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*儀式の間
しおりを挟む(儀式の間……)
廊下の一番奥の部屋。扉には、そう記された札が打ち付けられていた。
ベッドだけが置かれた狭い室内。枕元と天井の窓から射し込むステンドグラスの光が、ベッドを余すところなく照らしていた。
「そちらに横になられてください」
背後で扉が閉まり、鍵まで掛けられる。
「あの、どうして鍵まで……?」
「誰かが入ってきてしまうと、祓った邪気がその人に移ってしまうからです」
「そうなんですか……。っ、それならトキさんにも……」
「私は神にお仕えする身ですので、邪気は寄り付かないのです」
トキはそう言って、ベッドに横になった風真の両手を纏めて縄で縛った。そしてそれを頭上の柵に繋いでしまう。
「えっ、あのっ、なんで手をっ……」
「万が一、邪気が暴れ出してフウマ様のお体を操る事になっても、フウマ様がご自分を傷付けない為ですよ」
「そんなことあるんですね……」
悪魔祓いの映画のようだ。風真は一瞬で信じた。
両足は開いたままそれぞれ柵に繋がれ、悪魔憑きで見たことあるなと自分を落ち着かせる。
「っ、なんで目隠しをっ?」
「恐ろしいものが見えてしまう事もありますので」
「そうなんですか……」
邪気が外に出るならそんな事もあるかもしれない。風真はまた信じた。
「フウマ様はすぐ受け入れてしまって、少し心配になります」
「えっ、これってお祓いのためじゃ……」
「お祓いの為ですよ」
「……本当ですよね?」
「はい。そうでなければ、縄などすぐに出てこないでしょう?」
「それもそうですよね」
またあっさりと納得して、トキを苦笑させた。
この部屋は邪気を祓う儀式の間。縄もその為のものだ。だが、暴れ出すほど悪化した者は年に一人いるかいないか。つまり、今の風真の状態で縛る必要はないのだ。
身動き出来ないフウマ様……、なんて愛らしいのでしょう……。
見下ろし、頬を染める。
今まで儀式を行った事は何度かあった。だが、気分が高揚した事など一度もない。
「ひゃっ、トキさんっ?」
「ああ、驚かせてすみません。脈を取っていますので、少しだけ動かないでいてくださいね」
「っ、はい……」
言う通りに従う姿にまた気持ちが昂ぶる。
脈は通常、手首で取る。それを首筋で取り、トクトクと指先に感じる脈動を確かめてから、するりと撫で下ろした。
「んっ、あっ、あのっ……」
「邪気が胸に溜まると心臓が止まる事もあります。少し確認させていただきますね」
「えっ、そこは大丈夫ですっ」
「私に、もっとはっきりと見えれば良いのですが……」
「んんっ……」
胸をゆるゆると撫で回され、指先が両の尖りを何度も弾く。
(目が見えないから、感覚が……)
男だというのに、こんなところで感じてしまう。執拗に擦られたそこは、元から性感帯だったかのようにぷっくりと立ち上がり始めた。
(やばい、下っ……勃ちそうっ)
「ひッ……」
爪で尖りを引っ掻かれ、ビクンッと大きく跳ねる。
「フウマ様っ、苦しいですかっ?」
「いえっ、あのっ、くすぐったくてっ……!」
感じてしまいました、とは言えない。心配するトキの声から、これは本当に儀式だとまだ風真は信じていた。
「そうでしたか……。フウマ様は感度がよろしいのですね」
「昔からくすぐったがりで……」
言い方、と思いつつも、すぐに離れた手にホッと息を吐く。
トキルートは咥えさせられるより危険だと聞いていた。これもそのイベントの一つだと疑う気持ちはある。だがそれ以上に、トキの心配する声音を信じてしまった。
そのトキはというと、縛られて身悶える風真を見下ろし、うっとりとした表情を浮かべていた。
こんな感情は初めてだ。神に仕える者として、いけない事だとは理解している。だが心が、体が、止められない程に高揚していた。
「心苦しいのですが、もう少しだけ我慢していただけますか?」
「……はい」
「フウマ様は良い子ですね」
そっと頭を撫で、頬を撫でると、僅かに擦り寄る仕草を見せる。疑う素振りもなく信じ切っている風真に、ゾクゾクと背筋が震えた。
「念のため全身お祓いしますので、少しずつ触れますね」
「っ、はいっ」
全身、と風真は身を固くする。脚からか、手からか。てっきり端から触れられるものだと思い込んでいた。
「んんぅッ」
最初に触れたのは、風真の脚の間。強く握られ、背をしならせた。
だがあっさりと離れ、足先から太股へと緩く撫でられる。それから肩、肘、指先へ。
(え、握られたのは事故?)
そう思うほど、その後は何やら呪文のようなものを唱えながら、首や目元、頭へと触れられるだけだった。
「これでお祓いは終了です。今解きますね」
「あ、はい、ありがとうございます」
何も起こらないまま、四肢の拘束が解かれる。目元を覆う布を取られ、眩しい光に目を細めた。
トキは風真の体をそっと起こし、頭上の柵を背もたれにして座らせる。
「邪気での自覚症状がおありのようでしたが、何か変わったところはありますか?」
「えっと……見え方がぼんやりしてたんですが、すっきり見えるようになりました」
元々良い視力が戻ってきた。トキの顔の輪郭もはっきりと見えて「ありがとうございます」とパッと笑顔になる。
視界がぼんやりする程度なら、体液を摂取せずお祓いで事足りるらしい。何をされるのかと警戒してしまったが、由茉も討伐三回目が終わるまではと言っていた。それまでは無理をせずにまたトキにお祓いをお願いしようと決めた。
「やはり頭部に邪気が溜まっていたのですね……。失明しては大変です。これからは無理せずに、すぐに私に仰ってください」
「はい。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
深々と頭を下げると、迷惑などないですよ、と優しい声が返ってくる。
(やっぱりトキさん、優しいよな)
ただのお祓いだというのに、きっとこちらが過剰に反応してしまっただけ。大事な場所を握られたのも、大事だからこそしっかりお祓いしてくれたのかも、と理由付ける。
見上げると優しく微笑まれ、やっぱりそうだと簡単に絆された。
「あの、トキさん」
「何でしょう?」
「俺のことは、様付けじゃなくていいです」
「ですが……」
「俺ももうトキさんって呼んじゃってますし、トキさんともっと仲良くなりたいので」
呼んで、と子犬がねだるように見上げられ、ついクスクスと微笑ましく笑ってしまう。
「それは光栄です。では、フウマさんとお呼びしても?」
「はいっ」
喜ぶ子犬を重ねて、トキは思わず風真の頭をいい子とばかりに撫でた。
「俺、トキさんに撫でて貰うの好きです」
「それも光栄ですね。もっと撫でてもよろしいですか?」
「はいっ」
撫でて、と目を閉じる。その愛らしい仕草に、トキはとある感情が込み上げて……。これはまだ、と笑顔で押し込めた。
疑いもせず身を委ねる純粋無垢な神子に、ここで拒絶される訳にはいかない。
「フウマさんは素直でおとなしい、良い子ですね」
「トキさん、それは犬の褒め方っぽいですよ?」
「よしよし、良い子ですねぇ」
「んん~……ワンッ」
「ふふっ、本当に愛らしいですね、フウマさんは」
両手で頭を撫でられ、本当に犬になった気持ち。これはこれでアリ、と風真は心地よさにうっとりとした。
犬のように撫でられた後は、子供にするように背を撫でられる。おかしな事は何もされない。
(こんな感じで接していけば、変なエンドは避けられるかも!)
むしろ飼い犬や息子エンドなら安全枠、と新たなエンドに期待した。……トキの心中など、微塵も知る由もなく
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