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図書室2
しおりを挟む(いやいや、これって帝王学ってやつじゃ?)
アールが紙に書いてくれている内容もだが、言っている事の半分も分からない。
敵国、とはっきり言える国はない。戦争が起こっていないからだ。資源を狙う国は多数。交渉で上手くいっている国と、今後どうなるか分からない国。他国の特性が……そんな事を言っている事は分かった。
「以上を踏まえて、お前の取るべき行動は?」
「えっ」
「話は聞いていたな?」
「聞いてたよ?」
「ならば、答えろ」
椅子の背と机に手を付き、鋭い青の瞳が見下ろす。風真のもう片側は壁だ。完全に逃げ道を塞がれた。
「…………同盟を」
「同盟?」
「え、っと……その前に、会議を開いて……」
溜め息をつかれるが、分からないものは分からない。話し合いで解決しましょう、というひとまず何にでも使える回答も無駄のようだ。
「その頭はお飾りのようだな」
(きっ、きたっ!)
「それなら……」
「ごめんっ、もう一回教えて!」
手が伸びてくる前に、ガシッとアールの腕を掴んだ。
「ちゃんと覚えるからっ、頑張るからっ」
身体に教え込まれるイベントが発生するくらいなら、何度だって勉強する。それに、折角あのアールが紙にメモまで書いてくれたのだ。このまま分かりませんでは失礼だ。
必死に訴え、見上げる瞳に、アールは息を呑んだ。
「……お前の頭に合わせた内容にしてやる」
「え?」
「おとなしく待っていろ」
「う、うん……」
突然そんな事を言って、アールは離れていく。
(良く分からないけど……、イベント回避?)
台詞は最後まで言われていない。天井背景もない。怒らせた様子もない。それどころか、レベルを下げて教え直してくれるという。
「……なんだよ、優しいじゃん」
あのアールが。成長したな、と頬が緩んでしまう。
やはりアールは悪い奴ではない。きちんと話していけば人として扱ってくれる。このままいけば平民だと蔑まず、国民を大切にする王様になってくれる。
その姿を想像し、似合うな、とまた頬を緩めた。
「真面目にやっていたのか……」
適当に聞き流しているかと思ったら、あんなに必死になるほど真剣だった。
わざわざ教えてやると言ったのに断られて苛立ち、困らせるつもりで少々レベルの高い内容を教えた。そのお飾りの頭がもう少しまともになるよう、明日からは一日中ここから出るな……と言ってやるつもりで。
狙い通り困った顔は見られた。だが、馬鹿にされている事にも気付かず、怒られる事に怯え、頑張るから教えて欲しいと言った。
『ちゃんと覚えるからっ、頑張るからっ』
必死に見上げる瞳。引き留めるように腕を掴む手。
自分らしくもなく、適当にからかって捨て置く事が出来なくなってしまった。
「……これにするか」
あの神子はどうやら、思っていた以上に理解が遅いらしい。文章がまともに読めるかも怪しい。
幼い頃に使用した簡略化されたイラストの載った本を数冊選び、両手に抱えた。これなら読むだけでも理解出来るだろうと。
勉強を教えた経験はない。理解出来ない気持ちも分からない。
だが、言われた通りおとなしく座って待っている姿を見ると、少しくらいは理解度に合わせた早さで教えてやろうかという気になる。
……誰かに合わせる事が苦にならないなど、初めてだった。
・
・
・
「何故分からない?」
「うえっ、えっと、全部の国の通貨をまだ覚えられてないっ」
「そこからか……」
苦にならないのは、初めだけだった。理解度どころか記憶力も足りないのかと頭を抱える。
「そうか、お前は何をされてもすぐ忘れるくらいだからな」
「覚えてるよっ、そのうえでアールと一緒にいるのっ」
「……そうか」
何をされても自らの意思で一緒にいる事を選ぶ。そんな者は初めてだった。面倒だが、……悪くない。
「これを見ながら考えろ」
「あっ、それなら分かるかもっ」
各国の通貨一覧とレート表を見ながら、計算をしていく。
紙に数字を一から書き出し必死に計算する風真を見ながら、アールは気付いた。もしかしたら、本当に自分は天才なのではと。
十代の頃に、勉強の一環で商家の取引を体験した。一度に取引する額を、十国間程度なら頭の中だけで自国の通貨単位に変換し、利益を弾き出して比較する事が出来た。そのうえでどの商品はどの国にするかも。
「お前が馬鹿なのではなく、私が天才なのか……?」
「えっ、今更っ」
「私は天才なのか……?」
「そうだと思うけど、今までも言われてたんじゃ……」
「王族に対する機嫌取りかと思っていた」
アールは頭を抱え溜め息をつく。
(だから分からない人を蔑んでたのか……)
この程度の事が分からないのか? と言っていたのは本気だったのだ。まさか自分が天才だと気付いていないなど、そんな事。
「私は、私が思っていた以上に完璧だったのか……」
「なんかむかつくけど、性格と脚癖以外はそうだと思う」
そう言うと、アールは「そうか」と小さく笑った。
臣下も出来の悪い者しかいないと思っていたが、そうでもないのかもしれない。周りが出来ないのではなく、自分が出来すぎる。そう考えれば妙に腑に落ちた。
「出来が悪い中でも覚えも悪いお前には、赤子のように教えてやらなければな」
「それは口に出さなくていいんだよ……」
素直なのも考えものだ。今度は風真が頭を抱えた。
・
・
・
「我が国の鉱石が枯渇しない理由は?」
「鉱山と地下に蓄えられた力で、採掘してもすぐに元通りになるから?」
「その鉱石輸入量一位の国は」
「え、エルト王国っ」
「その国から得られるものは」
「ええっと……鉱石で動かして作る、繊維加工品っ」
「と?」
「と……あっ、労働力っ」
「そうだ。ちゃんと覚えられたな」
速度は合わせて貰えたが、一度に教えられる量が多く、ひーひー言いながら覚えた。その中からランダムに出題される問題に全て答えた風真の頭を、アールはポンと撫でる。
「っ……」
「どうした?」
「これがご褒美なら、もっと頑張れそう」
お仕置きよりご褒美がいい。撫でられるの好き、とへらりと笑った。
「私が撫でてやったのだから当然だな」
「あー、うん、王子様の貴重なナデナデ嬉しいなー」
「昔飼っていた犬も、撫でると喜んでいた」
「アールに撫でられるとかびっくりしたけど犬のご褒美なら納得~」
突然撫でるから、正直心臓が止まるほど驚いた。なるほど、この世界でも柴犬パワーは健在らしい。
「褒美は決まったな。では、私が満足するレベルまで頑張って貰うぞ」
「えっ、あっ、アール、仕事はっ」
「あんなもの、一時間もあれば終わる」
「くっ……、言ってみたいっ」
「言えるようになるまでやれ。それから、お前は頭の使い方の効率が悪い」
「そんなもんどうやって鍛えるんだよっ……」
頭の使い方の効率。そんな言葉初めて聞いた。
それからみっちりと教え込まれた風真がヘロヘロになり「俺も天才……」と呟いたところで、さすがにアールも限界だと気付いたのだった。
――知力+40。
――知力が60になりました。
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