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図書室

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 勉強をする時間が取れると由茉ゆまは言っていた。
 その通り、この数日は魔物の襲撃もなく、アールたちも仕事で忙しく、風真ふうまは毎日図書室に通っては神子専用スペースで勉強をしていた。


 専用スペースとは、壁際の白い机だ。この世界の情報関連の本が集められた区画にある。
 大判の本を数冊広げても充分な広さ。その上には、銀の皿に繊細な銀細工の施された万年筆が乗せられている。
 机には鍵付きの引き出しが四つ。一番上にはメモ用の新しい紙とノートを、二番目にはメモしたものを入れている。そのうち下二段も勉強した後の紙で埋まる予定だ。

 側のワゴンには、勉強しながら摘める焼き立てのクッキーやマドレーヌと、アイスティーの入ったティーポットが乗せられている。

「最高の環境……」

 誰にも邪魔されず、物音ひとつしない。出来れば音楽が欲しいが、そんな事を言えばオーケストラが常設されそうだと諦めた。
 相変わらず窓はない。神子を守る為と、やはり逃亡防止の為だろう。神子の部屋にすら窓はなかった。


 そんな室内で、突然靴音が響く。
 カツカツと迷いなくこちらへと近付いてくる足音。数時間置きにワゴンを取り替えに来るメイドや使用人とも違う。
 誰、と身構えていると……。

「えっ、アール?」

 本棚の陰から現れたのは、白のジャケットを着たアールだった。

「何故間抜けな顔をしている?」
「あ……そっか、ここってアールたちも使うんだ」
「今更な事を」
「だって今まで誰にも会わなかったし」

 使用人たちは利用出来ないと言っていた。いつも静まり返っていて、神子専用の場所のように錯覚していたのだ。

「アール、仕事中? そんな服初めて見たけど」

 普段はシャツにスラックスか、その上にベストを着るくらいだ。だが今日は襟や裾に金刺繍の施されたジャケットを着ている。

「ああ。ここへは調べ物をしに来ただけだ」
「そっか、お疲れ様。……その服、似合ってるな。かっこいい」

 細身のジャケットがスタイルの良さを際立たせている。ぽろりと本音を零すが、当然だろう? と返るはずの言葉はない。

「そうか」

 それだけを返すと、アールはスタスタと目当ての本棚へと向かった。


(本を選ぶ姿もかっこいいとか)

 本棚を眺め、本を手に取り、開いて視線を落とす。それだけの仕草がやけに様になる。
 数冊選び腕に抱え、風真の前を通り過ぎて遠く離れた長机に本を置いた。
 その後を風真は追う。斜め向かいに座り、アールを眺めた。

「黙ってたら理想の王子様なんだけどなぁ」
「お前の理想など知るか」
「でもこれがないとアールって気がしないか」

 悪態にも慣れ、すっかりアールの個性だと思うようになった。だが、人前ではそれではいけない。表面上だけでもにこやかに出来るようにするのが使命だった、と風真はハッとした。

「どうでも良いが、お前の勉強は捗っているのか?」
「うっ、うんっ」
「……あれか」
「えっ、待って、何?」

 突然立ち上がったアールについて行くと、目的地は神子用机だった。
 開かれた本とメモ紙を見たアールは、眉間に皺を寄せる。それもそのはず。本は初歩的な内容、メモは誤字だらけだった。

「お前は神子のくせにまともに字も書けないのか」
「神子関係ないじゃんっ、走り書きだから勢いで間違えてんだよっ」
「勉強なら後で復習出来るよう、文字も丁寧に書け」
「くっ、正論っ……」

 大学でも走り書きをして、試験勉強で困った事が多々あった。それを見透かされたようで悔しい。

 この国の文字は英語のようで違う文字だ。それなのに読めて書けるのは異世界補正だろう。それなのに、誤字だらけ。確かに良くなかった。


(あれ? そういえば、この場所って……)

 本棚を背景に、白いジャケットを着て立つアール。この光景は見た事がある。きっと由茉の隣で見ていたゲーム画面だ。

 図書室。アール。白いジャケット。
 今のように、不機嫌な顔をして……。

『この私が自ら教えてやっているというのに』

(あっ……、図書室イベントだ!)

 台詞も一緒に思い出した。
 勉強をする主人公が頭を悩ませていて、アールは気紛れに教える事にした。たが、主人公はアールに怯えて内容が全く頭に入らない。出された質問にも答えられず、逆鱗に触れるのだ。

(その頭はお飾りのようだな、それなら……)

 確かこんな台詞だ。それから画面が、天井を背景にしたアールの美麗なイラストに変わって……。

『その身体にしっかりと刻み付けてやろう』

(って、何を!?)

 台詞もだが、何故天井。そうだ、顔の横に手を付かれていた。きっと机に押し倒されていたのだ。

「何故離れる?」
「え……その、……勉強出来ないって怒られるの、しんどくて……」

 図書室イベントが発生してしまう事は勿論避けたい。その次に、高校の数教科の時のように何故分からないのかとくどくど叱られるのがつらかった。


 しょんぼりとして見える風真に、アールは一つ溜め息をつく。

「面倒だが、私が教えてやろう」
「えっ、だっ、大丈夫っ」
「私の神子がそれでは困る。お前の頭では本など読んでも理解出来ないだろうからな」
「大丈夫だってっ、俺も本くらい読めるからっ」

 初めて知る事ばかりで、噛み砕くのに少し時間がかかるだけで。

「我が国の主な輸出資源は?」
「うえっ!? ええっとっ……東西の山で採れる鉱物っ」

 つい先程読んだところだ。覚えていて良かった。

(えっ、舌打ちした……)

 王太子とは思えない見事な舌打ちだった。

「この国を狙っているのは魔物だけではない。神子ならば、他国からの脅威も理解しておかねばならない」
「ん? でも、俺の力って魔物にしか効かないんじゃ……」
「神子には王族並みの権限がある。敵国の者に騙されて国を売られても困るからな」
「あー……そういう」

 たまに見る展開だ。確かにどの国を警戒すれば良いかは、本を読んでもすぐには判断出来ない。国を継ぐアールの言う事なら、鵜呑みにしても間違いないだろう。

「でもアール、仕事中なんじゃ……」
「問題ない」

 人と会う仕事は終わり、後は書類仕事だ。そもそもアールは他人を待たせる事など気にもしない。
 説得に失敗した風真は促されるままに椅子に座り、アールの授業をまじめに受けるしかなかった。

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