
「ひゃっ!」
「俺の事も呼び捨てにしていいよ、フウマ」
「んんッ」

 また耳元で囁かれる。以前より甘く、吐息混じりの声。首筋を指先でなぞられると、ゾクゾクと背筋が震えた。

「ユアン。食事中だ」
「アールが止めるなんて珍しいな」
「そいつは病み上がりだ。食事は取らせろ。これ以上脳に栄養がいかなくなっても困る」

 視線も向けずに言い放つ。

(それは俺も困る……)

 食事をしたら一昨日の復習をする予定なのだ。出来れば今日中に知力+10を取り戻したい。

「そんな言い方してると、神子君に嫌われるよ」
「構うか」
「フウマさん、気にしなくて良いですよ?」
「はい、あの、別にいつものアールなので」

 されるがままでトキに頭を撫でられている風真に、その男がきっと一番危険だけど、とユアンは声には出さずに肩を竦めた。



 届いたリゾットをまた至福の表情で平らげ、デザートに洋梨のコンポートを食べ終えた風真は、満足げに息を吐いた。
 この世界にすっかり馴染んだように見える風真を、ユアンはジッと見据える。

「神子君は、元の世界に帰りたい?」
「えっ? 方法見つかったんですか?」
「ユアン。無駄な期待をさせるな」
「あ、もしもの話ですね」

 期待する前に否定され、ショックはそれほど受けずに済む。

「帰れるものなら帰りたいですよ」

 さらりと答え、ミルクティを飲む。帰りたい理由は最初から変わらず、由茉ゆまに会いたいからだ。

「でも、出来れば行き来できたら嬉しいです。俺、みなさんともう会えないのも嫌なので」

 帰ればもう二度と会えないとしても、やはり帰る方を選ぶだろう。大切な家族や友人がいる世界を捨てる事など出来ない。
 だがそれは、帰る方法がないから答えられる事だった。もし、本当に帰る術が見つかったとしたら。ふと想像して、風真は視線を伏せた。


「もし、本当に帰る方法が見つかったら……。本気で想像したら、思ってたより心が痛いです……」

 最初から、もしかしたら帰れるかもしれないとずっと希望を捨てず、アールたちと仲良くしない方が良かったのだろうか。
 バッドエンドにならないよう討伐はしっかりとこなして、彼らとの接触は必要最低限にして。そうすればきっと、心置きなく元の世界に帰れた。

(……なんて、帰れないなら考える必要もないか)

 もし帰るか残るかを選択するイベントがあるなら、由茉が教えてくれるはず。帰れないと知っているから、この世界で好きな人が出来たらなどと話したのだ。

「俺たちの存在は、君が心を傷める理由にはなり得ないと思うけど」
「そうですよね……。まだ数日ですし、元々みなさんは……」

 ゲームの中の登場人物。そう言い掛けて口を噤む。だが登場人物だと割り切るには、風真にとっては現実だった。
 ベッドで抱きしめられた時、ユアンの腕の力強さと生きている体温を感じた。良い子だと撫でてくれるトキの手は優しく、声は暖かかった。
 アールも、横暴なところはあっても、勉強を頑張った時に撫でてくれた。

「家族とも友達とも違いますけど、俺は、……自分で思ってたより、みなさんのことを好きになってたみたいです」

 バッドエンドとハードなエンドは、今でも回避したい。だが、三人とは今よりも仲良くなって、友人のような関係になりたいと強く思う。


「神子君は、絆されやすいのかな……」
「本当に悪い人はちゃんと分かりますよ?」
「どうだろうね。人を殺さない以外なら、良い人と言ってしまいそうだけど」
「そうですね……。フウマさんは慈悲深い神子様ですから……」
「そんなことないですよ?」
「菓子を渡されたら悪人にもついて行くだろうな。護衛があっても外出は禁止にする」
「アールのは横暴っ、俺そこまで馬鹿じゃないからな?」

 わっと文句を言うと、アールは素知らぬ顔でティーカップを傾けた。

「素直じゃないな、アールは」

 それだけ言って物言いたげな視線を向けるユアンを睨んだ時、廊下が騒がしくなる。

「失礼致します! 魔物の襲撃が始まりました!」
「神子君。討伐、行ける?」
「はいっ」

 病み上がりなのにと心配するトキに、大丈夫だと笑ってみせる。絶対に討伐出来る自信が、目の前のステータス画面に表示されていた。

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