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祝杯2

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「ご飯もおいし~、お酒もおいし~」

 一時間後。
 風真ふうまはすっかり酔っ払い、ヘラヘラふわふわしていた。

「飲ませ過ぎたかな」
「ですね……」

 他の騎士たちも一緒になってあれもこれもと食べさせ、酒もあらゆる種類を一口ずつ飲ませた。珍しい、異世界だ、すごい、と風真が喜ぶものだから。
 幸い具合は悪くないようだが、目はトロンとして、ぽやぽやと笑いっぱなしだ。


「おれ~、先週ねーちゃんが結婚したんです~」

 幸せな気分で語りたい事が、姉の結婚式だった。

「ドレス着たねーちゃんキレイだった~。にーさんは、ねーちゃん大事にしてくれるひとだし~、おれ、召喚されたのが式のあとでよかったぁ」

 その一言に、騎士たちはピタリと動きを止めた。

「あえなくてもー、声がきけるからさみしくないんですー……」
「声が?」
「おれたち、はなれててもずっと一緒なんですよ~」

 ふわふわと幸せそうに笑う。そんな風真に騎士たちはウッと目頭を押さえた。
 まさか元の世界に家族のいる神子が召喚されるとは。それも、仲の良い姉と引き離されて。

「何故神はこんな残酷な事をっ……」
「この国を想ってくださっての事だがっ、だがっ……」
「何故このような健気な子供に討伐などという重責をっ……」

 酒の力もあり、泣き出す者もいた。


「今日は飲め飲めっ」
「はい!」
「神子君、駄目だよ」
「や~、のみたいれす~」
「そんなになってる子が何言ってるの」

 そろそろ呂律も怪しい。これ以上はさすがに止めさせようと、水を酒と偽って口元に近付ける。

「んー……、おいしぃれしゅ~」

 とうとう赤子のような言葉になってしまった。ユアンは風真の背を支えながら苦笑する。
 騎士たちの殆どは、初めて我が子が笑ったかのように心臓に打撃を受け崩れ落ちた。

「おれ……きょぉこれて、よかったれす……みんなやさしくて、だいしゅきぃ……」

 ふにゃりと笑った風真は、ユアンの腕の中ですやすやと寝息を立て始める。騎士たちは崩れ落ちたままピクリともしなかった。

「参ったな……」

 ユアンだけは風真を抱えたまま、どうしようかと頭を悩ませた。





 そして、翌朝。

「おはよう、神子君」
「ん……、……おはよ……ございます」

 眩しい朝の光が射し込む室内。少し固めのベッドで、風真は目を覚ました。
 隣には、穏やかな笑みを浮かべる、ユアンが。

「……えっ!?」

 何故ユアンさんが、と慌てて飛び起きようとする風真を、力強い腕が抱きしめた。

「いきなり起き上がると体に悪いよ」
「えっ、あのっ、でも、なんでユアンさんが俺の部屋に?」
「寝惚けてるのかな。ここは食堂の二階の宿だよ」

 宿。
 風真は目を瞬かせる。ユアンの胸元しか見えないが、確かにベッドと布団の感触が違う。

「神子君の部屋は俺には開けられないし、俺の部屋に連れて帰るにもアールが激怒しそうだったから」
「だからって何で同じベッドにっ、痛ッ……」
「いきなり大声を出すのも良くないよ。二日酔いだからね」

 苦笑しながら背を撫でられ、風真はひとまず落ち着く事にした。


「この俺が一緒のベッドに入って、抱かないなんて初めてだ」
「まずどうして一緒のベッドに入ってるのか、なんですが……」
「最初は一人で寝かせていたけど、君がベッドから転がって落ちそうになるから」
「大変ご迷惑をおかけしました」

 何の疑いもなく謝罪する。酔って帰ってベッドから落ちた経験は何度かあった。
 一度落ちてからは、飲み会の日はベッドの下に布団やクッションを敷いてから出かけていたほど。

「一応言っておくと、俺も神子君も下着一枚なのは」

 ハッとする。確かに今、直に肌が触れている。
 もしかして酔っ払って吐いたのでは、公爵家の人が着る高価な服に、と血の気が引いた。
 だが。

「服が皺になるからだよ」
「普通の理由だったっ」
「どんな理由だと?」
「酔って吐いたのかと……」

 違って良かったと安堵する風真に、ユアンは一瞬目を瞬かせ、クスリと笑った。

「悪戯されたと疑いもしないのかな、神子君は」
「寝てる間じゃ面白い反応返せないですし、からかう意味ないじゃないですか」
「……君は本当に純粋で、心配になるよ」
「そもそもユアンさんくらいしか、あんなからかい方しませんから」

 呆れたように言う。警戒心も何もない風真に、ユアンこそ呆れてしまった。
 だが、離れには許可された者しか入れず、常に護衛も付いている。これ以上何も言う事はないかと小さく笑った。


「何もせず抱き合うだけというのも、悪くないな」
「そういえば俺、裸で密着するのって初めてです」
「神子君。俺を喜ばせてどうするつもりかな?」
「え、俺、男ですけど」

 そんな事を言われては、ユアンの事も意識して……しまう事もない。ただぴったりくっついているくらい、何ともない。
 それにユアンが好きになる主人公のように、儚げな美少年でもないからと、完全に油断していた。

「全く意識されないのも心外だな。こうすれば意識してくれる?」
「わっ! 痛っ……」

 ギシ、とベッドが軋み、仰向けにされてユアンに見下ろされる体勢。大声を出したらズキンと頭が痛んだ。

「あーっ……頭いた~っ……」
「俺が迫っているというのに、二日酔いに邪魔されるのも初めてだよ」

 ユアンは苦笑しながらベッドを降りた。

「薬を貰ってくるから、おとなしく待っていて」

 子供にするように頭を撫でると、服を着て部屋を出て行った。


(二日酔い、しんど……)

 二十歳になったばかりで、飲み会に出たのは片手で足りる回数だが、こんなになるまで飲んだ事はなかった。
 昨日は楽しくて、異世界の果実酒も食事も珍しくて美味しいものばかりで、ユアンが一緒にいるならと安心して飲み過ぎてしまった。

「…………記憶、ないな……?」

 途中からの記憶がすっぽり抜け落ちている。だが、ユアンは特に気にした様子もない。視線を動かし壁に掛けられた服を見ても、汚れていない。本当に吐いてはいないのだろう。
 大学の飲み会では、早川は酔ったらにこにこしてるから楽しい、と好評だった。今回も騎士たちに失礼な事はしていない……と信じたい。
 後でユアンに訊こうと、そっと息を吐いた。

(食堂の二階の宿屋……)

 異世界の観光スポットを一度に二カ所も体験出来てしまった。
 そっと体を起こすがズキリと頭が痛み、横になる。異世界の二日酔いの薬を体験した後に、窓からの眺めを楽しもうとそっと目を閉じた。

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