比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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ろくでもない

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「ぁ……ぅ……」

 絶頂の余韻に、小さな声が漏れる。
 特有の解放感と、濡れた下着の感触。両手を離されると、腕は力なく床に垂れた。

 風真ふうまを踏み付けた靴底は、何事もなかったかのように床を踏み締め離れていく。数歩離れた位置の革のソファに腰を下ろしたアールは、腕を組み、風真を冷たく見下ろした。

「踏み付けられて感じるなど、変態か?」
「あんたにだけは言われたくない!」

 踏み付けた奴がなにを、と睨み付けるが、アールは表情一つ変えない。

(何だよもうっ、ろくでもないイベントばっかりじゃんっ)

 男として、いや、人間として何か大切な物を失った気がする。これなら咥えさせられた方がマシだった。


「アール! こんな行動に出た理由を説明しなさい!」

 座り込んだまま、逃げもせずに涙目で睨んだ。

「理由などない」
「はぁ!?」
「苛付いただけだ」
「なんで苛付いたらコレ踏むんだよっ」

 不良漫画でも相手の腹を蹴るくらいだ。

「……何故だろうな」
「はぁっ?」
「お前を見ていたらそうしたくなった」
「っ……分かった、アールは赤ちゃんだな」

 また怒鳴ろうとして、自分を落ち着かせる。甘やかされ放題で育ったアールは、まだ自分の感情とあまり向き合った事のない赤ん坊だ。

「赤子に踏まれてイったのか」
「そもそも赤ちゃんは革靴はかないわ」
「それなら私は赤子ではないが?」

 本気か嫌味か計りかね、風真は溜め息をついた。


「ちょっと状況整理するぞ……。アールが怒ったのって、俺がアールのソレ叩いたからだよな? ごめん」
「その程度で怒りはしない」
「え? じゃあ何で怒ってたの?」
「その程度で、お前が怯えたからだ」
「ん? 怯えた? 俺が?」
「俯いて震えていただろう」
「んー? ……あっ、それは、……アールの股間が目の前にあって、なんか恥ずかしかったからだよ」

 咥えさせイベントが、とは言えない。それに男同士とはいえ、あの距離で存在を意識してしまえば恥ずかしいのも嘘ではなかった。
 頬を染める風真に、アールは天を仰ぎ深い溜め息をつく。

「お前はいちいち私を苛立たせるな……」
「アールには言われたくないわ」

 あっけらかんとして笑う。つい先程あんな事をされ、逃げもせず軽蔑もせずに、今まで通りに対話をする風真にまた溜め息をついた。


「お前は何をしたら、私から離れるのだ?」
「離れて欲しい?」
「……ああ」
「そっか。でも離れてやんない」

 アールの返答に少なからず傷ついたが、気にしていないように明るく笑った。

「根性叩き直して、ちゃんと笑わせて、みんなと仲良く話せるようにして、脚癖直させるって決めたからな」
「増えているが?」
「アールがドア蹴ったり俺の踏んだりするからだろ? 蹴るのは大地だけでいいんだよ」

 ニッと笑うと、アールは視線を逸らした。
 また少し笑ってくれた。風真は上機嫌でアールを見つめる。

「……それならお前も、神子としての自覚を持て。外泊はするな。あいつにも軽々しくキスなどするな」
「え、キス? してないけど?」
「先程していただろう?」

 キス。いつ? 首を傾げ記憶を辿る。

「あっ、もしかして耳打ちされた時? キスなんてしてないって」
「……そうか」
「うん。……え、アール、それって嫉妬」
「私がお前になどするわけないだろう?」
「えーっ、そっか、俺はアールの神子なんだもんな。ごめんな嫉妬させて」
「していない」

 頑なになればなるほど風真は嬉しそうに笑う。
 とんでもない事をされたが、それが嫉妬から来るものなら仕方ない。そう思える風真は、自覚はないものの相当心が広かった。


 だが、立ち上がろうとして突然動きを止め、顔を俯ける。そのまま動かなくなり、アールは怪訝な顔をした。

「どうした?」
「……アール。あの、さ」

 ぺたりと座ったままで、アールを見上げる。

「……パンツの中、気持ち悪いんだけど」
「さっさと帰れ」
「うわっ、ひどっ、シャワーとパンツ貸してくれてもいいじゃんっ」
「私の物をお前に?」
「アールのせいなんだから責任取れよっ」
「子でも孕めば考えてやる」
「意外とそっちの責任感はあったっ」
「私を何だと……」

 アールは頭を抱え、ソファから立ち上がった。そして風真の腕を掴み立ち上がらせる。

「えっ、待っ……えっ?」

 そのまま放り出されるかと思えば、横抱きに抱えられて、風真は目を瞬かせた。

「もしかして、部屋まで運んでくれる……とか?」
「黙っていろ」

 躊躇いなく扉を開け、廊下を歩く。護衛や使用人が目を丸くして固まる中も、気にせず堂々と進み続けた。

(リアル王子様に姫抱っことか、すごい異世界体験……)

 男でこれを体験出来るなど奇跡。もはや軽々と抱えられた事へのプライドなど些細な事だ。
 ちらりとアールを見て、悪役令嬢や聖女のハッピーエンド視点を体験できたこれは究極の聖地巡礼、と思考が混乱する。なにせアールは、黙っていれば完璧な王子様なのだ。

 部屋に戻ったら、体験した異世界イベントを全て書き記しておこう。そして由茉ゆまとの通話の時に話して、元気にやっていると伝えたい。


 部屋が近づいてきて、もう二度とないかもとアールの首に腕を回すと、突然早足になる。そして部屋の前にドサリと下ろされた。

「そんな荷物みたいにっ」
「荷物が口を利くな」
「ひどっ、こらっ、アールっ」

 更に脚で軽く蹴られ、脚癖! と騒ぐ。だがそのままスタスタと帰っていく後ろ姿に、ハッとした。

「でも運んでくれてありがと!」

 どんな時でもお礼はきちんとする。両親から教えられた通りに伝えると、アールは一瞬動きを止めながらも振り返りもせずに去って行った

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