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*わざとじゃない

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「外泊など、何を考えている」

 離れに戻ると、知らせを受けたアールがすぐさまやって来た。

「使いの俺が一緒だったから問題ないだろ?」
「神子が討伐以外で外泊した事が問題だ」
「神子君も人間なんだから、軟禁生活なんて可哀想でしょ」

(軟禁エンドの人から出た言葉とは思えない)

 自由に出来ないのは可哀想とまで言った。一体どこでユアンは変わってしまうのだろう。風真ふうまは何とも言えない顔で見守った。


「それに、同じベッドで寝たから危険な事もなかったしね」
「何だと?」
「おかげで熱い一夜を過ごせたよ」
「その節はご迷惑をおかけしました……」

 確かに転落という危険もなく、転がる風真を止めて熱い夜だったのは間違いない。
 ユアンの言葉は真実だと認めた風真に、アールは顔を顰めた。

「お前は神子としての自覚がないのかっ、いくら神子の力が消えないとはいえ、そう簡単に男を受け入れるなどっ」
「えっ、待って、誤解っ」
「何が誤解だとっ」
「酔うと寝相が悪くなって転がり落ちるから、ユアンさんが押さえててくれたんだよっ」

 アールには恥ずかしい酒癖を暴露したくなかったが、仕方ない。ううっと呻くと、ユアンはもう少しアールの反応を楽しみたかったとばかりに肩を竦めた。
 その反応に、アールは片手で顔を覆い深く息を吐く。

「……悪いのは顔だけにしろ」
「あっ、失礼すぎっ」
「神子君は可愛い顔をしているよ?」
「ユアンさん優しいっ」

 本気で言ってくれていることが伝わり、パッと笑顔になった。


「飲んでいる時も、たくさん甘えてくれて可愛かったな」
「……甘えた、だと?」
「連れてきてくれてありがとう、大好き~って」
「うえぇっ!?」
「騎士たちに訊いてもいいよ。俺の腕の中で、幸せそうに笑って大好きって言っていたから」

 風真は冷や汗を流す。昨日の記憶はないが、大学の飲み会で友人たちに「みんな大好きー!」と言った事は朧気に覚えている。きっと今回もやらかしてしまったのだろう。

「……言ったかもしれません」
「金輪際、酒は飲むな」
「違うんだよ……普段はちゃんと覚えてるけど、昨日はすごく楽しくてつい飲み過ぎて……」

 失態、と風真も顔を覆って俯く。

「楽しんで貰えたなら何よりだ」
「とっても楽しかったです。ありがとうございました」

 ペコリと頭を下げる。
 今朝も同じ事を言い、騎士のみなさんにもお礼とお詫びをしたいと言った。律儀な風真の願いを叶えてやりたかったが、これ以上連れ回してはアールに激怒されるからと離れに連れて帰って来たのだ。

「また誘うよ。今度はアールに知られないよう、こっそりとね」

 耳元で囁かれ、ビクリとしながらも風真は嬉しそうに笑う。お願いします、と囁いた角度が、アールからは風真がユアンにキスをしたように見えた。


「うわっ! ちょっ……、何っ!?」

 突然アールに腕を掴まれ、引きずるように元来た道の方へと連れて行かれる。

「おい、アール」
「仕事に戻れ」
「戻るけど、神子君をどうするつもりだ?」
「危害は加えない」
「それはそうだろうけど」
はお前の物ではないだろう?」
「そうだけどさ」
「話をするだけだ」

 頑ななアールに、ユアンは肩を竦めた。

「あまり神子君に冷たく当たるなよ?」
「お前に言われる筋合いはない」
「あるよ。神子君は俺のお気に入りだからね。壊されたら困る」

(やっぱりどっちもまだ物扱いだった!)

 衝撃を受けた。特にユアンにはもう人間扱いされていると思ったのに。
 まだバッドエンド、玩具フラグは折れていない。背筋が冷たくなり、逃れようとするがアールの手は離れない。

「ユアンさんっ」

 決死の覚悟で助けを求めても、ユアンは困ったように笑うだけだった。


(昨日はあんなに楽しかったのにっ……)

 帰ってきたらこれだ。現実を突き付けられ、じわりと涙が滲む。この世界に来てから、泣きそうになってばかりだ。

「神子君、泣かないで」

 ユアンがそっと風真の背を撫でた。

「こうなったアールは俺にも止められないんだ。多分話したい事があるだけだから、怖がらないで大丈夫だよ」
「ユアンさん……」
「今夜は俺の部屋においで。今朝のように優しく抱いて、慰めてあげるよ」
「……ありがとうございます、でもそれは遠慮します……」

 本当にただ抱きしめてくれるだけで終わる気がしない。今朝爆上がりした信頼度が一気に下がってしまった。
 だが、去る前に視線を合わせて頭を撫でられただけで、やっぱり人間として見てくれてる、と嬉しくなる。こんなに絆されやすい性格ではなかったはずなのに、と思いながら、風真は一つの扉の中に連れ込まれてしまった。







 背後で扉が閉まり、鍵が掛けられる。

「ここ、アールの部屋?」
「そうだ」

 そう言われても、とても王太子の部屋とは思えなかった。
 神子の部屋と広さは変わりない。ソファとテーブル、本棚、クローゼットが置かれ、王太子の部屋らしいものといえば執務机と椅子くらいだ。
 だからこそ、アールの部屋かと疑ってしまう。あまりにも物が少なく、神子の部屋にもある絨毯や花瓶すらない。

「あ、そっか、普段は王宮の方で暮らしてるから……」
「お前の召喚準備の頃からここで暮らしているが」

 淡々と言い、風真を部屋の奥へ引きずって行く。

(ここで暮らしてて、こんなに物がないの……?)

 机の上にも、本棚にも壁にも、ここがアールの部屋だと示す物が何もない。書類が積まれていなければ、人が生活しているとも思えない部屋だ。


「アール、あのッ……わっ!!」

 周りを見渡していたら、バランスを崩して転んでしまった。派手な音に、腕を掴んだままアールが振り返る。

(やっ、やばい……)

 体ごと振り返るものだから、目の前にはアールの、……股間が。

(絶対起こるイベントスチルここで回収しちゃうっ)

 慌てて片手で口を覆おうとして、手の甲がアールに当たってしまった。それも見事な角度で、股間を狙ったように。

「っ……」
「あっ、ごっごめん、わざとじゃっ……」

 スチル回収。その単語が脳裏をよぎり、俯いて今度こそ口を覆った。
 それがアールの機嫌を余計に逆撫でする。

「痛いっ……、びゃっ!!」

 腕を掴まれ口から引き離されたかと思うと、突然アールの革靴が、脚の間の大事な部分を踏みつけた。

「はっ……? まっ、待て待て待てっ! 待って!?」

 二日酔いの薬は良く効いて、これだけ大声を出しても少しの頭痛も起こらない。だからこそ心配させて逃げ出すという手段が取れなかった。


「ごめんって! わざとじゃないからっ」
「煩い」
「ひっ……」

 グリ、と靴底が股間を踏み付ける。
 殴って逃げようにも両腕を強く掴まれ、立ち上がろうにも急所がアールの脚の下だ。まさかこのまま潰され……と想像してしまい、顔を青くしてアールを見上げた。

「っ……、うあっ! はっ……んぅッ」

 だが、力が込められる事はなく、表面に触れた位置で靴先が上下に動く。敏感な場所を固いものに擦られ、甘い声を上げた。

(なんでっ……、咥えさせイベントが起こるはずじゃ……)

 アールのそれは目の前だが、何故か風真のそれが感じさせられている。トントンと叩かれる度に勝手に体が跳ねた。

「やっ……、アールっ……ッ」

 腕を引いてもビクともしない。やめて欲しくて見上げると、聞いていたスチルのように冷たい瞳で……。

(え、なんで……?)

 卑下するような表情のはず。それが何故か、熱を持って見えた。

「ひぅッ」

 視線が重なった途端、強い衝撃が襲う。反射的に俯いた視線の先で、大事な部分は容赦なく踏み付けられていた。

「アールっ、やめっ……、うぁ!」

 スラックスの中でパンパンになったそれを刺激され、痛みが襲う。痛み、……のはずだった。

「やぁッんっ、んぅッ――……!」

 びくびくと体が跳ね、反射的に閉じた瞼の裏で星が散る。覚えのあるものより遙かに強烈な快感に、生理的な涙が幾つも零れ落ちた。

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